08
小屋の奥に作った薬草畑で雑草を抜くのが、ルアルの午後の日課。
午前中は、朝にパンを焼いてスープを作る。朝食後は、山の物を採りにいったり、薬の材料集めに森の中を歩いていることが多い。
〈ルアル!そろそろおやつの時間だぞ!〉
「そうだね」
〈そうだね、じゃなくて!クッキーをくれ!〉
「今日はないよ」
〈なんでだよ!〉
「なんでって、ピッピが文句ばかり言うからでしょう!?」
前回の納品では町のお店でクッキーを買えなかった。
そのため、今月はルアルが作ったクッキーをピッピにあげていた。朝食のパン作りと並行してクッキーも作っていた。
だけど、ピッピは文句ばかり言う。
硬い!とか、パサパサしてる!と連日言われたルアルは嫌になり、今日は作るのをやめてしまった。
〈ないよりマシだ!〉
「マシって…………。酷い!もう絶対に作ってあげない!」
〈なんでだよ!?……ん?あ!アイツまた来やがった!〉
「え?」
ピッピは何かを感じとったようで、バササと飛び立って行ってしまった。
(アイツまたって、もしかして?)
ルアルが急いで小屋の前に向かうと、やっぱりいた。
「やあ。こんにちは」
「……(だから、どうして来るのよ)」
「また来るって言ったよね。はい、手土産」
(えっ。こんなに?)
ガサッと渡された紙袋は両手で抱えなければいけないほど大きかった。
「今日は一緒に食べようと思っていろいろ買ってきた。アンヌさんに、ルアルは街で必ずクッキーを買ってると聞いたから、クッキーも入ってるよ」
〈なに!?クッキーがあるのか?それを早く言え!なんだ、結構良い奴じゃないか!ルアル!くれ!クッキー!〉
「ちょ、落ち着いて、ピッピ。分かったから。待ってよ」
「どうしたんだ?ピッピはなんて言ってるんだ?」
「…………あの、薬を塗ります」
リシャールは今日もピッピに襲われて額から血を流している。
ピッピはルアルを守ろうとしてくれているのは分かるけど、怪我させるのはやめてほしいと思うルアルだった。
(ピッピが怪我をさせて薬を塗る……このやり取り、とっても不毛な気がする……)
「そう思うならピッピに二度と襲わないように言ってくれない?」
「それは……(来なければ良いだけで)」
「寂しいこと言わないでよ。それで?さっきピッピがルアルに向かって騒ぎ出したのはなんだったんだ?」
「ピッピはクッキーが好きで……(手土産の中にクッキーがあると分かって良い奴だと騒ぐなんて。現金なんだから)」
「鷹なのにクッキーを食べるのか!?肉食じゃ……あ、いや精霊だから関係ないのか……え!?精霊って人の食べ物を食べるの!?確かに契約する時には食べ物を与えるとあるが、野草や木の実だと……。お菓子も食べるって、結構な発見じゃないか!?」
リシャールは一人で騒いで納得して静かになるのを繰り返していた。
「いつからクッキーを与えているの?」
「初めから……」
「なるほど。ピッピはそんなにクッキーが好きなのか?」
「はい(一日一枚って約束しないと食べすぎてしまうくらいに)」
「へぇ(それはいいことを聞いたな……)」
リシャールはにやりと微かに笑った。
その笑顔に黒いものを感じる。
紙袋の中からクッキーを手に取ると、リシャールは徐にドアを開けて外に出た。
(何をするつもり!?まさかピッピを害そうというの!?)
