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03


 店内中央、テーブル席でガタン!と大きな音をさせて立ち上がった人がいる。 


「っ!?」

「なっ、なんですか!?少将!いきなり立ち上がってどうしたんですか!?(まさか魔物が出たのか!?)」


 ざわざわとしていた店内が一瞬にして静かになった。


(少将ってことは軍人?私服の軍人もいるのか)

(あいつらの会話、あの軍人たちに聞こえていたんじゃないか?)

(大丈夫か?まさか、あいつらに……)

(や、やべぇ。聞かれていたのか!?)

(あら、綺麗な顔の男性ね。素敵だわ)

「あっ……失礼。お騒がせしました」


 少将と呼ばれた人は、倒れた椅子を起こして座り直す。


(君は誰だ!?今、心の声で会話が成立していたよな!?)

(…………)

(おい!なんで急に黙る!?なぁ……返事をしてくれ。どこにいるんだ!?)

(…………)

(なぁ。なんで黙るんだよ。この店の中にいるんだろ?聞こえていたら返事してくれよ)

(…………)

(……あれ?もしかしてさっき出ていった奴らの女性のほうがそうだったのか?…………なぁ、本当にいないのか?)


 ルアルは一切心の声を出さないようにした。

 不自然にならないように食事を済ませてから、真っ直ぐ森の小屋に戻った。

 頑張ったご褒美として頼んだのに、十年ぶりに食べたプリンは味が分からなかった。


 ◇


(心の声で会話してしまうなんて…………)


『いいか。お前が化け物であることは絶対に気づかれてはいけない』

 子供のころから何度も何度も言われ続けた父親の声が聞こえた気がする。


(さっきは咄嗟に黙ったけど、大丈夫だよね……)


 食堂を出て少し離れると、ルアルは我慢できずに小屋まで走って逃げ帰ってきた。

 習慣にしている買い物を何もしないまま。


(私だって気付かれていないよね……)

〈ルアル!なんでクッキー買わなかったんだよ!〉

「ピッピ!き、聞いて!い、い、いたの!わた、私と同じ人が!」

〈何言ってるんだ?〉

「だから!私と同じ人!」

〈ルアルが二人いるわけないだろ。薬の作りすぎで頭おかしくなったんじゃないのか?〉

「ちがーう!私と同じ人!人の心の声が聞こえる人がいたの!」

〈ふぅん。珍しいな〉

「気づかずに少し心の声で会話しちゃったし……あれが私だって気付かれていないといいけど……」

〈……それより!クッキーは!?〉

「クッキー?……あ……あー。買い物も全部忘れた……はぁ……また町に行かなきゃ……」

〈えー!今日はないのか!?〉

「うん、ごめん」

〈明日は絶対クッキーを忘れるなよ!〉

「明日……」


 今日あんなことがあったばかりで、明日すぐに買い物に行く気になれなかった。

 しかし、ピッピが〈明日行けよ!〉と念を押してくる。


「分かった……」

〈本当に分かってるのか!?俺のクッキー!〉

「分かってる。大丈夫……大丈夫だけど……(少将って呼ばれていたから多分軍人だよね。明日は軍人に気をつけよう。近づかないようにしたらきっと大丈夫)」


 ルアルは、人の心の声が聞こえるのは自分だけで、とても異常なことだと思っていた。

 父親が娘に向かって化け物と言うくらいには。

 まさか、自分と同じ人の心の声が聞こえる人がいるなんて考えたこともなかった。

 ルアルはその日、何をしても集中できず落ち着かなかった。

 薬作りをして忘れてしまおうとしたが、まったく集中できず、大量に材料を無駄にしてしまう。

 何度も、忘れてしまいたい過去を思い出していた――――


『ちっ。フードを被せておけといつも言っているだろうが。私にその不吉な髪の色を見せるな』

『申し訳ございません……ですが、ルアルの髪は不吉ではないと何度も――』

『うるさい!私に口答えするな!(ったく。魔力量の多い女との子供なら魔力量の多い子供が生まれると期待したのに。確かに魔力量は多いが忌み子が生まれるなんて。こんなことなら――)』

