⑮海外セレブと話してみよう!
「や、だから自分、英語力が……」
大伝青年がブンブンと頭を振り振り抵抗を試みるも、脇を抱え込んだ海外支店長の廻田は、
「そんなもん我々が同時通訳してやる! これを着けろこれを!!」
そう言いながら大伝の耳にワイヤレスフォンを捩じ込み、とにかく座れと会議室の椅子に座らせてから、
「……今、先方を呼び出すからお前は快諾するだけでいいんだぞ!?」
と、強く強く念押ししながらカメラの死角に移動した。
【あー、こんな所に居たぁ~!】
と、支店長の廻田がスマホ片手にアップルパイ社の担当者と打ち合わせしている最中、マキナが現れて大伝青年の横にやって来た。
(い、今はちょっと取り込んでて忙しいんだよ……少しの間、大人しくしといてくれないか?)
【ん~、どーしよっかなぁ~?】
(今はダメなの!!)
当然ながら彼とマキナのやり取りはひそひそ声で周りに聞こえていない。だが不自然な角度に首を曲げて無人の方向に呟く様は、誰が見ても明らかに変な奴である。
「よし、それじゃこれからイヤホンを通して自然な会話になるよう、出来るだけ判り易く伝えるから同じように話せよ!!」
「あ、はい……頑張ります……」
だが廻田支店長にはバレていないようで、事態を少しづつ理解し始めたマキナが脇に座ったまま、リモート対談が遂に始まったのである。
アメリカの通信情報関連でトップクラスのアップルパイ社。そしてその企業を一代で築いたCEOのモーメン・アップル氏がノーネクタイのラフな服装で画面の向こう側に現れた時、大伝青年は緊張でまばたき一つせずリモートカメラを凝視していた。
《 待たせて申し訳ないね、君が例のエコプロジェクトの発案者かい? 》
と、耳に着けたイヤホンから流暢な日本語が流れてきて、彼は思わず画角外に身を潜めていた廻田支店長に目線を送ってしまうが、相手は手を振って違うと意思表示。
《 ああ、気にしなくていいよ。通訳している時間が惜しいから翻訳マイクを通させて貰っているのさ。意味が通じているなら手を振ってみてくれ 》
流石に大伝青年にも事情が判り、固い表情ながら右手を上げて左右に振り、初めまして大伝です、と答えてみる。
《 そうそう、そんな感じでオーケーだよ。さて、状況を理解して貰えたようだから話を進めようか。まずはプロジェクトについてだが…… 》
そう言いながらモーメン・アップル氏が大伝青年に質問を始めたので、廻田支店長は手に持っていた提案書の束を脇から渡し、
「……こうなったら破れかぶれだ、とにかく全力投球で話してくれ……」
そう力無く告げると、くたびれたように椅子へと腰掛けた。
そこから大伝青年は一心不乱で夢中になりながら提案書の中身を解説し、それを聞きながらアップル氏は時折質問し、刻々と時間が過ぎていった。
《 ……結論から言えば、君のプロジェクトは市場調査や還元率の計算も甘いし、正直に言えば実現は非常に難しいな…… 》
説明を終えた彼が息を飲んで見守る中、画面の中のアップル氏が手にしたペンの先を揺らしながら告げると、大伝青年は思わずしょんぼりした顔になってしまうが、
《 ……しかし、そこが安全安心で無難な案なんかより、非常に魅力的だ。我が社も随分と守りの経営に傾いてしまっているが、元を質せば野心に溢れた小さなベンチャー企業だったさ 》
そう言うと人当たりのよさそうな笑みを浮かべてから、画面に向かって親指と人差し指で輪を作ると力強く宣言した。
《 君のプロジェクト、採用させて貰おう! 但しまだ若い君が主導するのは無理だろうから、双方から適任者を選んで進める事にするが……宜しいかな? 》
「……は、はい!! オーケーです!! サンキューベリーマッチです!!」
思わず立ち上がりながら叫ぶ大伝青年だったが、画角の外で控えていた筈の廻田支店長達がいきなり飛び出して、彼を担ぎ上げて揉みくちゃにし始める姿が見えたらしく、
《 おー、それが日本の胴上げかぁ! 初めて見たなぁ!! 》
そう告げて愉快そうに笑いながら立ち上がり、リモート会議が終了した。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが……兎に角良かった良かった!!」
「は、はぁ……それは何よりですね……」
興奮冷めやらぬ廻田支店長に手を握られながら、大伝青年は困惑しつつ会議室から自分のオフィスに戻ろうとしたのだが、
「……ん? 君は何処に行こうとしてるんだ? これから俺と一緒に社長に報告しに行くんだぞ! モタモタするな!!」
「は、はぁ……えっ!? 社長に報告っ!?」
再び驚く大伝青年の腕を掴むと、そのまま本日二度目の拉致連行へと流れるような速さで移行し、
「ほら、さっさと行くぞ! ……今度は胸を張って堂々としろよ? お前自身の手柄なんだからな!」
意外にも優しい口調で諭しながら、社長室へと歩いて行った。
「……んーと、どーやら上手くいったみたいかな? ふひひっ♪」
取り残されたマキナはそう言って満足げに微笑むと、大伝青年の机に戻って残されたシリアルバーの封を切った。そして、むはっと大きく口を開けて齧り付いた。