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⑯社長に報告しよう!



 「……と、言う訳で我が社とアップルパイ社の共同企画として採択され、プロジェクトチームを選定するまで話が(まと)まりました」


 廻田支店長が今までの経緯を説明すると、目を閉じたまま机の上に肘をついて両拳(りょうこぶし)に顎を乗せていた総合商社アソマンの社長、安蘇(あそ) (ただし)は目を開き、静かに頷くと二人に向かって口を開いた。


 「……廻田君、仔細は良く判った。それにしても……あー、大伝君だったな、君も良くやってくれた。この事は今までの君の評価を大きく(くつがえ)すだけの結果となるだろう」

 「あ、ありがとうございます……ところで、()()()()評価とは……?」

 「何だ、聞いてなかったのか。てっきり人事課から話はいっていたと思ったが……」


 社長はそう言うと、彼の前に顔写真付きの【社内秘】と記された一枚の書類を置いた。


 「こっ、これは……?」

 「……君は、リストラ対象者として候補に挙がっていたのだよ」

 「えええええぇーーっ!?」


 驚く大伝青年に社長は、そこに至るまでの経緯を説明した。


 ……勤務態度、可もなく不可もなく、労働意欲、可もなく不可もなし、職務能力、可もなく不可もない……改めて言われれば「はぁ、そうですか」と返すしかない平凡極まりない評価の嵐に、彼はただ俯くしかなかった。


 しかし、そんな大伝青年に対し、社長は微妙な表情を崩さぬまま再び語り始める。


 「……結果を残さず消えていく者も多い我が社の中で、君は一番低い評価しかなかった。だから社長として雇用人数の調整を考えた結果、ついさっきまで承諾の判を押すつもりだったのだが……」


 だが、社長の頬が見るまに緩むと、今までの気難しい印象だった彼の態度は一変した。


 「……大伝君っ!! アップルパイ社だよアップルパイ社!! 君にも判るだろ!? 世界中に名を轟かせている情報関連企業の最高峰の会社と、我が社が奇跡の共同プロジェクトを成し遂げられたんだぞ!! 我が社の歴史に偉大な一歩を印すような……ああ、全くど偉い事をしてくれたなぁ!!」


 突然興奮気味に(まく)しつつ立ち上がり、机越しに大伝青年の腕を掴むとブンブン縦に振りながら、


 「能有る鷹が爪を隠す、なんて(たと)えもあるが! 隠し過ぎなんだよ!! さっさと出してくれりゃリストラなんて一切出てこなかったんだぞ!! 判ってるかね!?」


 聞いていて自分が叱られていれのか褒められているのか判らない言い方に、彼はどうしたもんかと困惑していたが、


 「……あ、ありがとうございます! 今まで頑張ってきた甲斐が有りました!」


 今になって廻田支店長が述べた(胸を張って堂々としろよ?)の言葉を思い出し、最大限の喜びを素直に現しながら謝辞を告げて大伝青年は頭を下げた。


 「うんうん、リストラ案は俺から人事課に取り下げるよう促しておく。君もこれで満足せず、更に貢献していきたまえ!」


 その言葉を聞きながら、彼は入社式以来、四年目にしてやっと顔を合わせた社長に頭を下げたまま、器用に後退りしながら扉の前まで戻り、奇妙な姿勢を保ったまま退室していった。



 「……最近の若者は、みんなああして退室するのかね?」

 「いえ、たぶん彼だけでしょう……」


 残された社長と廻田支店長は、互いにそう言い交わしながら、(変わり者なら仕方ないか?)と納得した。




 「……はあ、疲れたぁ……ん?」


 たった一日で人生最大の大仕事を二度もやり遂げた大伝青年がオフィスに戻ると、所属部署の上司や同僚達が彼を取り囲み、


 「おいおい聞いたぞ!! とんでもないプロジェクトの発起人になったらしいじゃないか!」

 「アップルパイ社だろっ!? どこでどうやったらコネクションが持てるんだよ!!」

 「ねえっ! どーしちゃったのよ大伝君らしくないわよっ!! 宇宙人が憑依してんのもしかして!?」


 と、好き勝手に盛り上がりながら大騒ぎを始めたので、仕方なく出来るだけ手短に説明してみると、


 「……何とも強運じみた話だな、聞けば聞く程事実には思えん……」

 「お前、明日は休んだ方がいいぞ? 乗った電車が脱線でもしなきゃ釣り合いが取れないって……」

 「……課長、直ぐに大伝君の有給申請しておいた方がいいと思います……きっと明日になったら必ず寝込みますから」


 手のひらを返したような反応と共に解散し、そんな彼の前には一枚の【特別有給休暇申請書】だけが残されていた。


 「……何だこりゃ? まあ、言われてみれば確かにそうかもな……あれ、上下水道が流れる勢いを利用して発電し、社屋の電力を全部賄う企画だったし」

 「……おにーさん、そんな話で今まで捕まってたの?」


 つい独り言を漏らした大伝青年だったが、後ろからマキナに声を掛けられて驚いてしまう。


 「うおっ!? ……なんだ、マキナか……あ、お前! 俺のチョコシリアルバー全部食べたのか!?」

 「うん! 暇だったしお腹空いたから食べちゃった!!」


 おいおい全く困った奴だな……と言いながら、しかし手の中に残されていた休暇申請書に、ちゃっかりとサインしながら立ち上がると、


 「……今日は、もう帰ろう! 昼飯食えなかったから腹が空いてんだ!!」


 そう言って課長の前に書類を差し出し、


 「……明日は休みます! 理由は……まあ、自分へのご褒美って奴です!!」



 ……入社以来初めての、陽の高い時間で帰宅出来た事にちょっとだけ後ろめたい気持ちになりながら、マキナを伴って意気揚々と会社を後にした。






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