理想絵図
例えばゲームのように成り立っている世の中を生きていくのであれば、俺はいつも強大な力を背負っている。品のない音を立てて崩れ落ちていくような人混みの中に立ち止まって、振り返ってみるのである。そこには影のような灯籠が行き交う様があって、命ある限り繰り返されていく衝動を強く受け止めた。
響きあう力の真ん中にあって、傘を差している時には俺は前に進めなくなった。時々横を向いてみたり下を眺めたりして、興味のない地響きのあげる金切り声を聞いている。そんな中に教科書を捨ててみる覚悟が生まれてきて、たまに聴いていたラジオのパーソナリティの真似をして今日を過ぎていく。
明日になれば何かが新しくなると思って首を傾げているのは今日だけではなかった。昨日からも求め続けている理想のヒーロー像を更新し続けている更衣室の中で、俺の姿は何も変わらずにいる。キビキビと動いていく人の姿を右から左へと流すようにして、まっすぐ前を見つめてみればそこには陽炎が煌めいている。
酩酊した記憶がないのにも関わらず、俺はただ屋上に立って地面を見下ろしていた。そこから飛び降りてしまえば楽であると知りながら、振り返って家に帰ろうと思い立つのである。携帯の画面に切り取って写真にした光景は血まみれにはなっていないが、俺の幽霊が形式的に作り出されているようである。
涼しげなひと時を感じ取りながら、友人の一人か二人に最近の動向を話すのであるが、俺の声など届いていないかのように再び俺のところへと俺の声は返ってくる。聞き取れなかったのであれば、そういえば良い。それなのに彼らはただ認識を成功したものと思って、俺を遮ることなく回転を続けている。
その流れを止めようと試みながら、恋人のいない生活へと戻っていくのは多少苦痛に感じられている。俺の右手に痛みを生じても、それを握って癒す医者のような存在もなく、魔法は俺の首筋にかけてゆっくりと滴っていく。それらは音響設備の作り方によらずに定まっているのであり、命の効果音であった。
恩のない人々のために作り出した自分の偶像を再び高いところに持ち上げるような感覚になっていた。俺は卒業を控えていたはずの高等学校がすでに俺とは関係なくなっているという事実に気持ちを狂わせている。どこへ行っても少年として可愛がられていた時代はとうの昔に過ぎ去っている。
色々なパーツに分解しながら、俺の理性が飛び散っていく草むらには異空間があるようで、ただの一人もいない公園のブランコに座りながら昼下がりの空を見上げていた。俺のための時間が過ぎていくのをつかみ損ねながら、世界には人気のあるような情報の内容を異様な感性で聞き流していく。
俺はただ生きている実感がなくなっていくのを覚えていた。遠くなっていくのは意識だけではなく、本来俺がいた居場所でも同じことだった。声に変わらない意志を常に喉元につっかえていて、叫び出した頃には元の家に帰される。詳らかにされるべき死因もないまま、俺の死体を納めた棺がどこか遠くへと消えていく。
何にもならないと知りながらそれでも俺は命を繋ぎ止めていた。そうすることで誰かの爪痕に残るのではないかと期待していた。それは理想絵図に過ぎなかったので、木々のように立ち並んでいる軛の一つも軽くはできない。彼らが何を見ているのかを俺が見ていて、何も見えなかったところに真実が眠っている。
永遠という時間の長さを知らないままに、俺は今日も歩き続けていた。言葉にならない衝動に動かされて、街から街へと行き交うのである。それがどこか人との関わりの中で旅立ちを迎えられたらと常に思っていた。実現しない約束を振り返っては、怒りを宥めていた。
俺の理性は強くなり過ぎたのか、あるいはどこかで転倒したのか、何も見えなくなったところで空を青ざめていた。強制的に始められた俺の物語が終焉に至るまでには時間がかかりすぎる。それを知りながら、女の子との戯れを希望する時があり、男友達との談笑を取り繕う時が確かにあった。
動物のようになり始めていた俺の横面を二度見する人々など一人もいない世界の真ん中に再び俺は取り残されている。巨大な扉がゆっくりと開いていくのを深層心理に映し出された光景として愛していて、変わり続けていく言葉の陰に休めている鳥を自分のために飼い慣らそうという魂胆なのだろうか。
それでも続けられている何かを月の裏に放り投げているように、俺の卒業年度が新しくなっている。実行しているのは俺ではなく他にある強い意志によるはずだった。それに応えられないまま、命を角に押し寄せて行った。端までたどり着いたところで動けなくなって小さく丸まってみるのである。
転がっていく先にはつぶらな瞳が見えていて、俺が追い求めていた理想郷が隠されていた。小さく入り込めればそれ以上の報いを得られるはずであったが、実際には毛繕いをする暇もない。俺に勝る人間が何人と待ち受けている戦場から一人きりにならないように常軌を逸した実像に縋ろうとするのである。