急いで後を追いかけると、リシャールが一枚のクッキーを持って右手を高く上げた姿勢でピッピと対峙していた。
「ほら、君の好きなクッキーだ!俺が手土産に持ってきたものだ!」
〈クッキィー!!〉
ピッピはクッキーに目が眩んでいるようだった。
美味しいクッキーに飢えているピッピは、最後の理性で何とかクッキーに飛びつくのを踏みとどまっているように見える。
「これを君にやろう。その代わり!もう俺を襲うのはやめてくれ!」
〈そ、そんな約束……クッキーで釣るなんて――〉
「約束してくれるなら、俺がここに来る度に毎回クッキーを手土産に持ってくると約束する!」
〈くぅ……分かった!それならいいだろう!だから早くくれ!おい!早くしろよ!〉
ピッピがバサバサと羽ばたいてリシャールの頭上を旋回する。
旋回はするが襲ってこないことでピッピが何か訴えていることが分かったリシャールは、ルアルのほうへと振り返る。
「ルアル。ピッピはなんて言っているんだ?」
「分かったから早くくれって」
〈早くよこせ!〉
「約束だからな!約束を守ってくれなかったらクッキーは買ってこないからな!」
〈分かったって言ってるだろ!早く投げろ!!〉
「ルアル、ピッピはなんて?」
「分かった、早く投げろって言ってます」
「よし!」
リシャールが放ったクッキーを足でキャッチしたピッピは、近くの岩の上に移動してクッキーを食べ始めた。
〈うまい!やっぱりこの店のクッキーはうまいぞ!ルアルのと全然違う〉
「それはごめんね!?」
ルアルが怒った声を出したから、リシャールが慌てたように振り向く。
「ど、どうした?ピッピはなんて言ったんだ?」
「なんでもありません!」
「何をそんなに怒っているんだ(感情的になることもあるんだな。俺には言葉も少ないのに。まぁ、良い傾向か……)」
「…………」
「まぁいいか。ルアルも手土産を見てみてくれ」
「……あ、パン」
前回くれたパンはもう食べてしまったけど、凄く美味しかった。
今回はプレーンの他に、ナッツ入りやドライフルーツ入りも入っていた。
(わぁ、美味しそう。沢山ある!)
「(笑っ!?かわ――あー!まずいまずい!)」
(……?何を慌てて?)
「なんでもない。……それ、一緒に食べない?ちょうど昼時だし」
「あ、じゃあ……(朝作ったスープと一緒に。あ、でも、私が作ったのなんて食べない、よね……)」
ピッピに手作りクッキーを「ないよりマシ」と言われたことを引き摺っているルアル。
誰かに手料理を振る舞ったことのないルアルは、言いかけて止めようとした。
「スープをご馳走してくれるの?嬉しいよ」
「…………」
リシャールが優しげな笑顔をルアルに向ける。
「水とパンだけだと思っていたから、スープがあれば立派な食事になっていいね」
「じゃあ……温め直します」
「ありがとう」
そして、二人でパンとスープを食べた。
誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだった。
話をしながら食事をするなんて、母親が生きていた時以来。
一人で食事をするのは寂しい。
時には美味しいご飯を食べたくて納品時には食堂に行っている。
食堂は多くの人がいて、常に声や音で溢れて賑やかだ。
それでも食事中もルアルは結局一人。
美味しい食事に一時的な満足感はあっても、どこか寂しくて心が満たされることはなかった。
(誰かとご飯食べるだけでこんなに温かい気持ちになるんだ……)
心の声が聞かれていることをうっかり忘れていたルアルは、リシャールに聞かれていたことに気づかなかった。
「あ、ピッピ。おかえりなさい」
〈あいつは帰ったぞ〉
「また追い立てて行って。怪我させていないでしょうね?」
二人でご飯を食べた後もしばらく話をして、リシャールは夕方に帰っていった。
小屋を出るとすぐにピッピがやって来て、追い出すように追いかけ回して行ってしまったのだった。
〈さぁな〉
「さあなって!やめてよ、もぉ」
〈ルアル、いい事でもあったのか?〉
「え、なんで?」
〈……お前、あいつに心を許し始めているだろ〉
「そ、そんなこと……。とにかく、もう怪我はさせないでね!」
〈やっぱり心を許してるじゃないか!〉
「違う!毎回怪我させたら薬がもったいないじゃない!それに、ピッピも約束してたよね。クッキーと引き換えに」
〈分かってる。追いかけたけど怪我はさせてない〉
「そう。それならいいけど」
〈ルアル〉
「なに?」
ピッピは〈……なんでもない〉と言い残し、飛び立ちどこかへ行ってしまった。
(別に。気を許したわけではないのよ……誰かと食事するのが久しぶりで、ほんの少し嬉しかっただけで……)
誰にも聞こえないのに、ルアルは心の中で言い訳をした。