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05

 

(はぁ…………)


 一カ月分の売上金を失ってしまったから、これから一カ月は、山の物と小屋の周りに作った畑で取れた野菜で凌ぐしかない。

 小麦粉の残りが少しあるけど、一カ月は持ちそうにないからパンもいつもの半分以下の大きさ。

 あの日から数日しか経っていないのに、ルアルは早くもひもじい気持ちになっていた。


(薬を作って持っていったら予定外だけど買い取ってくれたりしないかな……――――ん?)


 三口で食べきってしまいそうなパンを小さく小さくちぎって口に運んでいると、外が騒がしく感じた。

 脱いでいたローブを羽織り、フードをすぐに被る。

 ドアの小窓から外の様子を窺う。


(え。人?なんで……あ!もしかしてこの小屋の持ち主がついに!?)


 何年も使われていなさそうなこの小屋に住み着いて十年。

 今まで誰もここに来る人はいなかった。

 住み着いて少し経ってから、廃墟だったのだろうと都合よく解釈して、ルアルはこの小屋の周りに魔法陣を設置した。

 正しく進んでいるつもりでも、知らずに方角が狂って森の入口に戻ってしまう魔法陣。

 その魔法陣のおかげで、普通の人は小屋に辿り着けないようにしてある。

 先日、軍人に秘密を知られてから更に魔法陣を増やし、森の中を迷う時間を長くした。

 だけど、この小屋は借り物だから、この小屋の本当の持ち主が来た時には真っ直ぐ辿り着けるようにしてある。


(持ち主だとしたら、まずは勝手に住み着いてることを謝らないと!それで、もう少し住まわせてもらえるようにお願いして。あぁ、でもきっと怒られてしまう……――)


 外からピッピの〈ピィー!ピビィーーー!!〉とけたたましく騒ぐ声がはっきりと聞こえる。

 何事!?と思ったら、小屋のドアをドンドン!ドンドン!!と強く叩かれた。


「すみません!勝手に住み着い、てっ!?」

「助かった!中に入れてくれ!!」


 ドアを叩く力が強くて怒っているのだと感じたルアルは、ドアを開けてすぐに頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 だけど、最後まで言う前に訪問者が押し入ってくる。

 ルアルは訪問者に押されて尻もちをついた。

 するとすぐに尻もちをついたルアルに向かって、訪問者は手を差し出してくる。


「あ!すまない!大丈夫か!?」


 視線をあげると、高そうな革の手袋が嵌められた手。

 かっちりと厚みのある濃灰のジャケット。袖口には金糸で繊細な刺繍、臙脂のパイピング。

 その下には真っ白なシャツの袖口が覗いている。


(え……これって、もしかして……)


 最近町で見かけたばかりのそれが、目の前にあることに早鐘を打つ。

 そろりと更に上へと視線を移すと、そこには顔中血だらけの男がいた。


「……ひ!?なっ!?なっ……!?……来ないで!」

「えっ?どうした?」

(こ、怖い!なに?なに?なんで血だらけなの!?こっち来ないで!)

「は?……あ。これは今、鷹に襲われて」

「鷹って……(ピッピにやられたの?急いで手当てしないと!)」

「大丈夫。傷は深くないはずだから。おでこや頭からの血は派手に見えるだけで――」

「(えっと、えっと)あ、布、これで血を……。(薬を持ってこなきゃ……!)」


 調薬室へ傷薬を取りに行った時、フードが脱げていたことに気づいた。

 不吉と言われる髪の色を見られてしまったかもしれない。

 念のためしっかり被り直す。


 戻ると、軍人と目が合った。

 にこりと微笑まれて、気まずさに逸らしてしまう。


「塗ります(沁みないかな)」

「大丈夫。ありがとう、助かったよ。君はとても優しいんだね。すぐに怪我人の手当てをしようなんて、慈悲深い」

「…………(この人、なんでここにいるんだろう。どうやって……?)」

「森に住んでいると教えられて。金を持って来たんだ。あとこれ。先日君と一緒にいた魔道具屋のアンヌさんから。金を届けるなら、これらも持って行ってほしいと頼まれて。これらもついでに持ってきたよ」


 テーブルの上にドサリと大きな麻袋が置かれた。

(なんだろう?)と思いながら中身を確認すると、小麦粉や干し肉が入っていた。


(ああ!アンヌさん……!!うううぅ嬉しい……!アンヌさんの優しさが沁みる!)


 ルアルは感動し、祈るように手を組み、宙を仰ぐ。


「ふっ……。持って来た甲斐があったな」

「あ、ありがとうございます……(この量、重かっただろうな)」

「それくらい構わない。華奢な君がいつもこんなに重い物を持って歩いているのかと思うと、手伝ってあげたくなるよ」

(…………)


 何となく軽薄な印象を受けて、ルアルの警戒心は増した。


(軍人ってもっと、誠実実直な感じじゃないのかな?)

