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02

 

「わ!凄い!(え、こんなにたくさん!?)」

「あ……」


 この一カ月、ずっと薬作りをしていたルアルは、自分で持てる限界の量を作って持って来た。

 人から頼られたことのないルアルは、自分でも誰かの役に立てるのだと思うと嬉しくて、毎日コツコツ魔法薬を作った。


(やりすぎてしまったのかも……)


 アンヌの驚く顔を見て、急に不安になってきた。

 まともに他人と接することがなく今まで生きてきたので、ルアルは加減が分からなかった。


「すっごく助かる!在庫がなくなっていたから、本当にありがたい!(無理を言って悪かったかと思ったけど、本当に良かった!これだけあれば、きっと今月は持つわ)大変だったでしょう?」

「いえ。大丈夫です」


(私にはこれくらいしかやることがないし。喜んでもらえてよかった……)


 アンヌが喜んでくれたことがルアルは嬉しかった。

 嬉しさが隠しきれず、フードの下で口が控えめに弧を描く。


「よかった。(あらっ。はにかみ笑顔。珍しいわ。ルアルちゃんってフードに隠れて表情が分かりにくいけど、はにかみ笑顔がとっても可愛いのよね。ふふっ。貴重な笑顔が見られて今日はいい日だわ!)」


 アンヌの心の声を聞いてしまい、ルアルはフードを深く被り直した。

 けれど、両手でギュッとフードを被り直す様子を見たアンヌに(ふふふ。可愛い仕草だわぁ)と思われてしまい、ますます照れてしまう。


「あ、もしかしてお母様と二人で作ってくれたの?」

「あ……いえ、母は……」

「ん?お母様が?(あっ。もしかして聞いたらいけなかったかしら?お母様はご病気とか?だからルアルちゃんも魔法薬を作るようになったのかしら)」

「……母は、もういませんので、私一人で……」

「え!?ご、ごめんなさい。知らなくて……(魔法薬を持ってきてくれるのはいつもルアルちゃんだけで、お母様にはお会いしたことはないけれど、いつの間に……?でも、そうよね。もう十年も経つし、ずっとルアルちゃんが売りに来ることを考えたら、きっと体が弱かったとか事情があったのよね……)」

(あ、あまり嘘をつきたくないからって言ってしまったけど、気にさせてしまった……)


 優しいアンヌを気にさせてしまったと、ルアルは慌てた。


「あの、大丈夫です」

「本当にごめんなさいね……」

「いえ。本当に大丈夫ですから」

「そう……何かあれば相談に乗るから言ってね」

「ありがとうございます」

「…………。(この雰囲気では言い難いけど……でも、この商機は逃したくないし……)あのね、できればでいいんだけど、来月も同じ数お願いできるかしら?(まさかルアルちゃん一人でこの量を作ってくれたとは思わなかったけど。無理して作ってくれた訳ではないのよね?顔色は悪くなさそうだし、大丈夫そうね)」

「大丈夫です」

「ありがとう。ところで、今日も食堂に行くの?」

「はい」

「それなら早めに行ったほうがいいかもしれないわ。駐留軍の関係で最近は食堂が混みやすいって話よ」

「そうなんですか……(混むんだ。落ち着いて食事できなくなるのは嫌だな)」

「はい、これ今月分ね。行くなら早めに行ってらっしゃい」

「ありがとうございます。それじゃあ」

「はぁい。行ってらっしゃい。帰り道は気をつけるのよ。来月またお願いね!」


(少しだけど本当のことも言えたし、良かった。アンヌさんが喜んでくれたことが嬉しいな。……ふふ。いつもより重い。今日は飲み物も注文しちゃおうかな。それよりもデザートを頼もうか。あ、そうだ!プリン!久しぶりにプリンが食べたいな。メニューに確かあったはず……)


 いつもより多い売上金の入った手提げの重さに、自然と笑みが漏れる。

 いつもより自足取りが軽く感じられた。


 アンヌが言っていた通り、いつもより町が賑わっている。

 元々旅人の多い場所だから、町の規模の割に賑やかな町だけど、いつもと何かが違う。


(……?町に出ている人は増えた気がするけど、旅装束の人たちは少し減ってる?)


