今日もわたくしの婚約者は格好つけています【コミカライズ】
「最初に言っておく。俺がリアを愛することはない!!」
開口一番、リアの私室に男の叫びが響く。
幼い頃からずっと一緒だった男からの言葉にリア=フィリアンヌ伯爵令嬢はまた何か言い出したと小さく息を吐いていた。
ヴァンクルフォード公爵家の長男である金髪碧眼に燕尾服のその男──ルグス=ヴァンクルフォードは世の令嬢がこぞってモノにしたいと思うほどに非の打ち所がないと有名である。
家柄はもちろんすでに公爵領の領地経営に深く関わって目に見えた結果を残している能力、現役の騎士が唖然とするほどに辛い鍛錬に勤しんで魔獣さえも倒すことができる実力、そして何より見た目は権謀術数を張り巡らせる歴戦の夫人だろうが骨抜きにするくらいに美麗なのだ。
しかもそんな彼が婚約者不在となれば、それはもう山ほどの令嬢が彼に寄ってきていたものだ。……中身を知らないならそれも仕方ないと、散々苦労させられてきたリアはそんな光景を冷ややかに見ていたが。
そんな社交界でも注目の的であるルグス=ヴァンクルフォードと社交界では目立たず地味なリア=フィリアンヌとの婚約が決まったのが今日のことだった。加えて伯爵家にやってきたルグスが開口一番あんなことを言い出したのだ。
当のルグスはいつものように髪をかき上げていた。おそらくそれだけで大体の令嬢は骨抜きにできるのだろうが、ここで冷ややかに見据えることができるのが幼馴染みの強みだろう。
「いきなり何ですか、ルグス?」
「何って、さっき言ったのが全てだ」
「……フィリアンヌ伯爵家にとってヴァンクルフォード公爵家との婚約には多大な利益がありますけれど、その逆はほとんどありません。この婚約に不満があるのならば破棄すればいいだけでは?」
「なっ!? 破棄って何を言って……っ!?」
リアが思ったままを口にすると、途端に慌て出すルグス。
普段は崩れない、誰もが見惚れる表情の奥から年相応の焦った顔が覗く。リアと同じ十五歳ながらに世の令嬢から夫人から片っ端から虜にしている彼だが、それは普段から表情や立ち振る舞いを意識しての結果であり、動揺したりすればそれが崩れるのも当然だった。……別に高位の貴族の令嬢を手玉に取って都合よく利用しようとか権謀術数渦巻く貴族社会でずる賢く立ち回るために表情から立ち振る舞いから意識している、なんて理由ではないのだが。
「とっ、とにかく! この婚約は破棄したりしないし、俺がリアを愛することはない!! わかったな!?」
言うだけ言ってリアの私室から飛び出していくルグス。廊下のほうから『くそっ、最後の最後で格好良くできなかったなあ!!』などという声が聞こえて、リアは呆れたように天井を見上げていた。
世の令嬢が惚れ込んでいるほどには表情から立ち振る舞いから全てが劇場の主演男優のごとき美麗なルグスだが、その正体がとにかく格好つけたいだけの男だと知っているのはリアを始めとした限られた人間だけだ。
おそらく先の発言もまた高度な駆け引きとか何かしら事情があるとか甘やかされて育った貴族のボンボンの戯言とかでもなく、本当に単純に格好つけたかっただけなのだ。
……どうして愛することはないと言えば格好つけられると思ったのかは不明だが。
「はぁ。とりあえずルグスが何を考えているのか調べないことには始まりませんわね」
幼馴染みに振り回されるのはいつものことだ。だからヴァンクルフォード公爵家から頼み込む形で今回の婚約がなされているというのにまるで嫌々婚約させられたと言わんばかりな態度に怒ってはいない。嫌なら断れるはずだという至極真っ当な意見を跳ね除けてきた時点でルグスの本音は透けているのだがら。
それでも、思うところがあったので容赦をするつもりもないが。
ーーー☆ーーー
リアには家族にも教えていないスキルがある。
壁だろうが魔法だろうが無視して遠くの光景を見聞きするそのスキルはともすれば機密情報すら筒抜けになる危険性もあり、そのことが外部に漏れればロクなことにはならないからだ。
普段は使わないようにしているのだが、今回は仕方ない。そうやって即断するくらいにはリアにも思うところがあるのだから。
ヴァンクルフォード公爵家の本邸にあるルグスの私室を彼の姉であるシルフィが訪ねているところを『見聞き』するリア。
『もう帰ってたのね。てっきり泊まりかと思ってたけど』
『まあな。今日のところは決め台詞でもって次回に引っ張るのが目的だったからな!』
『決め台詞???』
