04
森で過ごして数日。
ピッピがルアルをつつく。
〈ルアル!クッキーが食べたいぞ〉
『そんなこと言われても。材料もないし……(私だって食べたい。おなか空いたよぉ……)』
〈買いに行けば良いだろ。あっちに行けば町があるぞ〉
『近くに町があるの?お店もあるのかな……。でも、お金、これしかない。……これは使えないよね』
〈じゃあ、稼げば良いんじゃないか?〉
『稼ぐって……』と言いかけて、思い出した。
ルアルは、元々魔法薬のための珍しい材料を求めて旅をしていたという母親から、魔法薬や魔法陣の作り方――つまり、お金の稼ぎ方を教えられていたことを。
お絵描きやおままごとなどの遊びの延長のような始まりだった気がする。
物心着いた時には魔法薬と魔法陣の作り方の基礎は知っていた。
母親は何度も屋敷裏の森にルアルを連れ出した。
父親も、人がいない森への外出だけは見逃してくれていた。
成長と共に、自分で育てることのできる薬草の栽培方法や森で簡単に手に入る材料も教えられていた。
作った魔法薬は誰が買ってくれるのか、どこに持っていけばいいのか。そういうことを何度も聞かされていた。
母親が生きている時は、どうして何度も森へ行くのか、何のためにそんな話をするのか不思議に思ったこともあった。
だけど、自分が死んだらこうなることを見越していたのだろう。
母親から習ったことを思い出したルアルは、お金を手に入れる準備を始めた。
初めてアンヌの父親がオーナーを務める魔道具屋に行った時、オーナーから『子供の来るところじゃない』と言われて取り合って貰えなかった。
この町に魔道具屋は三軒しかない。
最後の一軒からも取り合ってもらえず、とぼとぼと小屋に戻る途中、母親の言葉を思い出した。
『子供のルアルが行っても初めは信用して貰えないはず。だから、こう言うの。「これを作ったのは母です!一つだけでも試してみてください!これのお代はいりませんから、お願いします!」って。試してもらうために一つだけでもお店に置いて行くの。そして、数日後に様子を見に行きなさい。そうしたらきっと買い取ってくれるようになるわ』
三軒のうち、まだ対応が優しかったアンヌの父の店にもう一度行って、母親の言っていた通りに実行する。
買い取ってもらえるようになり、無事にお金を手にできた。
(これで食べ物が買える……)
一度だけ、父親の目を盗んで母親と街に出かけた時には、買い物の仕方を習ったし、どんなお店に何が売っているのか街を見て回った。
他にも、厨房で料理人が作業しているところや下男の畑作業を見学したこともあった。
簡単なパンや焼き菓子は母親と実際に作ったこともあったし、母用の薬草畑の種まきや収穫はいつも手伝っていた。
それもこれも母親が、いつかルアルが一人でも生きていけるように、いずれ一人になった時に少しでも役に立つようにと考えてくれていたのだろう。
ルアルが生まれた家には使用人がいた。
調薬に関すること以外のことは、一から十まで一人きりでやったことはなく、初めは失敗ばかりだった。
気づけば一人で森の中で生活することにも慣れていた――――
◇
昨日買い忘れた物を買うために町に出てきた。
自分と同じ力を持った人と遭遇したばかりなので、本当は来たくなかった。
しかし、ピッピが〈今日こそクッキー!〉と、今日も朝から催促してきた。
小麦粉がまだ少しあるから手作りすることもできる。しかし、そうするとパンが作れなくなってしまう。
それで仕方なく。
足取りは重いが、ピッピが監視するように付いてくるので止めることもできない。
〈俺はこのままパトロールに行く。クッキー忘れるなよ!〉
(大丈夫だって)
〈絶対だからな!じゃあな。夕方には帰るぞ〉
森の入口まで一緒に来ていたピッピがどこかへ飛んで行き、あっという間に見えなくなる。
(それにしても、納品の日以外で町に来るなんて久しぶり……。昨日の人に会いませんように!)