 道行く人は地元の人はもちろんいるが、旅人が減った分、軍人が目立っていた。


(宗主国の軍服って素敵ね。ここの私兵団とは違うわ)

(あの軍人さんかっこいいわぁ)

(軍人が増えると物々しい雰囲気になるから嫌なんだよな)

(参ったな。隣国に行きたいのにこんなに軍人がいるってことは本当に危ないのか?)

(そんなに軍人が珍しいのか?ジロジロ見んなよ。これだから属国の小さな町に来るの、俺は嫌だったんだ)


 すれ違う人たちは皆、良くも悪くも駐留軍に興味があるようだ。

 駐留軍の軍人は、いつもは国境に少しいるだけで、普段町中にはあまりいない。

 町中を守っているのは、この辺を治めている領主の私営団だけ。

 だから駐留軍の軍人は物珍しく感じられるのだろう。


 町中を歩いていても、いつもより聞こえてくる心の声の量が多い。


(軍人さんの姿も多いし、わざわざ見に出てきている人が多いのかな?これは本当に食堂も混むかも……)


 旅人が多いとはいえ町の規模が小さいので、この町には片手で足りるほどしか食堂がない。

 ルアルがいつも利用している食堂は、魔道具屋と森の入口の中間にある。

 アンヌにはいつもどこの食堂を利用しているかは話していないが、ルアルが森に住んでいることは一応知っている。

 そこから、ルアルがどこの食堂を使っているのか当たりをつけたのだろう。

 食堂が混むということは、軍人も食堂を利用しているということ――――


(ピッピのお土産のクッキーは後回しにして、先に食堂に行こうかな)


 ルアルがいつも買うクッキー屋の前を通り過ぎた瞬間、遠くでピィーーー!と抗議する鳥の鳴く声が聞こえたが、無視して食堂へ入る。


「いらっしゃい!カウンターだけどいいかい?」

「はい。(うわ。本当に凄く混んでる……)」


 まだ昼時というには少し早い時間なのに、満席に近かった。

 新しい店員が、『カウンターだけど』と気遣ってくれる。

 だけど、混んでいようがいまいが、ルアルが通される席はいつもカウンターの端。

 L字になっている端、柱があって他のお客さんから見えにくい席。


 旅人が多くて旅装のローブ姿の人も多いが、ルアルの着ている黒いローブはこの町の人たちには好かれていないらしい。

 だからといって、黒いローブを着ているだけで害されたりはしない。

 少し避けられているだけだから、あまり気にしないことにしている。

 カウンターで空いている席は真ん中といつもの端の席だけだった。

 ルアルは自分から端の席へ座る。


(パッと見では軍服の人はいなかったけど、今日は地元の人ばかりなのかな?)


 月に一度のお楽しみなので、食堂で食べるのは自分で作れない料理と決めている。

 それと、今回はプリンも注文して待つ。

 その間、食堂の中にいる人たちの話し声、心の声が耳に届いてくる。

 店内の一角にいる二人組の男性客が割と大きな声で駐留軍について話していた。


「聞いたか。私営団が駐留軍から指導を受けているらしい」

「指導?なんでだよ」

「ゆくゆくは私営団に任せて撤退するって噂だ」

「なんだよ、それ。もしも魔物がこっちまで来たらどうするんだ?俺たち見捨てられるってことか!?」

(え。見捨てられる?本当か?)

