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「さすが、ルアルちゃんの作る魔法薬は効くわね」

「…………」

「……聞いたわ」

「え?」

「最後にルアルちゃんが納品に来てくれた後から町では良くない噂が流れていたの(忌み子が現れた、だなんて酷い噂が……)」


 アンヌはルアルの反応を確かめるように、ちらりと見てきた。

 良くしてくれていたアンヌにまで知られてしまった――そう思ったルアルは、拒絶されるのが怖くてつい目を逸らしてしまう。


「(この反応、やっぱりあの噂はルアルちゃんのことを……。もっと早く来たら良かった……ひと月目は来たくはないだろうと配慮したつもりで、次の月もまた来ないのはそれほど嫌になったのか、それとももう去ってしまったのかと。家の場所も知らないからと待ち続けてしまって……。でも、いてくれて良かった。……私はちゃんと伝えないと)パッと見の髪の色で忌み子と決めつけるなんてね……。ここは小さな町で、元々隣国が実効支配していた土地だし、返還されてまだ浅いじゃない?だから、隣国で言われている古くからの言い伝えや信仰を信じている人も多いのよね……。私は宗主国の王都に勉強に行った時に、この町で信じられていることの中には全く違うこともあると知ったの。この辺の人が言う忌み子についてもそう。……知っていたのに、何もできずにごめんなさい(自分が異分子と思われてしまうとお店の評判に関わるかもと恐れてしまって勇気がなかった……なんて言い訳よね……)」

「……(知っていたって、何を?私の髪のことを実は気づいていたの?)」

「あのね……(この話題自体を出されたくないかもしれないけど……でも、私は分かってるって知ってほしいし……)ルアルちゃんの髪は、この辺で忌み子の象徴として伝わっている白髪……ではないわよね?」

「…………」

「……うちに薬を売りに来て間もなく、見えちゃったのよ。フードの隙間から、ちらっとね(フードをいつも被っているから、隠したいのだろうとは気づいていて……。ルアルちゃんが真実を知らないのだろうと察しはついていたのに)」

「っ!?(知られていたの!?知っていたのに、アンヌさんは……それでも優しくしてくれていたの?)」


 知っていても避けずに、むしろ優しくしてくれていたと知り、ルアルは泣きそうになった。


「ルアルちゃんの髪の色は白ではなく、銀白色ではない?」

「……よく分かりません。(白髪ではないと思ってる。でも、そう思いたいだけかもしれないし……)」

「ルアルちゃんの髪は銀白色よ」


 アンヌの視線が、ルアルの顔周りに移る。

 急いだため、フードが脱げかけていたのだ。

 もう知られていると分かっていても、ルアルは慌てて被り直した。

 その行動を見て、アンヌはより真剣な顔をする。


「白と銀白は、一見似ているけど異なる色だわ。そのせいできっと苦労したのよね……だからいつもフードを目深に被っているのでしょう?間違えられるから……」

(間違い?)


 ルアルは、物心つく前からずっと髪のことを言われてきた。

 不吉な髪の色だと言われ続けてきたから、別の何かと間違えられていることも、間違えるほど似た何かがあるなんてことも、考えたことがなかった。

 ただ、白髪ではないのにと思っていただけ。


「この地では忌み子が生まれると不吉なことが起こると言われているんだけど、忌み子とは、生まれた時から真っ白な髪をしていると言われているの。人は歳を重ねると白髪になるけど、生まれた時から白髪なのは呪われているせいだと信じられているのよ。元々隣国で信じられている伝承なんだけど、この国に返還されてから三十年経つから、忌み子がいるとどんな不吉なことが起こるのか忘れられ始めているのに、忌避感だけ受け継がれているのよね」

「…………」

「私ね、若いころに宗主国の王都に留学したことがあるの。魔道具の勉強の為に(って、さっきも言ったかしら?)」

「そうなんですか(急に話が変わった……?)」

「宗主国の王都に行ってみたら、若いのに白髪の人もいたの。びっくりしたわ。周りの人が平然としていて何も気にしていないのだもの。それで、知り合ったばかりの同級生に聞いたの。そうしたら『若白髪って知らないの?』って、あっけらかんと言われたわ。知ってるけど、それとは違うじゃない!少し白髪が混じるのと真っ白なのでは全然違うわ!って反論したら『だから何?髪の毛の色ってそんなに重要?』って。その通りよね。たかが迷信を信じて、何の罪もない人を蔑んでいいことにはならない」

「…………(宗主国では白い髪の人もフードで隠さずにいるの?)」

「ルアルちゃんは隠していたし、知られたくないのだろうと思って。黙っていてごめんなさい。何もしてあげられなくて……(私がもっと勇気をだして町の人に迷信だと話していれば)」

「……いえ。薬を買ってもらえるだけありがたいですから」


 それからアンヌを町の入口まで送ったら「こんなに近くで迷ってしまうなんて……慣れない森に入るものではないわね」と言っていた。

 ルアルは私のせいだと言い出せなかった。


 別れ際、「少しでいいから、ルアルちゃんさえ良ければまた魔法陣や魔法薬を売りに来てね。貴女の作る薬や魔法陣は人気があるのよ。待ってるわね」と、アンヌが言ってくれた。



