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 ルアルが朝起きると、ベッドには自分一人だった。

 あれだけ一緒に寝たいとルアルを誘ったリシャールは、床で丸まって寝ていた。


(なんで床で寝てるんだろう?あ、もしかして私の寝相が悪くて落としちゃったの?)

「……ん……あ、おはよう」

「(あ、起きた)おはよう」

「声を出さなくても頭の中に直接聞こえてくるからね」

「あ、そっか。そういえばそうだった」


 ルアルも生家に住んでいた時は、起こしに来る使用人の心の声で目が覚めていた。

 ただ、朝から嫌々な声が響いてくるため、気持ちのいい目覚めではなかった。

 この小屋で暮らすようになって、自然と目が覚めるまで眠る気持ち良さを知った。

 あまりに寝坊していると、ピッピの声で起こされることになるが。


「ところで、なんで床で寝てるの?」

「……いや、その……(予想より辛かった……美味しいもの食べさせて肉付きよくしたらとか想像してたらやばかった)」

「ん?狭かったんでしょ?だから言ったのに」

「狭いのはいいんだけど(我慢しきれなくなりそうで……)」

「我慢って?」

「なんでもないよ!狭かったんだ、うん。そう!やっぱり狭かった!」

「……だから言ったのに。起こしてくれたら毛布出したのに。もう一枚あるんだよ」

「うん……大丈夫、それは」


 その後、二人で朝食を作った。

 リシャールもキッチンに立つ姿に、ルアルは密かにときめいていた。

 朝日が入るキッチンで腕まくりをしているリシャール。

 シュッとしている見た目通り、腕は無駄な肉がなく筋肉質だった。


(なんでだろう。……触りたくなる)

「ん?何を?」

「ううん。なんでもない」

「そう?」


 あまりリシャールに知られてはいけない気持ちのような気がして、ルアルは誤魔化した。


 朝食は、簡単な野菜スープと昨日の夜の残りのパン。

 スープを一口飲み、リシャールは「うん、上手くできてる」と笑顔で言う。

 そして、パンをちぎりながら真っ直ぐにルアルを見てきた。


「昨夜、一緒に生きようと話をしたけど」

「うん」

「俺たちが今、一番初めに解決しなければいけない差し当っての問題は、距離だと思うんだ」

「距離?」

「俺の住んでる屋敷がある場所と、この町は物凄く離れている。一緒に生きていくならこの距離は厳しい」

(そんなこと言われても。どうしたら……)

「俺の国に来ない?俺の屋敷に。王都にあるんだけど、案外住みやすいよ」

「え。で、でも王都なんて行ったことがないし。それに、この小さな町でさえあまり住み心地が良くないのに、沢山人がいたらもっと色々言われてしまう……(……怖い)」


 ルアルは無意識に髪を触る。

 昨夜からリシャールの前でローブを着ることはやめた。

 リシャールがルアルの髪を綺麗だと褒めてくれるから、少しだけ気持ちが変わりつつあった。


「大丈夫だよ。昨日話した通り、認識が俺の国と元々隣国の支配地だったこの地の考え方は、全くと言っていいほど違う。属国であるこの国でも、大部分では精霊の愛し子と呼ばれて人々から尊敬されているよ。ルアルの髪の色は」

「…………」

「俺の国では、精霊は神様のような存在で、精霊の愛し子はその神様みたいな存在と人間との橋渡しをしてくれる重要な人として、とても大切にされている。この町のような居心地の悪さは感じないはずだ」


 リシャールは、(まぁ……別の意味で慣れるまで居心地が悪くなるかもしれないけど)と付け加えた。

 傾き掛けていたルアルの心が、また不安へと揺れる。

 

「心の中で言っても聞こえているから。どっちにしても居心地が悪いのでしょう?それならやっぱり今のままのほうが……」

「いや、この町で暮らすよりは遥かにいいと思う。初めは居心地悪いかもしれないけど、方向性が変わるから」

「どういう意味?」

「俺の国は歴史があってね。王都のように古い土地で昔から暮らしている家の者は特に、精霊の愛し子を大切にする。だから、その髪の色を見ると崇め奉られて……拝まれるかも。そういう意味で、居心地が悪い可能性はある」

「崇め奉られ……拝まれる?」

「一方的に拝まれるだけならまだまし。この子にご加護を!と言って、小さな子供を持つ親から子の頭を撫でるように懇願されるかもしれない。一人撫でると列をなしてしまうかもしれないし、そのうち老人とかも並び出す――というのをたまに見る……精霊の愛し子は現時点で何人か王都に住んでいるから」

(そ、それはそれで困る)

「だよね……。だけど、大歓迎されることは間違いない。寂しい思いをする暇がなくなるかも。今よりも自由に街を歩けるようになるし、もっと好きなことができるよ。どうしても、気になるなら髪色を一時的に変える魔法を教える」


 リシャールの思いがけない言葉に、ルアルは身を乗り出した。


「え!そんないいものが!?教えてほしい!」


 いつにないルアルの反応に、リシャールは驚いて目を丸くした。

 しかし、次第に表情が変わっていく。

 段々と少し悪いことを考えていそうな笑い顔へ変化していった。


「俺の屋敷に来てくれる?」

「屋敷……それは……」

「一緒に暮らすのは嫌?」

「嫌とかでは……」

「じゃあ来てくれる?来てくれるなら教える(俺の屋敷に着いてから)」

「……うん。分かった」

「よしっ!!やった!じゃあ早速明日発つよ!」

「明日!?急すぎる……」

「俺、明日には戻らないといけないんだ……この次に来られるのはまた数カ月後になりそうだし。その間一人にさせられない。俺も仕事をしなければならないから帰らないといけないし……」


