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 お付き合いというのが始まって、それから何度もリシャールが小屋を訪ねて来るようになった。

 休みの日だけに限らず、早く仕事が終わったという日にも来るようになった。

 さらには――


『魔法陣を解くのが完全に慣れたから十分あればここまで来られるようになったし、ゆっくり昼休憩取れる日も来るね!』とリシャールが言った。

 初めは、そんなに来るの?とルアルは率直に思った。

 しかし、一緒にご飯を食べて話をして過ごすのは今までと同じなのに、なんだか楽しかった。


「今日はプレゼントがあるんだ。開けてみて」

「ありがとう……――ネックレスだ(わぁ、可愛い……)」

「(気に入ってもらえたか、良かった。この町の雑貨屋で買ったから安物だけど……ちゃんとしたのはまた必ず――)着けてみて?」

「うん」

「あれ?ネックレスしてたんだ」

「あ、これはお母様の……(亡くなったときにお父様が捨てたから拾って……)」

「そうか……。おっ!良いね!似合う!そのお母様のネックレスとの相性も良いと思うよ」

「そ、そう?ありがとう」


 ルアルは無意識に(宝物が増えた)と考えた。

 その心の声を聞いて、リシャールは密かに悶絶する。


 その後、二人が会う時はリシャールがパンを買ってきてくれるから、ルアルはスープを作って待つのがお決まりになった。

 何スープを作ろうかと考えるようになったし、美味しいって言ってくれるかなって反応を気にするようになった。

 美味しいって言ってくれたら凄く嬉しくて。

 前と同じことをしているはずなのに、全然違う気がする。

 お昼は毎日来るわけじゃないから、今日は来るかな?とそわそわして。

 来てくれたら嬉しくて、だけど来ない日は寂しくて……。

 同じような日々の繰り返しのはずなのに、ルアルは日常が一変したしたように感じていた。

 景色の見え方も時間の経過も、己の気持ちも。


(これがお付き合いなんだ)


 街ゆく人々が心の声で、(付き合えることになった)と喜んでいたり(付き合ってるのに)と不満げだったりしていた理由が、ルアルにも少し分かった気がする。


「今日は豆のスープか」

「うん。豆は保存が効くから」

「美味そう――あ、そうだ。ルアルは次に町に行く日はいつ?」

「五日後に納品しに行くよ」

「あ!五日後!?本当?」

「うん。どうしたの?」

「じゃあさ、その納品が終わったらデートしよう!俺の休みと重なるし、ちょうど良かった」

「(デート……って何するのかな)分かった」

「よしっ。デートは俺に任せて。楽しみだなぁ!」


 リシャールはその後ずっとご機嫌だった。

 ルアルが「時間大丈夫?」と言うまで、にこにこと楽しそうに時間を忘れて話をしていた。


(デートって、何をするんだろう?確か、男女で出掛けることだったと思うけど。街ゆく人々の話では、ご飯を食べに行ったりしてるようだけど。家じゃなくて食堂で一緒にご飯を食べることを言うのかな?昔、まだお母様が生きていたころに読んだ本にデートする話があったような……楽しそうで幼心にしてみたいと思ったこともあったな。私にデートをする日がくるなんて)


 リシャールが帰ってから、食器を洗いながら考える。

 リシャールは、デートするって決まってから凄く嬉しそうで楽しそうにしていた。

 見ているだけで楽しい気分が伝わってくるような気がして、ルアルまで笑顔になった。

 リシャールが嬉しそうだとルアルも嬉しい。


(……楽しみだな)


 ◇


 デートの日、ルアルは自分が誰かと待ち合わせしていることが不思議だった。

 落ち着かなくて、いつもより早めに小屋を出た。

 そのまま魔道具屋に納品に行くと、アンヌに「(あら?いつも同じ時間に来るのに珍しい)今日は早いのね。何かあるの?」と言われ、ルアルは言葉に詰まった。


「うん、今月も同じ数ね。いつもありがとう、ルアルちゃん」

「いえ」

「次なんだけどね、(先月分少し余ったのよね。一度増やしたのを減らしてって言うのは少し言い難いけど、在庫を抱えて質が悪くなってしまうのは困るし……)申し訳ないんだけど、少し減らしてもらえるかしら?」

