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⑦巨大な城と魔法の履き物屋



 そもそも、休みの昼間に市役所が書類申請を受け付けてくれるのかと疑問に思ったが、彼の思惑とは違い休日専用の出入口も有り、徒歩十五分で着いた市役所はそちらから臨時窓口で書類を受け取ってくれるらしい。



 「……こ、これは……お城!?」

 「いや、ただの市役所だよ……」


 巨大な白亜の建築物(マキナにはそう見えたらしい)を前に、思わず絶句するマキナを置き去りにするのは(はばか)れる為、一緒に行こうと促すと、唯一彼女が履けた幅広のサンダルをペタペタと鳴らしながら、先を歩く大伝青年の後ろを付いて来た。


 「……はい、はい。ええ、これで大丈夫です。お預かりしますね」


 到着した窓口で係の職員に書類を手渡し、簡単な記入を済ませた二人(マキナの代筆は流石に必要だったが)は、そのまま市役所の近くにある小さな商店街に寄り、彼女の履く物を見繕う事にした。




 しかし、靴屋の前に到着したマキナと大伝青年だったが、彼女にとっては極端な異文化との初めての接点だった。


 「……えっ? こんなに靴が沢山あるの!?」


 商店街の規模に相応しい個人営業の小さな店だが、マキナは種類の多さに圧倒されてしまい、なかなか店内に足を踏み入れられないようだ。入り口に置いてある学校指定の上履きを手に取って、履こうとしたので大伝が思わず違うからと止めに入ると、


 「あら、学生さんかしら?」


 ガラッ、と引戸が開き、中から店主らしきお婆さんがマキナに向かって声を掛けた。


 「い、いえ……直ぐ履ける物が必要でして、出来れば他のを見てみたいんですが」

 「あー、それはそれは……サンダルでは不便もありますからねぇ!」


 マキナの服装とサンダルを見比べてから、中へどうぞ、と二人を促した。流石に上履きとは一桁値段が高いものの、詳しくない大伝青年から見ても気軽に履けるサンダルと、何にでも合う靴とは同じ物ではない。


 「じゃあ、選んで貰えよ。ちゃんとした靴の方が何かと便利だぞ?」

 「……う、うん……そうする」


 彼と店主の顔を交互に見た後、渋々と言いたげな表情になりながら店内に入ったマキナだが、


 「ひ、ひいーーっ!!?」


 小さな悲鳴を上げて入り口の真ん中で硬直してしまった。店内には棚一杯に展示された左右揃いの靴が天井まで届く量で列び、マキナが見てきた種類を遥かに凌駕していたのである。それは驚かない方が無理だろう。


 (……こ、ここは庶民向けのお店だよねっ!?)


 我知らぬ内に振り向いて背後に立っていた大伝に小声で耳打ちするマキナだが、勿論彼だって商店街の靴屋が皇室御用達の一流品を扱っている隠れた老舗、だとは思っている筈もなく、


 「いや、普通の靴屋だよ……ほら、これとこれ、俺が履いてる靴と似てるだろ?」


 そう言って自分のスニーカーと同じメーカーの商品を指し示し、心配するなよと念押しする。


 「はぁ、はぁ……わ、私が履ける靴……」


 最早、息も絶え絶えになりかけのマキナに、店主と大伝はやれやれと顔を見合せながら、ひとまず安価なローカットのスニーカーと手頃なパンプス、そしてちょっとだけ厚底の丈の短いブーツを色違いでサイズを合わせ、会計を済ませて店を後にした。



 「……軽い!! 凄く軽い!!」

 「あー、そりゃ良かったな……でもはしゃいで転ぶなよ?」


 早速スニーカーに足を入れ、クルクル回りながら羽ばたくように手を振って小走りになるマキナに、大伝青年は注意しながらも頬を緩めてしまう。


 「おーい、マキナ。今まで靴持ってなかったのか?」

 「うん、靴は高いから……自分で編んだサンダルか、素足だった」


 おいおい江戸時代かよ、と思わず突っ込みそうになりつつ、けれども彼女が育ってきた環境を知らない自分は、何も言えないかと思い直す。


 「ところでマキナ、お前はどうしてウチの押し入れに隠れてたんだよ」

 「……んー、えっと……判んない!」

 「はあ、そーですか……」


 その代わり、今まで聞けなかった事を訊ねようと考えて、商店街のお茶屋の店先で売っていた抹茶ラテと黒糖きなこラテを買い、どっちがいいかと差し出しながら聞いてみる。


 「……み、緑……じゃなくて、こっち……?」


 見た事の無い色の不可思議な液体の入ったベコベコの容れ物に眉を潜めつつ、怖々としながら両手で受け取ったマキナに、まあ座りなとベンチを指差してから、大伝は自分も腰掛ける。


 ちょこん、とベンチに腰を降ろし、商店街を歩く人々を眺めながらストローを指先で引っ張り、


 「……これ、スプーン?」

 「いや、こーやって吸うんだよ」

 「ふーん……んっ!? ぶふっ!!」


 彼を真似て勢い良く吸い込み、喉に直撃した甘い液体で目を白黒させてしまうが、きなこの香ばしさと黒糖の優しい甘さ、そしてクリームのふくよかな風味が舌に纏わり付き、ふひぃと変な溜め息を吐いてしまった。


 「うわぁ……甘い、うん……おいひぃ……♪」


 無論、直ぐに飲み方を覚えたマキナが至福の表情で、ずぴすぴと黒糖きなこラテに夢中になる様は、慌てて質問する必要も無いかと大伝を和ませた。


 「そうそう、マキナはなんで神官なんかになったんだ?」


 幸せそうにストローを使って甘さを満喫するマキナに何気無く問い掛けてから、彼も手の中の抹茶ラテが温くなる前に飲むかと一口啜った時、前を歩く人々に視線を流しながら、マキナがぽつりと言った。


 「……みんな、居なくなれば……楽になると思ったから……」



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