『おうよ! ばしっと決めてきたぜ!!』
『ちょっと待って。アンタたちの仲なら婚約が決まったらもういくところまでいってもおかしくないってのに、これは……アンタ一体何をやらかしたわけ?』
『何って、「俺がリアを愛することはない」と言──』
『はぁっ!? ちょっ、アンタ、何を、ばっかじゃないの!?』
その通りだと、思わず『見聞き』しているリアは頷いていた。
『な、なんだよ、そんな怒鳴って』
『怒鳴りもするわよ! アンタが無駄に格好つけて色んなところの令嬢を虜にするものだからお父様たちがリアちゃんとの婚約を結ぶのすっっっごく大変だったのよ!? それなのに、アンタって奴は! 何で拗れるようなことやってるのよ!? そのことが外部に漏れたらようやく黙らせた連中がまた騒ぐわよ!? フィリアンヌ伯爵令嬢が気に入らないなら是非ウチの娘をってね!!』
『う、うぐ』
実の姉に言い詰められて弱ったように視線を彷徨わせるルグス。完璧に計算して格好つけている表情に世の令嬢は熱を上げているが、リアとしてはつくった表情よりもこういったルグスの気持ちが伝わる表情のほうが好ましく思えた。
『大体何で愛することはないとか言い出したのよ!? アンタみたいな馬鹿も見捨てないリアちゃんにそんなこと言ったんだものね、よっぽどな理由があるのよね!?』
『そ、そりゃあな! 俺だって何の理由もなくあんなこと言わないからなっ』
息を吹き返したようにぐっと拳を握るルグス。
そして、彼はこう言ったのだ。
『婚約者に愛することはないと言うのが最近の流行りなんだぜ!!』
…………。
…………。
…………。
『は?』
『恋愛小説読み漁って勉強したんだよ。そしたら、あれだ、「お前を愛することはない」とか言っている奴が多かったんだ! しかもそういう奴が作中じゃ格好いいってモテていたからな。正直、勉学とか武術とかで格好つけるのに夢中で恋愛方面のアレソレはさっぱりだが、流行りなら乗っかっておいて間違いはないだろ!!』
『……、は、はは』
『あの決め台詞は婚約が決まって顔合わせする時にしか使えないからな。とりあえず使っておかないとって……ん? どうした???』
『アンタって奴は……いや、ここで私がどうこう言うよりも……そうよね、リアちゃんならうまくやってくれるわよね。無駄に能力は高いくせに根本的なところで馬鹿なルグスの手綱を握れるのはリアちゃんくらいだし』
『???』
姉であるシルフィの呟きはルグスには聞こえていなかったようだが、『見聞き』しているリアにはしっかりと聞こえていた。
『はぁ。ほんっとう、我が弟ながら外見と中身が全然釣り合っていないわよね』
それには本当に首が取れるのではと思うほど頷くリアであった。
ーーー☆ーーー
ルグスはヴァンクルフォード公爵領の人間からは英雄視されているほどに多くの人を助けてきた。盗賊に囚われた少女たち、視察に訪れていた第一王女、魔獣に襲われている街の住人などなど、ルグスに救われた人間は数えきれないほどだ。
公爵家の人間自らが凶悪な『敵』を倒し、悲劇に押し潰されそうな誰かを救うその姿に憧れ、惹かれて、心奪われた者も多いだろう。
単なる人気取りだとか責任ある立場の人間が軽率に魔獣や犯罪者の相手をして万が一のことがあったらどうするのだと非難する声だってある。
あるいは何かしらの思惑があるのではと、あれだけ凶悪な『敵』を相手にしてきて無事でいるのはおかしいと、全ては自作自演であるのではないかという悪意ある推測をする人間だっている。
当の本人はそんなもの気にせずに『どうだリアっ、今回のは中々に格好いいと思うんだが!』と屈託のない笑顔でリアに自慢して満足しているのだが。
ルグス=ヴァンクルフォードはそういう男だ。
少女誘拐を繰り返す盗賊団に所属する百人規模の盗賊を相手にした時だって、第一王女暗殺を目論む隣国の精鋭部隊を見つけ出した時だって、長き眠りから目覚めて街を破壊する伝説の魔獣を退治した時だって、彼は己の命を懸けて戦い抜いた。そうして様々の偉業を成し遂げてきたが、そこに何かしら深い理由はない。
そうすれば格好いいと思ったから。
それ以外に理由なんてこれっぽっちもないのだ。
しかも、そういう時に限って彼は読んだことのある本から決め台詞を引っ張ってくる。それもまたそうしたほうが格好いいからと。
その積み重ねが今の理想のヒーローもかくやと言わんばかりなルグス=ヴァンクルフォードの評価に繋がっている。行動も言動も何もかもが人の心を動かすための物語そのままなのだから当然なのかもしれないが。
