第107話 叔父上との確執
発表式を終えて俺と父上は会場の裏手に戻る。今後のことについては手紙で連絡すると再度父上に言われた後、別れた俺は宛がわれた控室に戻ってきた。備え付けの椅子に腰を下ろすことで、ようやく心を落ち着ける。
「やっぱり緊張したなぁ……」
大きく息を吐いて、さっきの会場での事を思い出した。あれだけの人数、しかも貴族達を前にして挨拶をするなんて初めてで、鼓動も早くなっていた。表には出てないと良いんだけど大丈夫かな、なんて少し心配になる。
シアがいたことで少し緊張は解れたから、そこは本当に助かった。
「でも、近いうちに国王様にも挨拶に行くらしいし……」
さっき以上に緊張する未来が見えるから気が重くなる。父上やシアはああいった挨拶をする場面も多いだろうし、きっと緊張しないんだろう。実際さっきの父上は堂々としていたし。
父親としては何もしてくれなかったから好きにはなれないけど、当主としての父上の堂々とした姿にはちょっと憧れるものもある。
テーブルに置かれていた水さしから一杯コップに入れて、一呷り。気持ちをもっと落ち着けようとしたとき、部屋にノックの音が響いた。
もうシアが来てくれたのかな? なんて思うけど、シアならノックをして一言声をかけてくれた後にすぐ入って来てくれると思うんだけど。
「ノヴァ、私だ。ライラック・フォルスだ」
扉の向こうから聞こえた声に、俺は気持ちが落ち込むのを感じた。
「……どうぞ」
やや声が低くなっていることにも気づいたけど、知ったことじゃない。扉が開いて入ってくるのはライラックの叔父上。父上の兄にして、俺のことを認めていない多くの人の一人だ。
けど彼は俺の姿を認めると、記憶にあるような高圧的な態度ではなく、真剣な表情で近づいてきた。数歩先で立ち止まった彼は静かに口を開く。
「……まずは、次期当主就任おめでとう」
「……ありがとうございます」
素直に称賛してくれることが意外ではあったけど、受け入れはした。だけど言葉とは裏腹にライラックの叔父上の表情は少しも微笑んでいない。
「ノヴァ、お前は会場で最高のフォルス家を目指すと言ったな?」
「……叔父上は気に入りませんか? 無理もない、あなたは俺の事を嫌っていましたから」
「…………」
ライラックの叔父上はゼロードが次期当主になると思って、彼を支持していた一人だ。多くの人がゼロードを支持していたけど、その中でもライラックの叔父上はより強く発言していたように思える。
そんな彼にとってみれば、ゼロードの代わりに次期当主になった俺は認められないんだろうと思ったけど。
「……いや、トラヴィスが決めたことなら文句はない。それに一族のためにゼロードが次期当主になるのが良いと考えていたが、あのような一件があってはな。
ただカイラスの方が向いているのではないかとは思っているが」
流石のライラックの叔父上もゼロードの起こした事件で彼には見切りをつけたようだ。でもその気持ちは今度はカイラスの兄上に向かっていて、俺を支持するような気持ちはないってことだろう。
ライラックの叔父上は俺をじっと見て、再び口を開いた。
「ノヴァ、私はお前が嫌いだ。それは純粋に私の行動理念がフォルス家のために、だからだ。
覇気が使えず、出来損ないと呼ばれたお前の過去を認められるわけもあるまい」
「…………」
「だが、力をもってゼロードを下し、トラヴィスが認めたのならば、今のお前を次期当主として認めざるを得ない。これは紛れもなく本心だ」
話を聞きながら、俺はこれまで描いていたライラックの叔父上の像が少し違っていたんだって気づいた。これまでゼロードを支持して俺を出来損ない扱いするライラックの叔父上はゼロードと同じように嫌いな部類だった。
けど話を聞くと、ゼロードとは違ってライラックの叔父上には理由がある。その理由が個人的には気に入らないし、それにしても当たりが強かっただろ、とは思うけど、ゼロードとは違ってまだマシな理由に思えた。
「ただ、それは次期当主として認めただけで当主としては別だ。
お前は最高のフォルス家を作ると言った。ならお前の考える最高のフォルス家とはなんだ?」
「……皆が穏やかに過ごせるフォルス家、それが俺の考えです」
カイラスの兄上に答えたことと同じ答えを叔父上にも返す。
「…………」
ライラックの叔父上は俺の考えを肯定も否定もしなかった。ただじっと、真剣なまなざしで俺を見ているだけだ。
「なるほど、カイラスから聞いたのと同じだな。
お前が真に心からそれを思っているのか、それとも裏では別の考え、例えばフォルス家に対する復讐を考えているのか、それとも裏の人物が全く違う思惑で動いているのか、それは私には分からない事だ。
だが私は一族のために動かせてもらう。そしてその上で、協力できることがあれば協力しよう。それがトラヴィスとの約束でもある」
ライラックの叔父上の話を聞いて、なるほどと思った。俺はシアとの過去の関係を話していない。だから力ずくで次期当主の座を勝ち取ったけど、周りから見ると動機の確信が持てないんだろう。
フォルス家への復讐だとか、シアが裏で糸を引いているとか、そんな間違った意見が出てくるのもきっとそうだ。というか、口に出さないだけでカイラスの兄上も同じようなことを思っているのかもしれない。
本当はそんなに難しい話じゃないのに。
「……分かりました。それでも協力して頂けることに関しては感謝します。
とてもそんな雰囲気には思えませんが」
「俺はお前が嫌いで、お前も俺の事が嫌いだ。なら、馴れ馴れしくする必要はない。
そうだろう?」
「……そうですね」
俺はライラックの叔父上が嫌いだったけど、今のやり取りで思ったことが増えた。嫌いでもあるし、同時に相性も悪いと。
「それでは失礼する。ノヴァ、お前の手腕、楽しみにしている」
とても本心とは思えない言葉を残して、叔父上は部屋を出て行く。
閉まった扉を見て、しばらくしてからため息を吐いた。
俺がこれから先フォルス家を変えていく中で、確実にカイラスの兄上とライラックの叔父上とは衝突すると確信した。近い未来じゃないとしても、いつか必ずぶつかり合うだろう。
とはいえ、変に隠れられるよりも正面から相いれないことを表明してくれているだけマシと思うようにしよう。
「……復讐、ねぇ」
さっきの叔父上の言葉を反芻する。口にも出していないから分かるわけじゃないし、言っても信じてくれないと思うけど、復讐でフォルス家を破滅させるとか、一族全員根絶やしにするとか、そんな恐ろしいことをするつもりはない。
もちろん、それをこれまで全く思わなかったわけじゃない。子供の頃、こんな家滅べばいいって思ったことだってある。
でも今は、もし復讐って言うなら内部から大きく変えていくことが一番のそれに当たるんじゃないかと思うし、先にやってくれたシアと同じことをしたいっていうのもある。
彼女もまたアークゲート家の中で成り上がって、今のアークゲート家を作ったんだから。
――本当、俺の中にはシアばっかりだな
それが一片の負の感情もなくて、嬉しい気持ちではある。シアがいなかったら今の俺はいないし、もし力を持ったら叔父上が言うような復讐に使っていただろうし。
まあ、シアがいなかったら力を得ることもなかっただろうっていうのはあるけど。
そう思ったときにノックの音が響いて、部屋の外から声が聞こえた。
「ノヴァさん? 私です。入りますよ」
そうして俺が思ったのと全く同じ流れで入って来てくれるシアの姿に、思わず笑みがこぼれた。




