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06

 

 あれは、ルアルが父親から化け物と呼ばれるようになったころ。

 母親が出かけていて、一人でお留守番をしていた日――――


(あ、ばしゃのおと!)


 母親が帰って来たと思ったルアルは玄関に出迎えに出た。

 しかし、馬車から降りてきたのは父親だった。

 父親は出かけると暗くなるまで帰ってこないのに。

 ルアルが玄関にいると分かると、すぐに睨まれた。

 心の声が聞こえることが知られる前から、ルアルは道路に面した屋敷の表側に来ることさえ禁止されていた。


「こっちに来るな!お前は何故ここにいるのだ。玄関に来るなと言ってあるはずだが、言いつけも守れないのか?誰かに見られたらどうする。お前は存在しない人間なんだからな」

「ごめんなさい……」

「さっさと行け。私の近くに来るな、化け物が」


 生まれてからずっと、父親から一度も愛情を向けられたことがなかった。

 父親から罵られることには慣れていても、化け物と言われるようになったのはショックだった。

 この男が父親なのだという認識はしていたが、ルアルにとっては高圧的で怖い人というだけだった。

 子供ながらに父親からも愛されたいという気持ちはあった。

 けれど、期待しても無駄なことは齢五歳で既に理解していた。


 父親に怒られたルアルは、しょんぼりしながら庭へと向かった。

 基本的に屋敷の外に出ることも、屋敷の表側に行くことも禁止されていたルアル。

 唯一、北側の庭は森と繋がっていて外から様子が見えないため、勝手に出ても怒られない場所だった。

 敷地は広大で、庭の一部が奥の森へと繋がっている部分がある。

 森に来ると、リスや小鳥が遊び相手や話し相手をしてくれて楽しかったので、母親が外出中にも一人でこの森へ来ることがあった。

 植物や動物からは人のように心の声は聞こえないし、気持ち悪がられないのが良かった。


 そして、落ち込んだ気持ちのままいつもより少しだけ森の奥まで入ると、木の根元に鳥がいた。

 鋭そうな嘴や瞳なのに、ピィピィーと可愛い鳴き声で鳴いていた。


(はじめてみるとりだ。あれ?けがしてるのかな?)

〈は、腹減ったぁ……〉

「えっ……」


 ゆっくりと鳥に近づいていると急に頭に流れ込んできた声に驚いた。

 近くに誰か人がいたのかと、周囲を見渡してみたけど人の気配はない。


(あれ?きのせいかな)

〈食べ物をくれ〉

(っ!?やっぱりだれかいる!……ど、どこ?)


 ルアルは再度立ち上がって周囲を見渡すが、やはり人の気配はない。


〈ここだ。ここ!目の前にいるだろ〉

「えっ……?と、とり……?」

〈鳥って言うな!俺は鷹だ!〉

「たか……」

〈それよりも、腹が減ってるんだ。お前、食べ物を持っているだろ?くれよ〉

「え?たべもの?……あ!これ?」


 おやつに出たクッキーをポケットに入れていたのを思い出す。

 母親が帰ってきたら一緒に食べようと思って、数枚残しておいたやつだった。

 ポケットからクッキーを取り出して鳥に見せると、それまでへたっていた鳥がすくっと立ち上がった。


〈それだ!くれ!くれ!〉

「う、うん。どうぞ……」

〈お!うまい!なんだこれ!うまいぞ!〉

「クッキーだよ」

〈クッキーっていうのか!初めて食べるぞ、こんなうまいもの!〉

「そうなんだ。よかったね」

〈ごち!……なぁ。なんで落ち込んでるんだ?〉

「えっ……お、おとうさまにおこられてしまったから」

〈ふぅん。いい事を思いついたぞ!クッキーのお礼に俺の名前を付ける権利をやる〉

「え?……なまえ、ないの?」

〈まだない。だから、特別にお前が付けていいぞ!〉

「えっと……じゃあ、ピッピ」

〈ピッピィ!?この格好良い俺様に、ピッピ!?〉

「ぇ、駄目?」

〈……まぁ、いいけど。今から俺の名前はピッピだな。お前の名前はなんだ?〉

「私はルアル」

〈ルアルか。今日から俺たちは友達だ!よろしくな!〉

「う、うん。よろしくね、ピッピ」


 ――――軍人が精霊との契約方法は『食べ物を与えて、名前を授ける。そして、精霊がそれを受け入れて、お互いの名前を呼び合えば、守護精霊としての契約完了だ』と言った。

 ピッピとの出会いを考えると、意図せず契約してしまっている。


「…………契約していた……」

「だろうね。何も知らなかったとはいえ、成功してよかったよ」

「え?」

「精霊と契約を結ぶのはリスクが伴う。失敗すれば、体の機能を奪われる。体のどこの何の機能が奪われるかは精霊によると言われているし、無理やり契約を結ぼうとして怒らせると死ぬこともあるらしい。契約の失敗で視力を失ったり聴力を失ったり、手足の機能を失う者も多いと聞く」