〈ルアル〉

「あ、ピッピ」

〈アンヌは帰ったのか?〉

「うん。アンヌさん……私の髪、知ってた」

〈そうか〉

「アンヌさんは私の髪の色は白ではなく銀白だから忌み子ではない……っていうことを言っていたの」

〈そうだぞ〉

「えっ……?ピッピも知ってたの!?」

〈俺は昔言ったぞ!ルアルは子供だったから忘れたのか?〉

「……覚えてない…………(じゃあ、私ってなに?なんであんなにお父様や人から嫌われるの……)」

〈ルアルはルアルだぞ。アンヌは分かってくれていたんだろ?なら、それでいいじゃないか。俺も分かってるし〉

「……うん。そうだね」


 ◇


 ルアルは薬の納品のために久しぶりに町に行くことにした。

 念の為、人から認識されにくくなる魔法陣を展開してから森を出る。

 森を出るのはとても怖かった。

 だけど、魔法陣のお陰でルアルが歩いていても誰も気にした様子が無い。

 その様子に、肩の力が少しずつ抜けていく。


「あ!ルアルちゃん!いらっしゃい!よく来てくれたわ」

「アンヌさん、ご心配をおかけしました……」

「いいのよ。来てくれて嬉しいわ」


 ルアルが来たことに気づいたアンヌはルアルに駆け寄った。

 手を取り、来店を喜んでくれる。


「(アンヌさん優しい……大好き……)あ、薬を持ってきました。少ないですけど」

「まぁ。助かるわ!やっぱりルアルちゃんの薬が一番効くからお客さんによく『次はいつ入荷するんだ』って聞かれていたのよ」

「そうなんですか(本当に私の作る薬を必要としてくれている人がいるんだ)」

「……そうそう。宗主国から来ていた駐留軍の軍人さんたちは私営団に引き継いだからって、大半の人がもう帰っちゃったのよ。前よりは国境沿いにはいるらしいのだけど。知ってる?(宗主国の人が増えれば新しい風を吹かせてくれるかと思ったけど、結局この町は閉鎖的なまま。全然何も変わらないままだったわ)」

「そうなんですか(帰ったんだ……。リシャールも帰ったのかな)」


 フードを脱がした彼を恨んではいない。

 けれど、知られてしまったから、会うのが怖くて迷いの魔法陣を増やして拒絶したのはルアル。


(自分から拒絶したのに、帰ってしまったかと思うと寂しく感じるなんて……)


 店から出て数歩進み、ルアルは立ち止まって辺りを見渡した。

 確かに数カ月前までの、駐留軍に浮き足立つような雰囲気はなくなっていた。以前の町と同じような空気感に戻っている。

 元に戻っただけなのに、日常さえも色褪せて感じた。


(お別れも言わないまま……)

「――ルアルちゃん!……あら?今出ていったばかりなのに」

(あ、魔法陣を展開してるから気づかれていない……)


 ルアルは魔道具屋から近いところにいたが、アンヌさんからも認識されなかった。

 魔法陣を解くと他の人にも認識されてしまうので、ルアルは自分からアンヌに声をかけた。


「アンヌさん」

「あっ!?(びっくりした!やだ、こんなに近くにいたのに気づかないなんて。疲れているのかしら……)」

「(驚かせちゃった……)どうしたんですか?」

「あ、ごめんなさい!ルアルちゃんにって頼まれていて、先日も本当はこれを渡しに行こうとしたの。なのに、うっかり渡し忘れてしまっていたの。本当にごめんなさい!」

「いえ」


 アンヌは手紙のようなものを差し出してきた。


「少将様から預かっていたの」

(リシャールから……)

「本当は早く渡すべきだったんだけど、『店に来たら渡して』と言われていたから。待っていたらこんなに遅くなってしまって……。ごめんなさいね」

「アンヌさんのせいではありませんから」


 ルアルは急いで小屋に戻り、渡された手紙を読む――――



《国に戻る事が決まってしまった。暫くこの町に戻ってこられなくなるので、手紙を書いた。あれから、何度も魔法陣を突破しようと試みたけど、どうしても小屋まで辿り着くことが出来なかった。俺の軽率な行動によって、それほどまで君を怒らせてしまったのだろう。傷つけてしまったなら、すまない。許してもらえるまで何度だって謝る。だけど、俺は分かっている。この町で言われているような忌み子なんかではないことを。俺はルアルの髪の色の秘密をよく知っている。どうしても会って話がしたい。こんな風に別れたくない。勝手なことを言っているのは承知しているが、一度でいいから機会をくれないか。直接会って話がしたい。次にここへ来られるのは恐らく美月になる。美月の火の日、あの食堂で待っている》



「美月の火の日……?って、今日だ……(行かなきゃ)」


 あれほどに拒絶したのに。

 ルアルは突き動かされるように、走り出していた。


 急いでリシャールと出会った食堂へ向かうが、昼の営業を終えた食堂は閉まっていた。

 昼時にしか来たことがなかったルアルは、昼のご飯時が過ぎたら一度店を閉めることを知らなかった。

 周囲を見渡してみるが、リシャールの姿はない。


(…………。もう帰ってしまったのかな?……手紙には今日来ると書いてあるけど。気が変わって来ない可能性もあるか……)


 ルアルはとぼとぼと歩き出した。

 アンヌの話を聞き、リシャールを拒絶しすぎたと思ったルアルは自分の思考に集中していた。

 咄嗟の行動に、気配を消す魔法陣の展開をしていなかったことにルアルは気づかない。

 周りがざわざわと自分を見る目があることも気づかず、ルアルは森へと帰っていく。





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