「(ん?あれは……)ルアルちゃん?」
振り返ると、アンヌが笑顔で近づいてきた。
「こんにちは。店の外で会うなんて珍しいわね」
「あ、はい。こんにちは」
「お買い物?」
「はい」
昨日の売上金の入った手提げをポンポンと叩いてジャラジャラと音を出してみせると、アンヌがニッコリと笑ってくれた。
「いいわね。だけど、昨日済ませなかったのね(いつも納品帰りにしてるって言ってたのに。買い忘れたものがあったのかしら?それにしてはたくさん入ってそうな音だったけど……)」
「あ、はい……」
「いつもより多いから沢山買えそうね(そういえばルアルちゃんって、森のどこに住んでいるのかしら。お母様と二人暮らしかと思っていたけど、今は一人暮らしってことよね?……森の中で、こんな女の子が一人で)……まとめ買いするのよね?買い物、大変じゃない?荷物持つの手伝うわよ」
「いえ。大丈夫です」
「そう?(ルアルちゃんって、詮索されるのは好きじゃなさそうよね)……分かった。それじゃ、私は行くわね」
「はい。それじゃあまた」
アンヌと別れて歩き出した直後、ルアルの体に強い衝撃が来た。
(アンヌさんって本当にいい人だな)と考えて呑気に歩き出した直後だったので、バランスを崩して転んでしまう。
衝撃の瞬間は何が起こったのか分からなかった。
しかし、すぐに手に持っていた手提げが引っ張られて、理解した。
「(痛い……あ!?泥棒!?お金が!)待っ……!」
『いいか。絶対に目立つことはするな。お前の秘密が知られれば、捕らえられて実験台にされるか、すぐに殺されるぞ。お前は化け物だからな』
ルアルの脳内で父親の声が呪いのようにこだまする。
(駄目……大声は出せない…………)
お金を諦めることを自分の中で消化するために、ルアルはぎゅっと目を瞑る。
と同時にアンヌの声が響いた。
「泥棒!泥棒よ!誰か!誰かその男を捕まえて!!」
(え……)
そして、すぐにドスンと音がする。
アンヌが駆け寄ってきて、手を差し伸べられた。
「ルアルちゃん、大丈夫!?起きられる!?怪我は!?」
「だ、大丈夫、です……」
「ほんと!?あー、びっくりしたぁ。ルアルちゃんに怪我がなくて良かったわ!怖かったわよね?」
「だ、だいじょ、ぶ……」
「大丈夫。もう大丈夫よ。捕まえてくれたわ」
震えるルアルをアンヌが優しく抱き寄せ、背中を撫でてくれた。
人から心配されたり優しくされ慣れていないルアルは、突然の恐怖心と安堵感が混ざりあって泣きそうになった。
「お前。我々の前で盗みを働こうとするなんていい度胸をしているな」
「少将、俺が押さえます」
ドスンという音は、泥棒が投げ倒された音だったようだ。
アンヌが体を離すと、軍人に押さえつけられている男の人が視界に入ってきた。
「頼んだ。……君、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です……(あっ。人が集まって来てる。見られてる。私、今注目されてる!?……あっ!)」
ルアルは咄嗟に頭を手で押さえてフードを確認した。
(あ、良かった。脱げてない。でも、見てる……皆見てる……!どうしよう!どうしよう!早くここから離れ――)
「(ん?あれ?この声、もしかして……)君、昨日食堂にいなかった?」
(っ!?少将って!もしかして、昨日の!?)
(あ、やっぱり!見つけた!!)
(っ!!や、や、やだ!いやぁぁぁ!)
ルアルはその場から逃げ出した。
「えっ!?ルアルちゃん!?ちょっと!?どこ行くの!?」
「おい!君!待て!待っ…………」
知られてしまった。
顔を見られたかもしれない。
よりによって軍人に…………。
(念のため、森に仕掛けてある道迷いの魔法陣を増やしておこう……)
夕方、パトロールから戻ったピッピに怒られて、買い物していないことを思い出した。
お金も結局無くなってしまったし、アンヌにお礼も言っていない。
ルアルは自分が情けなくなった――――