07
(――……てよ!攻撃しないんじゃなかったのかよ!)
「ひゃ!?」
薬作りに集中していたルアルは、突然頭の中に大きな声が聞こえてきてビクッとする。
その瞬間、ドンドンドン!!とドアが叩かれた。
急いでフードを目深に被ってドアへと振り返るルアル。
「やめろ、ピッピ!」
〈お前に名前を呼ばれる筋合いはない!気安く俺の名を口にするな!〉
「やめっ……啄くなって!いるんだろ!?開けてくれ!痛っ」
ドアの外で軍人がピッピに襲われているのが分かる。
(え。また……?なんで……)
「いいから早く入れてくれ!このままでは捕食されかねない!」
〈俺はお前なんか食わないぞ!〉
「痛っ、やめろって!痛い!」
カチャリと少しだけ小屋のドアを開けると、すぐに「助かった!」と髪がボサボサで額から血を流した男が押し入ってきた。
(ひっ!?きょ、今日も凄い……)
「酷い目にあった……俺は何もしていないのに」
「あ、待って。今、布を」
軍人は指先で血が出ていることを確認したら、徐に袖口で顔の血を拭おうとしたので、止めた。
今日は軍服ではないけれど、高そうな服だと一目で分かるから、思わずの行動だった。
「はい、これで」
「ありがとう」
「……薬を取ってきます」
布を受け取った軍人がにっこりといい笑顔でお礼を言うので、ルアルは少しだけイラッとした。
(大体、本人が頓着していないのに、どうして私が気にかけないといけないの。それになんでまた来たのよ)
「助かるよ」
またにっこりといい笑顔で言われた。
少しだけ薬を塗る指先に力が入ったが、わざとではない。
「痛っ……」
「…………」
「この薬、君が作っているんだよね?」
「はい」
「効き目が良いよな。まだ若いのに腕が良い。誰に習ったんだ?」
「母です」
「母親か。そういえば、母親もピッピと話が出来ていたと言っていたよな?」
「…………そうでしたっけ?」
「君は秘密主義者なんだな」
(この人、本当に何しに来たの?もう二度と来ないと思ったのに)
この軍人がピッピに追い立てられて帰って行ったのは、僅か三日ほど前。
まだ三日しか経っていないのに。
まさかまた来るとは思わなかった。
「もう来ないとは言っていない。それより、チョコレートは食べたか?」
「いえ……(あんな高そうなチョコレート、食べられるわけない)」
「食べ物は食べないと駄目になるだろ。もう君のものなんだから食べてくれ」
「……お返しします」
「なんで?」
「お礼できませんし(この人の目的も分からないし)」
「お礼というかお返しなら、ほら、傷の手当てをしてくれている。それでいいだろ」
(ピッピがつけた傷を手当てしているだけだけど。血を流して怪我している人が目の前にいて、傷薬もあるのだから、手当てするのは当たり前なのでは?)
それなら手当てをしなければもう来なくなるのかと考えるが、流血したまま放置はできない。
「俺は別に見返りなんて求めていない。ただ、同じ力を持った人間に初めて出会ったから仲良くなりたいだけ」
「それだけのためにわざわざ?(普通は気づけば元の場所に戻る魔法陣があるのに。上手くすり抜けたとしても、町から小屋に来るのは普通は何時間もかかるし、強化したはずなんだけどな)」
「あ、確かに色んな仕掛けがされているよね、この森。だけど、正しく選んで来れば三十分程度だからそう面倒な距離でもないよ」
(えっ三十分?……この人、正規の道を通れるの!?)
「俺は魔術部隊に所属しているんだ。これくらいは出来ないと務まらない。とはいえ、前回は何ヶ所か間違えて一時間くらいかかってしまったけど、今回は真っ直ぐ進んで来た」
(……もっと強化しないと)
「無駄だよ。君の作る魔法陣の法則が分かったし。解除する魔法陣の数が増えて多少面倒にはなるけど、ただそれだけだ」
(そんなの……この十年、ここまでは誰も来られなかったんだから――)
「並の魔術師なら効果があるだろうけど、俺を誰だと思っているんだい?国立軍の魔術部隊で少将をしているんだぞ。しかもこの若さで!その俺があの程度の魔法陣を解けないはずがないだろ?」
(………………)
軍人は自分の力に自信があるのだろう。
気持ち胸を張って誇らしげにしている。
威張られてもどうしたらいいのか分からないルアルは、ただ見ている。
「何か言ってくれない?反応してくれないと、俺は自惚れている男みたいじゃない」
「……へー。凄いですね」
「君には冗談が通じないんだな」
(冗談?少将って呼ばれていなかったっけ?)
「肩書きは事実だけど。俺は自分の力に自惚れたりしていない。ところで、君の名前は?」
「…………」
「ルアルと魔道具屋のアンヌさんやピッピが呼んでいたけど、本名?」
「……はい」
「そうか。俺は、リシャール・エーレンフェルス。二十三歳、軍人だ。ルアルは何歳?」
「二十歳です」
それからリシャールのペースに巻き込まれて、気づけば色々な話をしていた。
「あ、もうこんな時間か。また来るよ」
「もう来ないでください」
「そんな事言わないでよ。折角仲良くなったのに」
(仲良くなんてなっていないけど……)
「ははっ。あ、渡すの忘れてた。これ、今日の手土産。じゃあまたな」
最後に紙袋を押し付けて、彼は帰って行った。
紙袋の中にはパンが入っていた。
ルアルが自分で作るパンはイーストなしの簡単なものだから、お店で売っているパンは正直凄く嬉しい一品。
ルアルは思わず顔を綻ばせた。
〈ルアル!〉
「あ、ピッピ。帰ってきたの」
〈あいつを追い払ってやったぞ〉
「ありがとう。だけど、怪我はさせないでね」
〈あいつと随分楽しそうに話していたな!〉
「え?そう?……(確かに、少し楽しかったかも)」
〈あんまり気を許すなよ!〉
「分かってるよ」
ルアルが人と話すといったらアンヌくらいだ。他の人との会話自体が久しぶりすぎて、それで少しだけ楽しかったのだろう。
秘密が知られてしまっているから、気が楽だというだけ――とルアルは思っていた。