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⑨コロッケとメンチカツ



 (これ……どう食べればいい?)


 一族にあやかってマキナ、と名付けられたその娘は、上書きされた様々な異世界の言語知識と、実際に現物を前にした時の強烈なギャップに翻弄(ほんろう)されていた。


 何の変哲も無いコロッケとメンチカツを前に、先ずマキナが考えたのは外皮の存在であった。無論、他の面々を手本にすれば何の問題もないのだが、大家の細野さんが面白がって最初の一つをマキナだけに食べさせる事にしたのだ。


 (……固くはないな……うん、逆に柔らかい)


 外見からは中身の判らない(我々だって匂い以外で区別はつかない)楕円形のそれを前に、マキナはフォークを持ちつつ分析する。軽くフォークの背で押してみると、パラパラと衣の破片がこぼれていく。つまり、見た目と裏腹に案外脆いようだ。


 味付けは好みだから、最初の一口目はそのまま食べてみろと勧められて、彼女はフォークでサクッと切れ込みを入れて崩し、突き刺して持ち上げてみる。


 どうやらそれはメンチカツだったようで、まだ湯気の立つ温かさを帯びた断面から、じわりと油と肉汁が染み出す。


 (……揚げてたけど、ちゃんと火は通ってるかな?)


 肉を揚げる文化というよりも、肉を食べる機会自体が少なかったマキナは、ただ何となく見た目の印象だけで香辛料のきつい味付けを想像したが、とにかく一口食べてみる事に決めた。



 ……サクッ、ほろほろ。


 意外に柔らかいその料理は口の中で容易く(ほぐ)れ、獣脂(ラード)で揚げた香ばしい風味と淡い味付けでしつこさは全く無い。むしろ適度な塩加減と控えめな香辛料で肉と野菜そのものの味が強調され、思わず目を見開いてしまう。


 「……んー!!」

 「何だ、まだ熱かったか?」

 「んむぅーっ!! むいむいぃーっ!!」


 思わず漏れた声に大伝は火傷したかと心配したが、マキナは首を左右に振りながら違う違うと主張し、身振り手振りで美味ひぃ美味ひぃと繰り返した。但し、大伝には全く伝わらなかったが。


 (これ美味しいっ!! これが()()()()()!!)


 レベル的にかなり旨い方のメンチカツはあっという間に無くなり、一息つく為に注がれていたオレンジジュースに手を伸ばした。


 ゴクゴクと勢い良く飲み干してから空のコップをテーブルに置き、二個目の料理にフォークを突き刺した。


 一瞬、同じ物かと思ったが、刺さる感触から見て異なる種類のようだ。さっきの()()()()()は肉がメインだったが、二個目はどうだろうか。


 既に学習済みの物体である。きっと中から何か出てくるのだろうと予測しながら噛み付いてみる。


 ……トロッ、と滑らかな舌触りのクリームが流出し、思わず熱さに身を強張らせるが、程好い加減まで温度は下がっていた。だが、それでも流れ出るだけの柔らかさを維持しているならば、果たしてどんな味なのか。


 シャクシャクと外側の皮は歯応え良く崩れ、香ばしい味を醸し出す。小麦を使った何かが付着しているのか、全体の固さは均一で良く揚がっている。しかし、問題はその味だ。


 ふわっと広がるような優しい乳清の風味、そして様々な野菜や肉の旨味が控え目に現れ、更にマキナの知らない不思議な旨味がドンと口一杯に押し寄せる。


 「むぅーっ!!」

 「まーたか、さっきから何なんだ?」

 「むぃーっ!! あむぅーっ!!」


 再びマキナの唸り声が轟き、大伝はこいつアホかと思ったが、彼女のへにゃへにゃとした幸福そうな微笑みに彼は、


 「あー、そうか旨いか……良かったな、マキナ。でもソースかけて食べてもも旨いぞ?」


 と彼女の頭を撫でながら声をかけると、マキナも嬉しそうに目を細める。どうやらカニクリームコロッケは彼女のお気に入りになったようで、良く見れば俵型の形状のそればかり狙うようになり、三個目に噛み付くと大伝青年も(ようや)く理解して、素早く自分の分を確保した。



 「それにしても、好き嫌いが無くて良かったよ」


 しゃくしゃくとコロッケを摂取するマキナを眺めながら、大伝が呟くと、マキナは首を左右に振りながら、


 「ううん、嫌いな物もあるよ? お酒は喉が焼けるみたいから嫌いだし、辛いのも次の日が大変だから苦手かなぁ……」


 と、月並みな感想を述べ、いやいや未成年だからお酒はダメでしょと彼も理性的な突っ込みを入れる。


 「こっちの世界は子供の飲酒は禁じられているし、だいたいの店では辛い料理はメニューに注意書きが載ってるから、心配要らないよ」

 「……メニュー?」

 「ああ、こういう奴だよ」


 そう言ってスマホを操作し、ファミレスのメニュー表を彼女に見せてみると、その多彩な組み合わせに目をキラキラと輝かせながら、


 「つ、次はこういうのが食べたいかも!」


 そう叫んで懇願した。それはともかくマキナにとって食べる事に苦労が要らない今居る世界は、まるで理想郷のようである。しかも次々と現れる食べ物全てが旨いと来て、彼女は生きながら神々の国に(いざな)われたかのような深い感動にうち震えた。



 



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