「そんなに危険な事だったなんて……。だけど、私とピッピはお友達で、使役するなんてそんなことはないです」


 ピッピと初めて会ったあの日から、森に行くといつもピッピがいた。

 色んな話をして、励ましてくれたり、ルアルの代わりに父親や使用人に対して怒ったりしてくれた。

 父親に捨てられた時も付いてきてくれて、ずっとそばに居てくれた。

 ルアルにとってはとても大切な存在。


(あ、でも……この小屋に導いてくれたのは、守護精霊としてだったのかも。お母様も『ピッピのことは大切にしなさい』と言ってたけど、お母様もピッピが精霊だと分かっていたのかな)

「待って、君の母親もピッピのことが見えていたのか?」

「……はい。(それに、お母様もピッピと話ができていたけど)」

「は?君の母親も精霊と話ができたのか!?」

「…………(心の声を聞かれるってこういう気持ちなんだ……)」


 父親がルアルのことを気持ち悪がった気持ちが、少しだけ分かった気がした。

 心の声を聞かれるのは、少なくとも気持ちのいいものではない。


「あ、すまん。君には隠さなくてもいいと思ったらつい……」

「いえ(ピッピはもう攻撃しないから早く帰ってくれないかな……)」

「……聞こえているのが分かってて言ってる?結構いい性格してるな」

「あ、そうだった。ごめんなさい……(慣れないな)」

「わざとじゃないのか。まぁいい。ところで、君は興味がないの?」

「何をですか?」

「何って分かるだろ?(俺たちは同じ力を持っているんだぞ。そのことに決まってるだろ)」

「ピッピはもう攻撃しませんから、お帰りください」

「待てって!無視しないで」

(…………)

「まだ渡していないものもあるし、俺はわざわざ君に会いに来たんだぞ!会って確かめるために来たのに。押すなって!」

「会って確かめる?……なんのために?」

「決まってるだろ(勿論、俺と同じ力を持っているのかどうか。違いはあるのかどうか)」

「…………(試すようなやり方をして、この人絶対性格が悪い嫌な人だ)」

「それはまだ慣れないとかいうあれか?」

「え?」

「(またうっかりなのか?)絶対性格が悪い嫌な人って言い方は酷いなぁ。……俺は、仲間がいると分かって嬉しかったのに」

(心の中で思っただけで言ってないし)

「そうだけど。お互いに聞こえることはもう分かってるのに。声に出していなくても伝わるんだから同じだろ。分かっててやってるとしたら、君もなかなかに意地が悪いよ」

(はっ?何この人、失礼なんだけど。早く帰ってくれないかな。もう二度と来ないでほしい)

「えー、酷いなぁ。折角仲間が見つかったんだよ。俺に興味ないの?」

「ありません。これでも忙しいんです。お帰りください」

「えー、珍しい。力のことが関係なくても女性には結構興味持たれることが多いんだけどなぁ」


 軍人の自惚れ発言に、ルアルは冷めた目を向ける。

 軍人は確かに綺麗な顔をしているが、ルアルは人の美醜には興味がない。


〈お前!早く帰れ!ルアルが嫌がってるだろ!〉

「……うわっ!?この鷹はなんて言ってるの?」

(え?ピッピの言葉は聞こえていないの?……早く帰れって言ってるけど)

「やっぱりそうか。分かった。今日は帰るからその精霊に攻撃しないように伝えて」

「ピッピ、やめてあげて」

〈しゃーないな〉

「……本当に手懐けてるんだな」

(手懐けてるって、嫌な言い方……)

〈よし、やっぱり追い払おう〉

「うわ!帰る!帰るから!あっ、これ、俺からの手土産!じゃあな!」


 攻撃はしないものの、付かず離れずのピッピに追い立てられて軍人は帰って行った。


(……もう見えなくなった。足速いな)


 別れ際にグイッと押し付けられた小箱を開けると、中には宝石のように綺麗なチョコレートが数粒入っていた。

 何年ぶりかのチョコレート。

 普通なら心躍るはずが、今のルアルには効き目がない。


(綺麗。高そうなチョコレート。…………仲間、か……)


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