第五十八話 その後のことは
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「・・・ジョアンナおばさん?」
「アグニエスカ?ようやっと目が覚めたのね」
目を開けると、心配そうな琥珀色の瞳が私を覗き込んでいる事に気がついた。
藁の上でもない、何処かの納屋の中でもない。清潔なシーツの上に横たわっていた私に笑顔を浮かべたおばさんが、ぐりぐりと子供にするように頭を撫でた。
「ここはルミアの病院で、すぐにヨゼフ先生を呼ぶわ。気分はどう?アグニエスカったら5日間も眠ったままだったのよ?」
「5日?」
おばさんは、私の背中にクッションを入れながら、優しく起こしてくれた。
「ルテニア軍の侵入を許したという事が分かってすぐに、アガタがあなたのところへ飛んだのよ。そうしたら小さな村の中であなたは倒れているし、敵軍は全て、血塗れになって潰れちゃっているし。隠れていた村の人間に尋ねてみたら、古竜が現れたって言い出して」
「古竜・・・」
私の頬を涙がポロポロとこぼれ落ちる。
確かに、あの時、夜空を覆い尽くすほどの巨大な竜が現れた。竜はマルツェルの呼びかけに応えるようにして現れたけれど、大きな口を開けて、彼の全てを丸呑みしてしまったのだ。
「おばさん・・マルツェルがその古竜に食べられちゃって・・・」
「マルツェルは古竜に食べられてないわよ」
「はい?」
「マルツェルはね、伝説の『ホロファグス』を一時的に使役する事に成功したのよ。お陰でルテニアの王都は滅びて、ルテニアは我が国に征服されたのよ」
「はい?」
おばさん、言っている意味がわかりません。
◇◇◇
第二妃の父となるストラス子爵が、ヴォルイーニ王国の第一王子であるイエジー殿下に呼び出されたのは、ルテニアの王都が崩壊してから十日後の事だった。
ルテニアとの国境に領地を持つ、ストラス子爵であるユーゴ・ストラスは、娘が側妃として王家へと嫁ぐ際に譲渡された転移陣を使って王都へと飛んだのだ。
援軍に向かう途中で見つけた治癒師や貴族の兵士たちは、やはり敵に情報を流していた裏切り者だったようで、王都に連行後、厳しい取り調べを受けているという話は聞いている。そのことについて説明があるのかとも思うが、イエジー殿の直接の招集となれば胸の内の不安が大きくなってくる。
年頃の貴族令嬢の中で一番と言われる膨大な魔力を見込まれて、陛下の元へ輿入れする事となった第二妃マグダレーナの事を、イエジーの母となる正妃ユスティナは蛇蝎の如く嫌っている。
正妃に嫌われた上に、子爵家の出身とあって、王宮では居ない者のように扱われている事も知っている。
孫となるユレック殿下は第二王子でありながら、イエジー殿下が呪いで倒れたのを機に、王位継承順位をバルトシュ第三王子に譲り渡している。
王位継承を望まない事を示していたものの、呪いから解放されたイエジー殿下直々の呼び出しという事になるのだから、継承について何かお話があるのかもしれない。
王宮に飛ぶのは一瞬のことで、その後、侍従の案内で王宮の中を進んでいく。
回復された殿下は王宮内で執務に取り組んでいるようであったが、国王の間に一番近い場所にある応接室へと子爵は案内されることになった。
そこにはすでにイエジー殿下と、バルトシュ殿下の祖父にあたるヴァルチェフスキ公爵が向かい合うようにして座っている。辞儀をしながら、公爵の顔色の悪さに子爵は気がついた。
「ストラス子爵、忙しい所、呼び出してすまなかったね」
つい先日まで髪の毛の先から足の先まで真っ黒に染まり上がっていた殿下はすっかり元通りとなったようで、金褐色の瞳がキラキラと輝いているように見えた。
殿下の向かい側のソファに、公爵と並んで座るように言われて席に着くと、イエジー殿下はとても信じられないような話を、噛み砕くようにしてくださった。
いわく、バルトシュ殿下を王位に据える事を考えたカロリーナ妃が、王家の宝物庫から呪具を持ち出してユレック殿下に渡し、イエジー殿下を呪具で呪う手配をするよう命じた事。
ユレック殿下が隣国ルテニアのイレーナ姫を使って、イエジー殿下を呪う事に成功した事。
イエジー殿下が呪いに倒れた事をきっかけに、隣国ルテニアは我が国に宣戦布告をする事となり、新興貴族が王国の売却を計画。情報を隣国へ流してルテニアの勝利に導こうとした事。その際に、邪魔になるスコリモフスキ家を排除する為に事件を捏造、裁判を起こして国境へとスコリモフスキ家を飛ばした事。
内通者の先導で敵国は我が国を占領するはずだったが、カルパティア山脈で古竜の使役に成功したマルツェル・ヴァウェンサによって隣国を急襲。王都を完膚なきまでに破壊したため、ルテニアを征服することに成功したこと。
それから・・・
「なんと言っても隣国との戦争を止められなかった国王の力不足、そして、今まで世話になり続けたスコリモフスキ家の排除に加担した国王及び貴族院の罪は重い。このため、スタニスワフ国王は退位を決意された」
イエジー殿下はその長い足を組むと、口許に微笑を浮かべた。
「こうなれば、連座となってヴァルチェフスキ公爵は爵位を返上、一族郎党、公開にて処刑としてもおかしくないと思うのだがね」
なにしろ、王太子に呪いをかけたのだ。その処刑にはバルトシュ第三王子とカロリーナ妃も入る事だろう。事件にかかわるユレック殿下はもちろんの事、娘である第二妃も、孫となるドミニカ姫も、私自身もここまでの命だったか。
思わず子爵が膝の上で握りしめた拳に力を入れると、
「でも、次は僕が王位を継ぐわけだからね、ある程度は自由な采配というものが出来るというわけさ」
と言って殿下はにこりと笑った。
「公爵家は領土の一部を返還、ヴァルチェフスキ公爵は公爵位から退く形となり、嫡男のマチェフが仮公爵として爵位を維持。バルトシュの後見人となる。カロリーナ妃は公爵領内の修道院へ移送。一族は今回の事件については肝に銘じて反省し、我が王家に忠誠を誓う事を約束するというのであれば、このように差配するつもりである」
あまりに軽い裁きに、公爵が目と口を大きく開いて殿下を仰ぎ見ると、公爵は崩れ落ちるようにして床に平伏し、額を床に擦り付けながら、
「我がヴァルチェフスキ家、永遠の忠誠を王家に誓います」
と、震える声で宣言した。
「それから第二王子の処遇だが・・・・」
殿下がお告げになった処遇は、目の前がチカチカと瞬くような衝撃の内容となっていた。
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