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ピッピはルアルの母親にも守護精霊がいたと言っていた。精霊に好かれていたということだろう。
(ピッピと話せていたってことは、お母様も精霊の愛し子だったということ?)
「可能性はあるよ。髪の色は?」
「髪は普通の、リシャールみたいな感じ」
「ん?そうか……(愛し子以外でも話せる者がいるのか?)魔力量は多かった?」
「……どうなんだろう。普通だったと思うけど」
父親はよく、『魔力量の多い女となら魔力量の多い子供が産まれると期待したのに、化け物を産みおって!その上、化け物を産んだら魔力まで減ってしまうなんて!』と母親に言っていた。
あの国では魔力量が家の格を決めるとかで、昔は栄華を極めた家だったのに徐々に魔力量が減っていた。
だから『旅をしていたあの女と強引に結婚したのに』と父親が心の声でいつも言っていた。
ということは、元はルアルの母親も魔力量が多かったのだろう。
子供だったし比較対象もいなかったからよく分からないけど、減ったと言っても父親よりは母親のほうが魔力量は多かった記憶が、ルアルにはある。
「(愛し子ではなく、一方的に好かれていた可能性もあるな)治癒の力はあった?」
「分からない――だけど、『流石ね。やっぱり私が作るよりも薬効が高いわ』とよく褒めてくれていた」
母親はルアルが物心ついてから亡くなるまで魔法薬の作り方や魔法陣の使い方を細かく教えてくれた。
それでいつも『才能がある』と褒めてくれて、『ルアルの作った薬はいつか多くの人を助けるわ。ピッピもそう思うわよね?』とピッピにも同意を求めて、ピッピは〈だけどあまり知られない方がいい〉と言っていた。
『ごめんね。一人でも強く生きられるようにひとつでも多くの事を覚えてちょうだい。ルアルならきっと大丈夫。ピッピがついているわ』ともよく言っていた。
あのころはどうして謝るのか、どうして『一人で』と言うのか、ルアルには分かっていなかった。
(だけど、お母様は分かっていたんだ。お母様が亡くなったら私が捨てられることが。一人になっても普通の人のように自由に生きられないことが……)
「……ルアル…………(泣かないで)」
リシャールに抱きしめられて、ルアルは涙が流れていたことに気がついた。
母親からの愛を改めて感じ、そして一人になってしまった時を思い出して、ルアルは寂しくなってしまった。急激に孤独を感じ始めた。
「ルアルは一人じゃない。俺がいる」
(リシャールが、いる?)
「うん。俺がいるから。俺と一緒に生きていこう。二人で生きていこう。ずっと一緒に」
「…………いいの?(でも、私は迷惑をかける……)」
「ルアルと一緒がいいんだ。一緒に生きてくれる?ルアルになら、迷惑をかけられたいくらいだよ、俺は」
リシャールが冗談を言うように軽く笑うが、ルアルには通じない。(やっぱり迷惑をかけることになるんだ)と考えてしまった。
ルアルの心の声を聞いたリシャールは、自分の本音を垣間見せる。
「……俺にはルアルが必要なんだ。(俺も孤独だった、ルアルと出会うまでは……)だから、一緒に生きてほしい」
「……うん」
少し気持ちが落ち着いてくると、ルアルはリシャールに縋り付いて泣いていたことに気づいた。
恥ずかしくなりそっと体を離そうとするルアルの顔を、リシャールが覗き込む。
「少し落ち着いた?」
「……うん。ごめん。恥ずかしいところを……」
「そんなことない。心を許してくれたようで俺は嬉しいよ」
「…………」
その後、久しぶりに二人は一緒にご飯を食べた。
リシャールは休暇を取って来たと話していた。
「俺の屋敷がある所とこの町までは結構遠いんだよ。なにせ国が違うからね。一日二日で行き来できる距離じゃないんだ。鉄道だけで丸一日掛かるんだよ」
「(……鉄道……聞いたことはあるけど……?)……そんなに遠いんだ」
「うん。それで、今回は仕事じゃないし、この辺に俺の部屋はないんだ。前は基地内に自分の部屋が与えられていたけど、今はもう管轄外だからね」
「うん」
「…………」
「…………ん?」
黙ってしまったリシャールに、ルアルは首を傾げた。
じっと見られ、何かを訴えかけようとしているのは分かるが、ルアルには何を伝えたがっているのか分からなかった。
「だから、今日は帰る場所がないんだ」
「そうなんだ」
「もう暗くなってしまったし」
「うん……」
「泊めて?」
「……え、ここに?」
「うんっ」
「…………(行くところがないなら仕方がないけど――)」
「何もしないよ」
「? うん。別にリシャールが何か盗ったり悪さするんじゃないかって疑っている訳じゃないよ」
「あっ。あ、うん!もちろん、そんなことはしないよ!」
リシャールは慌てた様子で両手を前に突き出し、振っている。
「なんで慌ててるの?」
「慌ててない!慌ててない!」
「泊まるのはいいけど、寝る場所がないよ」
「それは、ほら。そこにあるよ」
「あれは、私のベッドだよ」
「うん。だから、そこに」
「……私に床で寝ろって言うの?(まぁ……リシャールはお客さんだからいいけど……毛布だけで大丈夫かな)」
「違うよ!そのベッドで一緒に寝ようよ」
「えっ。一緒に?」
「うん。……駄目?何もしないから」
「(さっきから、なんで何もしないって……?)狭くない?」
「そうなんだけど……(それがいいんだって)」
「ん?リシャールって狭いところが好きなの?」
「ルアルと一緒だからいいの!一緒に寝たいの!」
結局言いくるめられたルアルは、リシャールとベッドに横になる。
本当に狭くて、横向きにならなければ二人でベッドに入ることができなかった。
(……狭い。寝づらい)
ルアルの率直な感想に、リシャールは(それがいいんだよ)と心の声で答える。
リシャールはその後も(ルアル?寝ちゃったの?)や(あー、駄目だ考えるな、あーーー)と、心の声がうるさかった。
強制的に頭の中に流れ込んでくるリシャールの声を追いやり、ルアルは真剣に眠る体制に入る。
(……寝たか……)とリシャールの声が流れてきたら、リシャールの腕が後ろからルアルのお腹へとまわされる。
母親の膝の上で後ろから抱っこされた時と違い、少し硬いし重い。
けれど、独り寝では感じられない温もりは安心感があり、ルアルは本当に眠りに落ちていった。
(少し痩せすぎだな。美味しいものをもっと食べさせてやりたい。それでもう少し太らせて――)
現実と夢の狭間で聞いたリシャールの心の声のせいで、この夜、ルアルはリシャールの魔法で動物にされて餌付けされるという変な夢を見た。




