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空中散歩

 初めからあるものを探して付近を捜索してみると、石板を検出した。俺はそこに書かれてあった文字を自分の指でなぞるようにしながら、空に再現していた。空中に現れた文字盤は不思議な音を立てながら、俺の前で一度崩れ落ちるような反応をした。それを目撃していたのは数人どころではなく多数の人間だった。

 七月の終わり頃のことであって、大変な話題に上っていた。世間は意外と不可思議について論証できなくなると途端機能不全に陥るものだと浅ましく感じていた。そのうち彼らもなれるはずであったが、俺が作り出した状況は不気味に影を持って世界を暗いところへと向かわせている。

 多少申し訳ない気持ちになったので、一人の女の子にはその意図を明かそうかと悩んでいた。風呂上がりの少女を捕まえる感覚で、彼女の右頬を撫でるような風を引き起こす。すると興味を持ったのか否か、俺のいる方を振り返るのであるが当然感知できない存在である俺とは結びつけない。

 それらの気持ちを満足に感じられないまま、俺は息を静かに吹き込んでみた。すると彼女の心が晴れ渡っていくように目をゆっくりと開いた。可愛らしいものだと感想を抱きながら、再び蒼穹の中に潜んでいた。俺の声など届くはずのない世界の真ん中に確かに実在としての干渉を大きくしていった。

 部屋から離れて俺は高い建物の上を走り始める。足を使う必要もなかったので、簡単に翼を動かすような感覚であった。そのうち上下を繰り返しながら、だんだんと高層ビルの付近へと迫っていくのである。そうして頂上に至った時、何もない都市を見下ろして、光を満遍なく行き渡らせる方法を考えてみる。

 座り方の姿勢などに気を遣っている場合ではないのにも関わらず、俺はただ螺旋階段を降りるように足を下ろしていた。そこから右手を伸ばして世界に向けて言葉を放つのである。すると俺の言葉に遅れて実効が及んでいく。だんだんと過激になっていく世界の様相を高い位置で眺めながら、俺の時が来るのを待っている。

 やがてそのような時間が訪れた頃に、人間観察を再開するのであるが特につまらないような壮年の男性が堅苦しい服装を身に纏ってアスファルトの上を歩いているのを叩き潰したくなっている。俺はその感情を抑えつつ、彼に何かしらの苦しみを与えられないかと考えて、右手の人差し指を押し付けていった。

 当然の如くにすり抜けていく指がその脳裏を貫通するようにして、小さな知性を潰えさせるような感覚を反射して受けていた。俺の前で聾唖になりかける男性に微笑みかけてみるが、彼は俺の顔など見るはずがない。そう知っていながら、大声で笑っていた。すると周りの人間が俺を注目したように錯覚する。

 黒い衣装を身に纏っている男が俺のところに近づいてくる。彼は俺と同じような存在であったから、特に咎める目的があったわけではないようだが、俺の真似は決してしなかった。彼と共に飛び上がって、空中散歩を再開しては再び青い虚空の中へと引き込まれるように消えていった。

 例の女の子はそのような光景に耐えられるはずがないと思いつつ、誰かを引き摺り込むことができないかと考えていた。協力者である男は俺の言葉には賛同する様子は見せず、ただ隣を浮遊していた。俺はただ自分の国の言葉が通じている満足感に浸りながら、他の国においても同じことを繰り返すべきかを悩んでいた。

 そのような時間が過ぎ去った頃には八月を迎えていた。世間はとどまることなくきな臭くなっているようで、俺の命との関連性も不可解なものではない。完全なる対象として現れているはずの男たちに気が付かないものが悪いのである。俺の主張を空へと流してみると、白い断片となって城壁のように崩れていった。

 虹の次には素晴らしい光景なるものかなと、鉄塔の上に立ち上がってその様子を見つめていた。見下ろす限りには大都市の喧騒が広がっているようだったが、俺はその内側の有能としては機能できなかった。そのための憎しみを覚えながら、金持ちにはなれなかったという悔しさを呟いてみるのである。

 この世界にはどのような価値が本当に大切なものとして受け入れられているのかを想像して見ながら、宝石は叩き壊せばただの欠片であるという意味のない標語的な格言を作り出そうとした。誰の心にも残らない記号として、どこかの木の枝に引っ掛けられれば俺自身は満足なのであった。

 卒業していたはずの高等学校を振り返ってみるとそこには何百人もの学生がいまだに就学中であった。意味のない勉強のために拘束されているのを多少憐れみながら、俺は本当の人間として世界に君臨しているのだと悦に入りかけた。それでも俺ほどの人間であっても敗北を見る場合があった。

 俺の言及するところの世界は非常に広くなっていて、俺の国の空の光景だけでは全くもって不足していた。どこからか補充するために黒い塊のような兵器を導入するのである。彼らはおよそ口を聞くことも耳を開くこともできないが、無意識の果ての強大さをすでに獲得していた。

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