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⑪マキナ、悶々とする



 マキナは風呂が嫌いだった。いや、正確には溜め水に身を浸すのが嫌いだった。流れる水ならともかく、溜められた水には膿み淀んだ水の精霊達が閉じ込められてしまい、そのせいでマキナには彼等が呪詛の声を上げて、ぬらぬらと(せめ)ぎ合いながら蠢いているように見えるからだった。


 だから、風呂のシャワーで身体に付いた泡を流し、うむむと唸りながら片足を湯に入れると、湯船から弱った精霊達がナメクジのように彼女の肌の上を這い回り、出して出してと懇願してくるのだ。


 「……ひいいぃ……何でみんなは平気なんだろ……」


 この世界に来てからも状況に変化は無い。膝下まで湯に入っただけでマキナの背中は鳥肌が立つ。そして、ぐぬぅと乙女らしからぬ声を吐くと上下の局所を出来るだけ手で隠しながら、意を決して肩まで湯に浸かった。


 「うっ!? ひい、ぐああぁ……っ!!」


 全身を半透明の精霊達が這い回る中、悲鳴じみた声を噛み殺しながらひたすら耐え、頭の中で10まで数えた瞬間、


 「きいいいぃーーっ!! 無理ぃ!!」


 ざばぁと湯を跳ね散らしながら立ち上がり、急いでバスタオルで濡れた身体を拭き清めると、肌着とジャージ(ご丁寧に茶色である)を急いで身に付けて脱衣所から逃げ出した。




 「はあぁ……ヒドイ目にあったぁ……」


 「何を騒いでんだ……ちゃんと全身、洗ってきたか?」


 そんな事情を知らない大伝の顔を、マキナは泥の上に落とした塵紙を見る目付きで睨みながら、


 「ちゃんと洗ってきたよー!? ……ほら、見てみる?」


 と言ってヘソの上までジャージを捲り、不服そうな顔でほれ、と差し示す。勿論、風呂上がりの滑らかな乙女の柔肌を、朴訥(ぼくとつ)な大伝青年が直視出来る彼ではなく、


 「わ、判ったよ判った! 入ってくれば文句はないから!!」


 そう慌てて叫び、顔を逸らして腹を仕舞えとお願いするしかなかった。




 そんな事をしながら寝る準備は終わり、畳の上にやや距離を置いて二組みの布団が並ぶと、二人はそれぞれの布団に潜り込んだ。


 ……無論、マキナは借りてきた布団に身を横たえて眠りについたのだが、暫くすると瞑っていた筈の眼がカッと見開き、ギョロリと横で眠る大伝青年を捉える。


 (……何だろう、ドキドキして……何か変……)


 胸の奥がチリチリと弾けるような気がして、判然とせぬままマキナは布団の上で半身を起こす。


 (……何かしたい、でも……何がしたいか判らない……)


 マキナは布団に籠められた情念をそれとなく感じ取りながら、けれど正体が判らない故にモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、暗闇の中でボーッとする。


 (……布団、すごくイイ匂いするけど、このまま寝てたらイケない気持ちになる……なんで?)


 まあ、端的に言えば【豊穣と繁殖の女神】が愛用していた布団である。オマケに()()()だったマキナが身を潜らせれば、その結果は明白。もし、彼女が男女の交わりを知っていたならば、今頃は眼をハートマークにしながら隣の布団に潜り込んでいただろう。


 しかし、彼女は()()を知らぬまま異世界に飛ばされ、いきなり年の離れた異性と共同生活を強いられているのだ。もし、本人がその気になれば、すわ実践開始となるだろうが、生憎隣で寝ているのは、彼女の事を只の居候と割り切った大伝青年である。彼にマキナを異性として認知する気持ちは全く無い。



 ……とにかく、今は寝よう。そう割り切ってマキナは眼を閉じた。



 ……コチ、コチ、コチ。と、耳に届く壁掛け時計の音。静まり返り、大伝青年の寝息だけが聞こえる寝室内で、唯一その音だけが規則的に鳴り響く。


 ……どっ、どっ、どっ。と、胸の内に響く自らの心音と脈動がマキナの鼓膜まで届き、時計の音を包み込んで打ち消していく。


 (……私、何かしなきゃダメなの?)


 そう思った瞬間、隣で寝ていた大伝青年が寝返りし、ふーっと鼻息を吐いた。


 ドキン、と心圧が上がり、マキナの頭は痺れるような情動に支配されて、彼の顔をまじまじと見てしまう。取り立てて目立つ容姿ではない。一度見れば覚えられる素朴な目鼻立ちだが、長く見なければ忘れてしまいそうな、ありきたりの顔。



 (……そう言えば、最後に誰かと寝たのって……いつだったろ)


 マキナは落ち着かなきゃと思い、違う事を考える。両親の顔を知らず、兄弟も早く亡くなった彼女にとって、特定の誰かと並んで寝た記憶は希薄だった。魔族の元で自らの血を代価に居場所を得ていた頃も、それは同じだった。


 そんな事を思い出す内に、マキナは布団から身を起こして立ち上がると、台所に向かった。そして包丁を手に取ると指先に押し当てて軽く引く。


 つっ、と赤い雫が宙に舞い、ぽたりと床の上に零れる。その瞬間、マキナの唇から慣れた口調で(まじな)いの言葉が溢れ出て、赤い雫からジワリと何かが具現化する。


 小さな血溜まりの中から現れたそれは、掌に載るサイズの角を生やした小人の姿になり、マキナの顔を見上げながら喋り始める。


 【……あー、うん。なるほどねぇ……つまり、キミは何をすりゃいいか判らないって訳ね】


 しゃがみながら話を聞く体勢になるマキナに、その小人はフンフンと頷きながら諭すように言う。


 「うん……知らないから、判んないの」


 (……ま、そりゃそうだわな。まーだ子供なんだしね)


 そう思いながら、小人はだったら話は早いと寝室を指差しながら、サラッと言ってのける。



 【だったらさ、取り敢えず、あのおにーちゃんと同じ布団で寝りゃあいいんじゃないの?】




 

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