そんな理想のヒーローのごときルグスと社交界では埋もれてしまうほどに地味な令嬢でしかないリアとには本来なら接点などないはずだった。父親同士が知り合いであり、幼い頃に父親に連れられてヴァンクルフォード公爵家の本邸にやってきたリアが彼女に気づくことなくボソボソと何事か呟いているルグスを見つけなければ、だ。
『敵の攻撃を避けてからどこを見ているとか止まって見えるぜとか言うのがいいか? いやそれならあえて何も言わずにぶっ飛ばしてから決め台詞ってのも格好いいか? やっぱり最後の最後、敵を倒した時にばしっと決めるのが格好いいし。いいや、待てよ、それなら必殺技を決めてから台詞を考えたほうがよくないか? そうだよ、技と台詞が噛み合ってこそ最高に格好いいしな!!』
となれば必殺技を考えよう!! と叫び、炎や水や風や雷の魔法を乱舞させ、ああでもないこうでもないと試行錯誤していたルグスがくるっと回ったところでばっちり目があった。
『…………、』
『…………、』
これがルグスとリアの出会いだった。
『うおおおっ!! 必殺技を考えているところ見られるとかメチャクチャ格好悪いなあ!!』などと落ち込むルグスを励ましたことは覚えているが、まさか『こうなったらお前も必殺技を考えるのに付き合ってくれ!!』などと言われるとは思わなかったし、そこからずるずると長い付き合いになるとも思ってもいなかった。
最初こそ失敗の連続であり格好良さとは無縁なぐだぐだ具合であった。だが成長するにつれて格好つけることがうまくなり、その積み重ねが周囲の期待を膨らませ、いつしか何をやらせても完璧な理想のヒーローという誰のことを評しているのかと言いたげなものを誰も疑うことなく信じるようになる。
天はルグスにあらゆる才能を与えたのだと、まるで生まれながらに特別だと言わんばかりに。
だけどリアは知っている。
ルグス=ヴァンクルフォードは別に天才などではないと。
『あの野郎の話についていけなかった……。くそっ、勉強だ勉強! 徹底的に知識を詰め込んでやる!!』
『あの人、古代魔法研究の第一人者である学者さんだったと思うのですけれど。そんなにムキにならずとも──』
『負けは負けだろうが! こんな格好悪いままで終わる俺じゃないんだよ! 第一人者だろうが権威だろうが賢者だろうが知ったことかっ。俺が一番だ、最高に格好いいんだよ!!』
とにかくがむしゃらに、誰が相手でも自分よりも上がいることに我慢ならなかっただけだ。もちろんそれは自分が格好つけるために。幼子のような純粋で強烈な願望を燃やして燃やして燃やし尽くしてきたのだ。
勉学も武術もその他にも全部が全部。
それこそ無我夢中で自分よりも上の誰かを追いかけて、自分を追い込みすぎて倒れるのが常だった。その果てにルグス=ヴァンクルフォードはあらゆる分野で格好よく活躍し、決め台詞を口にしてきた。
その裏で、周囲には決して見せない過程の段階でルグスは必ずこう言っていた。
『あ、もちろんリアも付き合ってくれるよな!?』
当然のように彼はそう言うのだ。
そうやって振り回されたことは両手じゃ全く足りない。そして、それは決して楽とは言えなかっただろう。
なぜなら誰もが憧れる理想のヒーローの偉業を支える『過程』なのだ。並大抵の努力ではなく、それを支えることだけでも苦労は数知れない。
途中で投げ出してもよかったはずだ。公爵家と伯爵家という身分差はあれど、ルグスという男はそんなものを持ち出して人の言葉を踏み躙ることはない。付き合いきれないと一言告げれば、すぐに離れていったはずだ。
だけどリアは何も言わずに付き合った。
それはこれからも変わらないだろう。
なぜか、そんなもの決まっている。
語って聞かせるだけの理由なんてなくとも、劇的な物語の果てにヒーローに救われるヒロインでなくとも、わかりやすい決め台詞などなくとも関係ない。
リアはルグスのことが好きなのだ。
だったら彼の素顔が理想のヒーローのようにキラキラ輝いたものでなく、本当は格好つけたがりの幼い男だと知っていたとしてもずっとそばにいたいとそう望むのは当然だ。
だから、そう、だから。
ルグスとの婚約が決まって本当に嬉しかったというのに『──俺がリアを愛することはない!!』などと言われてはいつものように優しく受け止めてあげることはできない。
大抵の無茶振りには付き合ってあげてもいいが、今回ばかりは好きだからこそ我慢できそうになかった。