「分かりました」

「……ところで、何か良い事あった?(だから今日はいつもより少し早いのかしら?)」

「え?」

「なんだか嬉しそうに見えるから(心なしか、頬が緩んでいるのよね。今日は)」

「あ……はい、その……」

「(あら?この反応……もしかして、恋人でもできたのかしら?)ふふふ」


 それからアンヌにニヤニヤとからかわれた。

 ルアルは慣れないことに汗をかく。


 アンヌは配慮のある人である。

 思ったことをそのまま口に出すことはないが、ルアルには全て聞こえてしまうから一人で焦って、顔を赤くしたり青くしたり忙しかった。

 それが余計にアンヌの好奇心を刺激してしまった。

 そこにリシャールが来て、アンヌが目を丸くして『どういうこと!?(え?二人って、えっ?えっ!?やっぱりこの少将様はルアルちゃん狙いだったのね!?)』と混乱していた。


「アンヌさん驚いてたな」

「うん」

「次に行ったら根掘り葉掘り聞かれそうだな」

「う……(困る……)」

「まぁ、彼女ならルアルが本気で嫌がることはしないだろ」

「うん。そうだね。ところで、どこに行くの?」

「ん?良い所」

「……?」


 そうしてルアルが連れてこられたのは、衣料品店の前だった。


「……ここ?」

「そう!ローブ姿でも良いんだけどさ、ルアルはこういう服も似合うと思うんだよね!」

「えっ、私の?」

「うん!」


 笑顔のリシャールに対し、ルアルの表情は硬くなっていく。

 じりりとルアルの足が後退る。


「い、いい。ローブは脱がないし」

「ローブ脱いでお洒落しない?たまには」

「いい……私は必要ないから。リシャールが服を欲しいなら、私はここで待ってるから。行ってきていいよ」

「俺はルアルにプレゼントしたいんだ。お金のことなら心配しなくていいよ。これでも結構稼いでいるし」

「お金のこともそうだけど、そうじゃなくて。いいよ……私はいらない」

「デートだし、まずはお洒落しようよ。ほら、あのワンピースとか。絶対こういう服も似合うよ!見たいなぁ、こういう服を着ているルアル」


 リシャールはショーウィンドウを指さしながら、ルアルに笑顔を向ける。

 しかし、ルアルはショーウィンドウさえ見ようとしない。


「いい……着ないから」

「デートだし、俺にプレゼントさせてよ」

「だから、いらないんだって!」


 珍しく大きな声を出したルアルに、それまで本気で遠慮しているだけだと思っていたリシャールが顔を覗き込むようにしてくる。


「……遠慮しなくていいんだよ?」

「違う……(本当にいらないって言ってるのに……)」

「本気でいらないんだ?」

「うん。いらない……」

「んー、分かった」


 リシャールが引いてくれたと思い、ルアルはほっとした。

 ルアルも女の子だ。綺麗な服に惹かれる気持ちはある。

 けれど、物心ついた時からずっとローブを着て生活している。

 人前ではローブを着て、フードを脱ぐことは父親から禁止されていた。

 忌み子の証である『忌々しい髪』が人に見られてしまわないように。

 見られてしまうと大変なことになると言い含められて育った。


 リシャールが諦めてくれたのだとほっとしたルアルは油断していた。


「じゃあ、せめてフードを脱いでデートしようよ!折角だからさっ」

「っ!?」


 リシャールによって、パサリとフードを脱がされた。

 あまりにも突然の事でルアルは反応できなかった。

 すると、すぐに周囲にいた人の声や心の声が聞こえてくる。


「ひっ!?」

(えっ……白髪!?)

「忌み子!?(忌み子なのに大人!?)」

「なんでこんな所に」

(忌み子だ!忌み子がいるぞっ!)

(不吉だ……不吉なことが起きるぞ!)

「これは……(領主様に報告しなければ)」

「ねぇ。お母さん、あの人――」

「駄目!!見るんじゃないの!」

(ん?あれは……)


 周囲にいた人たちから一斉に視線が向けられた。

 そして、口をついて出た言葉の刃、容赦のない心の声が、ルアルの耳や頭の中に届いてくる。


「え?何?何言ってんの?この町の人は知らないのか?忌み子って、なんだよ。ルアルは――」

「!」


 ルアルはフードを深く被り直して走った。

 念の為持っていた、人から認識されにくくなる魔法陣を展開して、小屋まで走り続けた。


 街の人たちの声が耳にこびりつく。

 リシャールの『忌み子って』という言葉が何度も繰り返される。


 聞かれたくなかった。

 知られたくなかった。

 リシャールには。


 ルアルが森に入るとピッピに話しかけられたけど、事情を説明する余裕もなかった。

 それから長い時間、一人で小屋に閉じ篭った。

 何重にも強い魔法陣をかけて、森の奥に誰も人が入ってこられないようにして。



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