(見捨てられるって大袈裟だろ)

「だけどよ。駐留軍がいるとほら、物騒だろ」

「確かにな。こっちは従属国だし、いつ裏切られるか分からないもんな」

(物騒?……あー、でも確かにそうか。所詮別の国だし、危機的状況になればすぐに見捨てられる可能性もあるよな)

(いつ裏切られるか分からないならさっさと出ていってほしい。偉そうな奴が多いんだよな、宗主国の軍人ってのは)


 居合わせた他のお客さんも、心の声で会話に参加している――ようにルアルには聞こえる。

 魔物が出ているという情報に対して、ちゃんと駐留軍が来ていると聞いたルアルは少し安心感があると感じていた。

 だけど、そう思わない人もいるんだと知る。

 心の話し声が聞こえるルアルにとって、自分とは違う意見や価値観を知るのは日常茶飯事。


「それに、見たか?わざわざ派遣されてくるくらいだからどれだけ男らしく鍛えられた奴らかと思ったら、シュッとしたスカした感じの奴らばかりだったぞ」

「女からキャーキャー言われてたな。いざという時、本当に守ってくれるかどうか怪しいぜ」

(……駐留軍に対して微妙な反応する奴らだと思ったら、やっかみかよ)

(今来ているのは魔術部隊だと聞いたけど、知らないのね)

(結局のところ羨ましいんだな)

(顔が見たい……――うん。モテなさそうな人たちね)


 人は他人の会話を聞いて、勝手に心の中で突っ込むことが割とよくある。

 たまに鋭い突っ込みをする人もいるから、思わず笑いそうになることがあるので気をつけなければならない。

 だけど、今のはルアルも共感できると思った。

 背を向けていて顔は確認できないけど、良い性根の持ち主では無さそうだとルアルは思った。


 一人で黙々とお昼ご飯を食べながら、人々の話し声や心の声を聞いてしまう。

 いつもは目の前のご飯に集中することで聞こえなくなる。

 だけど、皆の声に少しだけ緊張感が混ざっているから、つい耳が拾ってしまう。

 そして、考えてしまう。


(駐留軍が来るほど危険が迫っているのかもという空気を、皆が感じているのね。だけど、駐留軍が来てくれたってことは、宗主国としても助けたいと思ってくれているからじゃないのかな。それに、きっと軍人さんも来たくてきた人ばかりじゃないよね。さっきも来たくてきたわけじゃないって声が聞こえたし……。この町は本当に国境に近いのだし、純粋に駐留軍が来てくれたことに感謝したほうがいいんじゃないかなぁ)


 自分の思考に沈みかけていると、先程まで聞こえていた声とは別の声が聞こえてきた。


(黙って聞いていれば……皆好き勝手言って。駐留軍がいる意味を考えてみたらいいのに)


 尤もな意見に、ルアルはまた自分の思考に沈んでいく。


(駐留軍が来るってことは、それだけ危険性が増しているってことだよね。大丈夫なのかな……)

(軍人たちは皆、体を張って民間人を守ってるっていうのに、煙たがられたんじゃなぁ)

(そうだよね。彼らが来てくれたことを感謝しても、物騒だとか裏切られるなんて考えるのは間違ってる気がする)

(感謝してほしい訳ではないけど、煙たがられると虚しくなってくる。隣国からの協力の要請がきっかけとはいえ、こっちは怪我してる奴もいるのに)

(怪我……やっぱり国境沿いは緊迫した状況なのかな……。アンヌさんが傷薬も痛み止めも在庫がないって言ってたし。それらが必要になるくらいの状況なのは間違いないんだ。薬の量、本当に今月と同じで良いのかな……)

(あー、薬といえば。駐留軍の薬師だけでは追いつかなくて現地の店で魔法薬を買ってみたが、この町には腕のいい薬師がいるみたいだな。軍の薬より効くと驚いていた)

(薬って――ん?…………??)


 自分の思考に耽っていて意識していなかったが、会話しているような状況になっていることに気づく。

 たまに、心の声同士で会話が成立したようになってしまうことは、珍しくない。

 価値観の近い人が側にいる時は、同じようなことを思うことはあるわけで。

 ただ、そうなっても一瞬のことばかり。


(会話になってる?……気のせい?)

(会話?……はっ!?気のせいじゃない!会話が成立してる!)

(え……うそ……嘘嘘嘘!嘘でしょ?今、心の声で話せていた!?って、あ!思っちゃ駄目!)


 偶然ではなかったと確信し、ルアルは慌てた。



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