『いみご?』

『は?』

『……ルアル?何を言って――』

『おとうさまいみごってなんですか』

『な、何を言ってる?(私は口には出さなかったぞ……忌み子なんて。忌み子が我が家にいると知られたら大問題だ。隠し通すためにも口に出さないようにしているのに。使用人か?使用人が話していたのか!くそっ。誰だ!クビにしてやる!いや、クビはまずいか。吹聴されたら――)』

『しようにんではありません。おとうさまがいつもいってます』

『なっ。な、何を、言っているんだ……(声に出して言ったことはないのに……どうして……)』

『おとうさまがいつもわたしをみていみごって』

『まさか……(心の声が聞こえるというのか……?……お前にはこれが聞こえているのか?聞こえていたら返事をしろ)』

『はい、きこえます』

『ば、化け物!』

『あなた!何を仰っているのです!?』

『私の近くに来るな!化け物!人の心を盗み聞きするなど人間ではありえない!その髪の色といい、お前は化け物だ!』


 元々父親から愛情を感じたことはなかったが、それからは一層罵られた。

『いいか。その力が誰かに知られればお前は殺されてしまう。化け物は退治しなければならないからな。だから絶対に誰にも気づかれるな。絶対に目立つことはするな』

 ルアルは父親からそう言い含められて育つことになる。


 娘が殺されないようにと心配して言ってくれているのかと思ったこともあった。いや、思おうとしたことがあった。

 だけど、人前には出さず隠し通したいがためだと分かっていた。

 父親から監視されて、少しでも意に沿わないことをすると罵倒されたから。


 ルアルの母親はいつもそばにいてくれて、『あなたは忌み子なんかじゃない。祝福されて生まれてきたの』と言ってくれた。

 だけど、幼いルアルは母の優しさよりも『お前は化け物だ!』と罵る父親のほうが怖くて、父親の言うことを信じた。


 いつも父親の言いつけを守っていた。

 守らないと罵られるし、母親まで酷い目に合う。

 十歳の時に母親が亡くなると、ルアルはすぐに馬車に乗せられ、どこかも分からない山に捨てられた。

 外から鍵をかけられた一頭立ての馬車で、丸一日閉じ込められていた。

 動きが止まり、鍵が外れた音とどさっと何かが落ちたような音がする。

(すまない……。俺は命令で。こんなこと……。すまない、俺を恨まないでくれ)

 すぐに蹄の音が遠ざかって行った。

 恐る恐る外に出ると、馬車を引いていた馬と御者はいなくなり、馬車と小さな袋だけが残されていた。

 袋の中には小銭とタオル一枚、それに小さなパンが三つとリンゴが一個入っていた。御者台にはランプも残されていた。

 きっと、御者が子供を置き去りにする罪悪感から、私物を置いて行ったのだろう。


 ピッピが馬車を追いかけてきてくれて、途方に暮れていたルアルに〈こっちだ!〉と導いてくれた。

 御者が置いて行ってくれた荷物を持ってピッピに付いて行くこと三日、今住み着いている小屋があった。

 他に行くところがないし、小屋はしばらく使われた形跡がなかった。

 とりあえず少しの間泊まらせて貰うつもりが、気づけば住み着いてしまって十年。


 辿り着いた小屋の中で一夜を過ごした。

 お腹も空いたしこれからどうしたらいいのか途方に暮れた。

 ピッピが〈晴れて自由の身じゃないか!あんなクソ野郎、こっちから捨ててやったと思おうぜ!これからは好きなように生きたらいいんだ!クッキーだって食べ放題だぜ!〉と励ましてくれて、少し気持ちが前向きになれた。


 ピッピが導いてくれたこの森は、そのまま食べられる果実や、山菜にきのこも豊富で、しばらく山の恵みだけで過ごせた。

 ただ、それだけではお腹は満たされない。



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