ーーー☆ーーー
「安心してください。わたくしがルグスを愛することはありません」
翌日。
開口一番リアはそう言った。
彼女の私室にやってきて、昨日のことなど忘れたようにくつろいでいたルグスは目に見えて狼狽えていたが、もちろんリアは容赦をするつもりはない。
彼の気持ちは明らかではあったが、それでも。
「ルグスもわたくしを愛するつもりはないのですし、何の問題もありませんよね?」
「え、ええっ、と」
ルグス=ヴァンクルフォードは確かにあらゆる分野で誰もが驚嘆するような結果を叩き出すほどには優秀である。だが彼のそばにずっといたリアだからこそ知っていることもある。
ルグスはそれこそ徹底的に自分を追い込むために成長速度こそ尋常ではないが、初めはそれはもう駄目駄目なのだ。
勉学も武術もその他にも全部が全部、最初の頃のルグスはそれはもう酷いものだった。どうしてそんなに不器用なのかと思うほどに。
だから、恋愛という分野に手をつけはじめたルグスがやらかすのはそう不思議なことではない……のだろうが、それにしてもここまでとは。
彼の頭の中では本の中のヒーローとヒロインのように紆余曲折経てのハッピーエンドなんてものが思い描かれていたのだろう。そんなものに付き合う気も必要もないが。
「ルグス? どうかしましたか?」
「どうかって、だってまさかリアがそんなこと言うとは思ってなかったから計画が崩れたっていうか、だから、その、あれだ……あれだよ」
だらだらと汗まみれの顔でルグスはリアを見つめていた。いつもならこういう時はリアのほうから助け舟を出してやるのだが、今回はリアが仕掛けているのだから明らかに困ったという視線を送られても無視するだけだ。
「な、なあ、リア。ほら、わかるだろう?」
「…………、」
「定番っていうか流れっていうか、どうせなら最高に格好いい形にするためのアレソレっていうかだな」
「…………、」
「もしかして、怒っている、か?」
おそるおそる問いかけられたが、答えは決まっていた。
「怒ってはいません。少々思うところがあっただけです」
そう、本当に怒ってはいない。ルグスにデリカシーなど求めるだけ無駄なのは長い付き合いでわかっている。
だとしても。
どんな理由があろうとも、愛することはないと、ルグスにとってリアはそんな言葉を突きつけることができる相手なのかと考えてしまう。
……おそらく、いいや絶対にルグスはそこまで深く考えていない。何なら今日か明日にでも婚約者のいいところに気づいて態度を改める展開に突入するとかやり出すつもりだったに違いない。ルグスはいつものように囚われのお姫様を助けるとか悪の軍勢を蹴散らして世界を救うようなわかりやすく格好いい展開までの道筋をなぞっていただけなのだろう。
わかっている。あれは単なる決め台詞であり、そこまで深く考えておらず、そして何よりリアならわかってくれると信じているからこその言葉なのだと。
いちいち説明を挟まずともルグスに悪気がないことも、あの言葉が本気でなかったということも伝わっている。流石にどうしてあんなことを言い出したのかまでは調べる必要があったにしてもだ。
『格好つけている』仮面越しでもその奥の本音がわかるようでないとこの馬鹿には付き合いきれない。
そう、格好つけるために本当に様々な分野において敵う者なしと言われるまで自己を高めるような男は天才ではなくとんでもない馬鹿なのだから。
だからこれは、思うところがあっただけなのだ。
それでいてリアは拗ねていた。
だから、リアはこう言うのだ。
「わたくしがルグスを愛することはありません」
だから。
だから。
だから。
「悪かった、リア!!!!」
ばっ!! と。
まさかルグスが頭を下げて謝るとまでは思っていなかった。
「本当に悪かった。俺、リアに甘えてた。わかってくれるって、ああいや、そんなのは何の言い訳にもならないな」
頭を下げたまま、ルグスはこう続けた。
「リアが望むなら婚約は破棄しよう。もちろんリアに悪影響が出ない形でだ。だけど、もしも、まだこんな俺に付き合ってくれるなら」
顔を上げる。
リアを真っ直ぐに見つめて、口を開く。
「もう一度やり直させてくれ。俺の婚約者になったことを後悔させないよう頑張るから」
「はい、わかりました」
それはどこかの物語から引っ張ってきた決め台詞なんかではなくて、だからこそ素のルグスの感情が詰め込まれた言葉だった。
どれだけ馬鹿でも、それでもこんなにもすぐに許してしまうのは惚れた弱みというヤツなのだろう。
