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09

 

 ルアルは今日も朝から薬を作っていた。

 次の納品分も前回と同じ量を頼まれている。

 前回は頼られたことが嬉しくて、張り切り、勢いで作った。

 同じ量を作るなら、毎日コツコツ作らないと間に合わない。


 薬作りに集中していると、ドンドン!とドアを叩く音で誰かが来たことに気づく。

 まさかまたリシャールが来たのか。

 だけど、ピッピが騒いでいる声は聞こえてこなかった。


(誰……?もしかして今度こそ小屋の持ち主さん……?)


 カーテンの隙間からそっと窺うと、リシャールがピッピにクッキーをあげている瞬間だった。


「えっ!?(私には心を許すなと言っておいて、自分はしっかり餌付けされてるんじゃない!)」


 ドアを少し開けて外の様子を窺うと、リシャールとピッピが話していた。

 とはいえ、会話になっていなかった。

 リシャールは近くにいてもピッピの鳴き声は〈ピィー〉と聞こえるだけらしい。


「俺もピッピの言葉が分かればいいんだけどなぁ」

〈だから気安くピッピと呼ぶなと言ってるだろう〉

「そうか、うまいか!良かった。ピッピが喜んでくれて嬉しいよ」

〈聞け!〉

「ピッピは何クッキーが好きなんだ?」

〈クッキーに種類なんてあるのか!?〉

「疲れている時は甘いものが美味しく感じるからチョコチップ入りとかも良いよな。あ、駄目か。動物にチョコは良くなさそうだもんな。でもピッピは精霊だからな。クッキーが大丈夫ってことはチョコも平気なのか……?」

〈動物といっしょにするな!なんだか分からないが、次はそれにしろ!食べてやるぞ〉

「クッキーか……最近食べてなかったな」

〈うぉい!?それは俺のクッキーだろ!?勝手に食べるな!!〉

「田舎の店の割に美味いな。だけど、俺はバター多めのやつが一番好きだ。少し塩味も効いてるから手が止まらなくなりそうなんだよ」

〈美味そうだな!それはないのか?〉

「でもなー。ピッピの体には良くなさそうだから、今度は野菜のクッキーにした方がいいか?人参やかぼちゃのクッキーは甘くて美味しいが、野菜の種類によってはちょっと苦味がある。それもまた上手いんだが」

〈苦いのは嫌だ!甘くて美味いやつにしろよ!?聞いてるのか!?〉

「……ふふっ」


 二人のやり取りが可笑しくてルアルが笑い声を漏らす。

 リシャールが勢いよくこちらを見た。


(! な、なに?)

「(……くそ、見逃した)ルアル。見てたのか」

「(見逃した??)……うん」

「いや、それはなんでもない。そうだ。今ピッピはなんと言っていたか聞いてた?」

「うん。……名前を気安く呼ぶなって」

「え!?えー、まだ駄目なのか」

〈ルアル!こいつに次のクッキーはいつもと違うのを買ってこいって言え!〉

「えー、次って……(良いの?来てもらって。心を許すなとか言ってたのに)」

〈あっ。……んんん……クッキーのためだ!〉

「…………」


 ルアルがじとっとピッピを見ると、目を逸らして〈伝えてくれよ!俺はパトロールに行ってくるからな!〉と逃げていった。


「(気を許すな、ね……)ところで、ピッピはなんだって?」

「……次来る時は、プレーン以外のクッキーが食べてみたいって」

「おお!でも、良いのかな?普通、動物にチョコやバターたっぷりって良くなさそうだけど」

「……(ピッピは普通の動物ではないって言ってたのは自分なのに)」

「そうだけど。じゃあ次は何種類か入ってる詰め合わせを買ってくるかな。あ!それよりも聞いて!今日はピッピに襲われなかったんだ!」

「あ、うん」


 今回、リシャールは初めて無傷の状態でここに辿り着いていた。


(ピッピ、ちゃんと約束を守ってくれた)

「ルアルが言ってくれたんだろ?ありがとう!」


 リシャールが物凄く良い笑顔で礼を言う。

 眩しすぎる笑顔に、ルアルは直視できなかった。

背を向けコップを用意する。水を注いでリシャールの前に置く。ここに茶葉はないので、飲み物は水かお湯の二択。


「あ、これ。今日の手土産」

「ありがとう」

「中、見てみて」


 今日は紙袋ではなく、深さのある大きなカゴだった。

 藤のカゴなのにリシャールがテーブルの上に置く時、重たそうな音がした。

 不思議に思いながら中を見てみると、パンがたっぷり入っているようにしか見えなかった。


(? パンだけであんな音はしないよね?)


 パンを取り出して行くと、小さな琺瑯の鍋とジャムの瓶が入っていることに気づく。


(お鍋??)


