⑰のんびり電車で帰宅しよう!
「ねー、おにーさん! どうやって帰る~?」
「……どうって? あ、間違っても例の生き物なんか要らないからな!?」
まだ明るい時間に社外へと出た大伝青年はそう言うと、マキナが手首に当てていたカッターナイフを取り上げてカバンの中へと仕舞った。
「ぶ~! せっかく役に立とうと思ったのにー!!」
「要らない要らない! 帰りなんて急がなくても平気なんだよ!! ……それに、たまにはゆっくり帰るのも、悪くないしな」
「ふーん、そっか……だったら歩いて帰る?」
「アホか、お前は……大震災後の帰宅難民訓練じゃあるまいし……」
そんな風に気楽なやり取りを交わしながら、大伝青年はマキナと歩いて駅に向かう。会社が有る駅の周辺の店は昼のランチ帯まで割りとお得だが、昼飯の時間が過ぎた瞬間からガラリとイメージが変わる。昼は定食メインの店が、夜になるとコース料理の接待向けな店へと変貌してしまうのだ。
「会社の近くの店はいつでも来られるから、今日は地元の駅の周辺で遅めのランチにしよう!」
「おおーーっ!!」
彼がそう提案するとマキナは嬉しそうに両手を挙げて同意し、駅から電車で帰路に着いた。
「ほへぇー、これに乗るのかぁー!!」
「あんまり前に出るなよ? それと降りる人が先だから扉の前に立っちゃダメだぞ」
プァーンッ、と警笛を鳴らしながらプラットホームに電車が進入してくる。巨大な箱状の乗り物が目の前までやって来て止まると、マキナは初めて見る電車の銀色に光る車体に目を輝かせながら、大伝青年と共に乗り込んだ。
大きな金属の車輪がゴトトン、ゴトトンと境い目を乗り越える度に、マキナは小刻みに身体が揺れるのが余程楽しいのか、
「ふあぁ! 揺ぅれるぅーっ!!」
と、小さな子供のようにはしゃぎながら吊り革に掴まりつつ揺れに身を任せている。そんな姿に大伝青年も釣られてふふっと笑う。
「そんなに面白いかなぁ……乗り物が珍しいか?」
「うん! しかも立ったまま乗るなんて聞いた事無いよ!!」
聞けば向こうの世界では、馬車程度しか無いらしく、それも乗らずに一生を終える者の方が多いそうだ。
短く切り揃えた明るい色の髪をふわふわと揺らしながら、窓の景色に見入るマキナの背中は、ジャージのせいで中学生程度にしか見えない。しかしその横顔は艶やかに磨き抜かれた象牙のような肌と、濃い菫色の瞳に大伝青年は思わず見惚れてしまう。
「……ねー、何で私の顔を見てるのー?」
「あっ? い、いや別に……」
「そう? まーいいけどー!」
つい誤魔化してしまう彼に、マキナは答えてから再び流れる車窓の景色に視線を移し、何事も無かったように時間が過ぎていく。
しかし、良く考えてみると昼過ぎの電車の中、並んで立つ大伝青年とマキナの姿は各々平凡なサラリーマンと年若い学生にしか見えず、兄妹でも無い限りちょっと怪しい雰囲気にも思えるなと感じた彼は、
「……なあ、マキナ。とりあえず座れば?」
そう言って目の前の席を勧めてみる。
「ううん! だいじょーぶ!」
しかしマキナはふるふると首を振ると、彼の脇に立ったままマンションや家々が瞬時に通り過ぎていく速さに目を奪われ、時折ほわぁ! とか、むおっ!! 等と小さく奇声を発するのだった。
《 ……お降りのお客様はお忘れ物の無いようご注意してください……》
流れるアナウンスと共に電車の扉が開き、大伝青年とマキナが並んで駅のホームに降りる。直ぐに背後の扉が閉まると直ぐにモーターの駆動音が響き、やがて二人を運んで来た電車は身を乗り出していた車掌が引っ込むと、そのままプラットホームの先へと進んで見えなくなった。
「……さて、昼には遅い時間だけど、どうしたもんかなぁ」
カバンを手に持ったまま腕を挙げて伸びをする大伝青年が呟くと、傍らのマキナが両拳を握り締めて身体の前に揃えながら、彼に向かって懇願した。
「じゃあじゃあ! ふぁみれすに行ってみたい!!」
「……えっ? あー、そういや言ってたなぁ。でも本当にそれでいいのか? 他にも色々選べるんだぞ」
彼にしてみれば然して珍しくもないチェーン店のレストランに魅力は感じていなかったが、どうやらマキナは違うようだ。前にスマホを介して見せたメニューが気になるらしく、興奮する余り、今にも足踏みを始めそうな彼女の顔を見ながら、
「仕方ないな……判ったよ、直ぐ近くにあるからそこでいーか?」
そう言ってやや離れた店の回る看板を指差すと、マキナは勢い良く首を縦に振りながら、
「うん! うん!! 行く行く!! ふぁみれすに行く!!」
と元気良く答えるので大伝青年は、そんじゃ行くぞと先に立って歩き出した。
「いらっしゃいませ! 二名様でよろしーですか? ……あれ? 大伝サンじゃないですか!」
「……えっ? あ、春奈さん! ここでバイトしてたんですか」
入口の自動ドアを抜けて店の内に二人が現れると、直ぐに店員がやって来たが、その店員は大伝青年だと気付くと親しげに話しかけてきた。
「そう! 大学もリモート授業で暇ばかりだし、何もしないよりバイトしてた方がいいしね! ねー、似合う? ここの制服カワイイでしょ?」
そう言うと大家さんの次女の春奈は軽やかな足取りでクルリと身を回し、店のイメージカラーと同じオレンジ色の制服のスカートをフワリと膨らませた。
「お、おお……似合ってるよ。それで二人なんだけど席は空いてるよね?」
「もー、感想はそんだけぇ!? ……ま、いっか。それじゃーご案内しまーす!」
そんな言葉を交わしつつ席に案内された二人が座ると、マキナは置かれていたメニューを掴むと早速広げ、ふおおおおぉ!! と小さく雄叫びじみた声を上げた。