「そんな簡単に許していいのか?」
「ええ、もちろんです。怒ってはいなかったのですからね」
そもそも、だ。
いちいち説明を挟まずともリアはルグスの本音くらいはわかる。それくらい長い付き合いだからだ。
リアがそうであるならば、ルグスだって同じはずだ。
リアがルグスのことを好きなことはとっくにバレているはずだ。
だからこそわかってくれると甘えてルグスはあんなことをやらかしたのだとしたら、本来ならそこまで大事にする必要すらなかった。
拗ねていたというのもあるが、それ以上に思うところがあったから。ならばこれ以上引きずるようなことでもない。
「わたくしも少しイジワルでしたわね。申し訳ありません」
「いや、俺が全部悪いんだからリアが気にすることはないって!」
「それでもわたくしが……いえ、今日はルグスのお言葉に甘えておきましょうか」
このままではお互いに謝り合うことになるだけだと思ったのもあるが、罪悪感を抱いている今この時に自分の願望を叶えようという打算もあってルグスの言葉を受け入れるリア。
「ルグス。一つお願いがあるのですけれど、いいですか?」
「お、おう! 今回は本当やらかしたからなっ。俺にできることなら何だってやってやるよ!!」
ここでそう即答できるほどに真っ直ぐで純粋でそれでも貴族社会で貪られることなく自分の道を突き進むことができるルグスと違ってリアは人の弱みにつけ込んで権謀術数を張り巡らせる貴族令嬢であり、だからこそ社交界で埋もれる程度の女でしかないのだろう。
本当はルグスの隣に立つのに相応しいのはもっとずっと強烈に輝いている女なのかもしれないと考えたことは一度や二度ではない。
それでもルグスはリアのことを好きになってくれた。
ならば誰に遠慮する必要はない。拗ねていじけて、それでいて思うところがあったから。ルグスがやらかした時にはすでに頭の隅でこうなることまで予想していたくらいには貴族令嬢らしい狡猾な女は己が望みを叶えるために口を開く。
「ルグスが格好つけることに生きがいを感じていることは知っています。ですけど、わたくしは誰かの物語をなぞるのではなくわたくしたちだけの思い出を積み重ねたいですわ。ですからわたくしにだけはルグスの本音を曝け出してくださいな」
「それは……いや、それがリアのお願いなら叶えてやりたいが、ただ、そのだな」
そこで。
ルグスはリアから目を逸らし、どこか困ったようにこう言った。
「そういうのがこっぱずかしいから流行りに乗っかっていつものように格好つけて演技することで誤魔化していたわけで、だから、ほら、それ以外でよければ何でも──」
「ルグス」
その言葉を遮るようにリアはルグスを抱きしめた。
変なところで照れ屋で頑固で大好きな男の背中を押すように。
「ちょっ、なにっ、リア!?」
「ルグス、大好きです」
「う、お、おう。その、だな」
照れて困って固まって。
どれだけそうしていたか。どんな時でも『格好つけている』からこそ揺るぎなく突き進んで誰もが憧れる理想のヒーローから出たとは思えないほど消え入るような声があった。
「俺も、なんだ。リアのこと好きだぞ」
その姿はお世辞にも格好良さとは無縁だった。
百人規模の盗賊団だろうが隣国の精鋭部隊だろうが伝説の魔獣だろうが臆することなく倒し、堂々と決め台詞を叫び、全く揺るがなかった男がしどろもどろになっていたのだ。
だけど、だからこそ、これがルグスの本音だった。
ここまでやらないと言葉にしてくれないほどに照れ屋で頑固な男の本音なのだ。そう思うと、抑えられないほどにどうしようもなく愛おしく感じて、ルグスを抱く腕に力を込めるのだった。
と、そこで終わるかと思ったのだが、今回のことでよっぽど堪えたのかきちんと自分で考えて気持ちを伝えるべきだと努力したルグスの成長は劇的だった。
初めこそそれはもう駄目駄目でも、成長速度こそ尋常ではないのがルグスという男なのだから。
それでも、流石のリアも想像していなかった。
誰かの物語をなぞって格好つけることをやめた素のルグスのアプローチがあんなにも情熱的であり、自分でも信じられないほどに好きという気持ちが膨れ上がることになるとは。
続編『今日もわたくしの婚約者は格好つけています、その後のお話』を公開しています。是非下のリンクから読んでいただければと思います!
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