 持ち上げてみるとずっしりと重い。

 どうやら中身が入っているらしい。鍋には麻紐が掛けられて蓋が開かないようになっていた。

 紐を解いて蓋を開けてみると、ゴロゴロとした肉や野菜入りのブラウンシチューが入っている。


「わ……(美味しそう!)」

「一緒に食べようと思って。ルアルと出会ったあの食堂のブラウンシチューだよ」

(あの!?え、持ち帰ることなんてできたんだ……。わぁ、美味しそう。やったぁ!)


 ルアルが毎月通っているあの食堂は安くて美味しい。

 できることなら納品時以外にも行きたいくらい、ルアルの口に合う。

 その食堂のシチューが予定外に食べられることが、素直に嬉しかった。

 笑顔のリシャールと目が合い、心を読まれたことに気づく。


「んんっ……温め直します」

「うん。よろしく」


 美味しいパンと美味しそうなブラウンシチュー。それとジャム。

 折角なら……と、食べても美味しい薬草と小屋の裏で育てているトマトを使ってサラダも作って出してみた。


「おっ、美味そう!ちゃんとしたランチになってる。流石!」


 リシャールの笑顔は純真無垢な少年のような無邪気さがある。

 心の底から本当に喜んだり楽しんでいるのが伝わってくる笑顔。


 その笑顔を見ていると、ルアルは何故だかそわそわしてしまう。

 考えてしまうと心の声として伝わってしまうし、視線を逸らして考えないようにするしかない。


(…………)

「ん?どうかした?」

「う、ううん。食べよう」

「うん。いただきます!――ん!サラダ、美味いよ!」


 リシャールはすぐにサラダに手を伸ばす。

 美味しそうなブラウンシチューでも美味しいパンでもなく、自分の作ったサラダを一番初めに選んでくれたことがとても嬉しかった。

 ルアルは自然と顔が綻ぶ。


「(っ!これか!アンヌさんが言ってた、はにか――っ!危なっ!あーでも本当にかわ――っ、あぁっ、また!)」

(? アンヌさんが言ってた……??)

「あー……聞こえた、よね?」


 眉を下げたリシャールの表情から、聞かせたくないことだったことは伝わる。

 リシャールの口からアンヌの名前が出てきたことで、アンヌとリシャールは会っていて、ルアルの知らない時間が二人あるのだと分かってしまった。

 しかも、二人はどうやらルアルのことを話題に出している。

 気になったルアルは控えめに頷いた。


「や、そのぉ、なんだ、はは。ははは」

「…………」

「あー……ルアルが!可愛いからだよ!」

(…………?)

「褒めてるのになんで首を傾げるの?」



(アンヌさんは私なんかにも優しくしてくれて良い人だし、初めてリシャールがここに来た時もアンヌさんに頼まれたようなことを言っていた。ここに来ているのって、アンヌさんに頼まれているから……)


 そう考えると、そうだとしか思えなくなってくる。

 自分に会いに来てくれているのかもと思い始めていたルアルはショックだった。

 リシャールに聞かれていることも忘れ、自分の思考に耽る。


「……なにか勘違いしてない?」

「え?」

「アンヌさんに頼まれたから来てるわけじゃないから」

「じゃあなんで……」

「なんでって……その、同じ力を持ってる仲間が見つかったんだ。仲良くなりたいと思うだろ」

「仲間」

「うん、そう。そうだ。(今はまだ懐かない子猫を手懐ける感覚に近いけど、これから……)」

「懐かない子猫……」

「アンヌさんも言ってたけど、ルアルって自分のこと全然話さないし。心の中ではまあまあ普通に話すけど、実際に声に出して話す言葉は少ないから。だけど、初めてここに来た日に比べたら、ちゃんと話をしてくれるようになってきたなって。俺は嬉しいよ」

「……そんなことないけど」

「あー、ほら。折角少しずつ距離縮めていたのに、また離れていこうとする。俺は何も怖くないよ!」


 リシャールは子猫を相手にするように、笑顔で手を差し出す。ちょいちょいと指先を動かした。


「…………(怪しい)」

「ええ!?今更怪しいって、ちょっと酷くない?悲しいなぁ。俺はルアルと仲良くなりたいだけなのになぁ」

「……(この人、ちょっと軽いのよね)」

「それは、重いより親しみやすいでしょ?(……それに、これは俺が見つけた生き方だから)」

(………………)

「……ははっ。色々あるんだよ。俺にも」


 リシャールの心の声に、どんよりと暗く息苦しい悲鳴が含まれた気がした。

 この力があることでルアルが父親から抑圧され制馭され続けていたように、リシャールも同じように痛みを持っていることを悟る。

 自分だけではなかったことに、ルアルは初めて気づいた。


(……っ…………)

「え!な、なんで泣くの!?」

「………………分からない。分からないけど、痛い……」

「ははっ。やっぱり、ルアルは優しいな……」


リシャールの泣きそうな笑顔を見て、ルアルはなかなか涙が止まらなかった。


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