 この期に及んで、ルアルは父親の言葉や幼少期を思い出していた。

 リシャールは家を屋敷と言った。ということは、大きくて使用人がいるような家の可能性がある。


 ルアルの生家も家のことを屋敷と呼んでいて、使用人がいた。

 また子供のころのように、屋敷の表側に出られないような生活を強いられるのでは?と不安になってくる。

 人の目を避けるように生活するのは今と変わらないだろうが、リシャールにそう言われてしまったら……とルアルは想像してしまう。


「ルアル。言ったでしよ?俺の国では、精霊の愛し子であるルアルは歓迎されるって。俺が嘘をついていると思う?」

「思わないけど」

「うん。それに、うちの使用人はルアルを歓迎してくれるよ。気のいいやつらだから、安心して。だから、明日俺と一緒に行こう?大丈夫、万が一ルアルを否定するような人がいたら、俺が隠してあげるよ。そういう人の目から」

「……分かった。どうせ纏める荷物もほとんどないし、明日でいいよ」

「やった!ありがとう!」

(魔道具屋に薬を卸していたけど、私以外にも取引先があるようだし、どうにかなる……よね?)

「あー。アンヌさんには、明日発つ時に挨拶してから行こうか」

「うん(あ、ピッピは……)」

「あー。ピッピね。大丈夫。本人の意思次第だけど、付いて行くってって言うなら、うちの庭にも大きな木が生えているから居場所はある。裏には林があるし、少し行けば森もあるから大丈夫じゃないかな」


 話していると、小屋のドアが勝手に開きピッピが入ってきた。

〈黙って聞いていれば、勝手に決めるなよ!ルアルがいなくなったらこの土地は危ないかもしれないんだぞ!?〉

「え?ピッピどういうこと?」

〈ルアルがいるから――というより俺がいるからこの地は祝福されている。それで、今は魔物が国境を越えてくることがない。だけどこの地を離れたら……〉

「何?ピッピはなんて言ってるんだ?」


 ピッピと話していたルアルの表情が硬くなる。

 雲行きが怪しくなったと感じ取ったリシャールが即座に口を挟む。

 しかし、ルアルはピッピを真剣に見ていた。


「それって、ピッピはここにいないといけないってこと?ピッピが行かないなら、やっぱり私も――」

「ピッピ!宗主国の王都にはこの町よりも、もぉっっっと美味いクッキー屋があるぞ!」


 ルアルがピッピに合わせて取りやめそうになった瞬間、リシャールがはきはきとした声でピッピを誘惑した。

 リシャールの誘惑にまんまと引っかかり、目を輝かせるピッピ。


〈何!?ほんとか!?ルアル、本当なのかこいつに聞いてくれ!〉

「え?でも――」

〈早く!早く聞いてくれ!!〉

「う、うん……。本当に美味しいクッキー屋さんがあるの?」

「本当だよ!しかも、この街のように一軒ではない!しっとり系やサクサク系、ごろごろ具材入りと味もいろいろある!」

〈ぐぬぬ……〉

「しかも!お菓子屋ではクッキー以外の甘くて美味しいお菓子が売っている!クッキーより好きなお菓子が見つかるかもしれないぞ!」

〈そ、それは気になる…………。お前が毎日買ってきてくれるならついて行ってもいいぞ!?〉

「ピッピなんだって?」

「うん……。ねぇ、ピッピがここから離れたらこの町はどうなるの?」

「……それは…………」


 リシャールは視線を逸らした。


「魔物が出るって本当?」

「……うん。多分出るようになると思う」

「それなら私、やっぱり行けないよ……」


 リシャールとルアルは、互いに視線を下げた。


〈ルアル!そんなことより美味いクッキー買ってくれるのか聞いてくれよ!〉

「ピッピ……。そんなことって。ここを離れたらダメなんでしょう?だったら――」

〈そんなことなら大丈夫だ!この森には元々精霊が住んでいる。ちょっと国境を越える魔物も出るかもしれないが、大きな被害になることはない。それでも気になるなら、仲間たちに俺の力を少し分けていけば、俺がいるのと同じ効果が得られる〉

「そんなことができるの?本当に大丈夫なの?」

〈もちろん!俺には簡単なことだ。それより、早く美味いクッキーを毎日買ってくれるのか聞いてくれよ!本当に美味いのか?この町のクッキーより美味いんだろうな!?〉

(ええ?大丈夫なの?本当に行くつもり?)

〈当たり前だ!大丈夫だから、ルアルも行くぞ!だって、美味いクッキーだぞ!〉

(もう……クッキーに目がないんだから)


 風向きがまた変わったと敏感に感じ取ったリシャールは、視線を上げた。


「ルアル!何?ピッピはなんだって?教えて」

「……毎日クッキー買ってくれる?って。本当にこの町のクッキーより美味しいの?って」

「買う買う!それに、美味い!その美味いクッキーを屋敷に常備させるよ!なんなら、ピッピ用の家として庭に小屋を建てるし、クッキーが食べやすいような食台も作ろう!」


 リシャールの言葉を聞いたピッピは、嬉しそうに羽ばたき〈しょうがないからついて行くぞ!〉と目を輝かせた。

「付いていくって」とリシャールに伝えると、リシャールが「よしっ」と言って笑う。


(あんまり食べすぎるとまた飛べなくなるのに……)と思いながらも、ルアルも笑顔だった。




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