「それは、印象に過ぎない。実際の兵士たちは、まぁ……君に聞かせることではないけど。それより、折角窃盗犯を取り押さえたのに、どうして逃げたんだ?あの状況で金を置いて行くって、余程だよ。何か悪いことでもしてるの?」

「そんなこと……(あ、この小屋に勝手に住み着いてるのは悪いことだよね……)」

「そんなことか」


 軍人は、室内を見渡す。

(この小屋なら……、まぁ大丈夫だろ。だけど、こんな粗末な小屋に女性が一人で住んでいるのか……?壁や床に穴が空いているけど……)


 軍人の心配をよそに、ルアルは(怒られなかった。よかった……)と考えていた。


「君って、人の心の声が聞こえているよね?」

「…………なんのことでしょうか」

「食堂でも急に心を閉ざして心の声を出さないようにしていたけど、あの時の声と今話している声は同じだ。あの時、食堂にローブ姿の女性がカウンターにいたことは確認している。今、君が着ているのと同じローブだった」

「……なんの話をされているのか」

「どうして隠す?そりゃ、他人には言えないけど、俺たちは同じ――」

「手当ては終わりました」


 ルアルは薬や綿を手早くしまい、言外に早く帰れとアピールする。


 確かにあの食堂では、心の声で会話が成立していた。

 それが『少将』と呼ばれていた人の心の声だったことも分かっている。

 あの時、ルアルは相手の顔を見ていなかった。

 他にこんな能力がある人はいないだろうから、目の前の彼で間違いないことも分かる。

 だけど、心の声が聞こえたとして、自分と同じ能力とは限らない。

 それに…………

『いいか。絶対に目立つことはするな。お前の秘密が知られれば、捕らえられて実験台にされるか、すぐに殺されるぞ。お前は化け物だからな』

 軍人に知られたら酷いことをされたり、殺されてしまうかもしれない。

 自分と同じ力を持った人と出会うのは初めてで、その人は味方なのか、本当に同じ力を持っていると言えるのか、ルアルには判断がつかなかった。


「どうぞ、お気をつけてお帰りください」

「まだ話は終わってないんだけど」

「どうぞ、お帰りください」

「ちょっと、押さないで(意外と力強いな!)――うわぁ!?またかよ!やめっ……っ!」


 グイグイと軍人の背中を押して小屋の外に出す。

 バサッと羽音がしたと思ったら、ピッピが足や嘴で軍人を攻撃し始めた。

 折角手当てしたのに、猛攻を仕掛けている。


「あ!ちょっと、ピッピ!止めて!!」

 〈えー。なんでだよ。俺は不審者からルアルを守ろうと――〉

「だからって怪我させちゃ駄目だよ!止めて!」

 〈胡散臭いだろ!追い払ってやるよ〉

「ピッピ!止めて!追い払うのはいいけど、怪我はさせないで!」

 〈分かったよ。しょうがないな〉

「……は?懐いてる?(この子、精霊と意思疎通ができるのか!?)」

「え?精霊?」

「あ。やっぱり聞こえているんじゃないか」

「あっ…………」


 思わず軍人の心の声に反応してしまった……。


「ピッピって、この鷹の精霊のことだよね?君、まさか使役しているの!?」

「使役なんて……(精霊ってどういうこと?ピッピは鷹ではないの?)」

「君には普通の鷹に見えているのか?」

「……はい(どこからどう見ても普通の鷹に見えるけど?)」

「確かに本当の鷹のような姿形に見えるが……」

(精霊って、人の前にあまり姿を現さないんじゃなかったっけ?ピッピはこんなにはっきりと見えているのに。あ、もしかして、私のことを騙そうとしているのかな)

「騙そうとしていない。騙す理由がない。君の思うとおり、精霊は普通、人に見えないというのが常識だよ」

「あなたにも、見えていますよね?」

「……いや、精霊で間違いない。俺にはやや光って見えている」

(ピッピが光ってるって?この人、何を言っているの??)


 ルアルの目には、どこからどう見てもピッピは普通の鷹に映っている。

 軍人の言葉を受けて改めて見てみるが、鋭い爪や嘴を持つかっこいい鷹にしか見えない。


 ルアルが(かっこいい鷹にしか見えない)と思うと、ピッピは胸を張るようにした。


「君が精霊を使役しているのは間違いないと思う。精霊と契約を結んだ自覚がないのか?」

「全くありません(使役って、命令したり小間使いのようなことをするってことだよね?そんなの有り得ない。ましてや契約を結ぶなんてそんなこと)」

「……本当に心当たりがないようだな。ピッピというのは、君が名付けたのか?」

「はい」

「それなら、知らずに守護精霊の契約を結んだのだろう」


 暫くルアルの顔とピッピを見て、視線を行ったり来たりさせて何かを考えていた軍人。


「この精霊に対しては失敗しなかったから良かったけど、今後もないとは限らないからな。知らずに契約の儀式をすると失敗する可能性もあるから、一応教えておく」


 そう言って、精霊を自分の守護精霊とするための方法を話し出す。


「――――というわけだ。覚えは?」

「……………………あっ」


 もしかしたらあれかもしれないという思い当たる出来事があった。


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