第五十二話 アガタはヤンの護衛
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暗殺が専門のアガタ・スコルプコが西の国境へと派兵されることが決まったのは、スコリモフスキ家が兵役を科せられる事が決まったのと同時と言っても良いだろう。
「ヤン君は東の森のスタンピードを止めた英雄と称えられる人物でもある。年齢も近いし、アガタにはヤン君の護衛として常に近くについてもらいたい」
父はそう言って娘の頭を撫でると、
「どうやらこの国を破滅に導こうという動きが加速しているように思われる。私は全力を尽くして南を守るから、お前は全力でスコリモフスキ家を守りなさい」
と穏やかな声で命じた。
アガタの母は凄腕の魔法使いで、スコリモフスキの弟子に当たるらしい。昨年の民俗抗争で罠にかかってアガタの母は死んだが、、その母の死の裏には我が国の王家が関わっているらしい。
父は思い悩んだ末に、反旗を翻す事なく南の守りを厚くする事に注力した。
頭上を覆う王家の結界が消え、国内はほぼパニック状態となっている中、南からはコロア王国、西からはルテニア王国がわが国を滅ぼそうと企んでいる。
南に集結するコロアの軍を警戒して西の兵力を分散させる事になってしまったけれど、西にはあのスコリモフスキ家が揃って移動した為、なんとかしてくれるだろうという大きな期待を王家や貴族院が持っているのだ。
アガタが守るのはヤン・スコリモフスキ、まだ12歳の少年だ。なるべく作戦本部から動いて欲しくないと考えていたのだが、まさか、最前線に配備されるとは思いもしなかった。
ヤンが前線に行く理由、それは敵の飛空艇をなるべく壊さずに墜落させる為だなんて、まったくもって理解が出来ない。
「アガタが転移術得意だから、超最前線に飛んでもらって、俺が敵に向かって魔法をぶっ放すっていう方式でやるらしい。父さんの炎魔法は飛空艇を爆発させるし、母さんの雷魔法も敵機を墜落させちゃうからさ、船底に氷をぶつけて突き上げるのが一番状態が良くて被害が少ないっての?意外に遠くまで飛んでいくんだよねえ〜」
アグニエスカが用意したビスケットをパクパク食べながら、ヤンがぺらぺら喋っている。
「そんな風に十二歳の僕が最前線でボロボロになりながら戦っているっていうのに?ここの将校どもは?かすり傷で?骨折でもなんでもなく、打撲程度で?ベッドを独占してゴロゴロ寝転がって戦地に戻らない?それを許される環境だって?マジでそれ言ってんの?」
ヤンの手の平の中でビスケットが砕け散った。ああ、もったいない。
「それが許されているのがちょっと信じられなくって、上層部の人は一体何を考えているのかなあって聞いてみたかったんだよね?」
アグニエスカはそう言ってアガタの前にもビスケットを差し出して、新緑の瞳に笑みを浮かべた。
深紅の髪の毛が薔薇の花のように華やかで、若葉のような瞳が輝いて見える。綺麗な人だと感心しながら、アガタはビスケットを一枚手に取って、物思いに耽ってしまう。
第一王子であるイエジー殿下が呪いで倒れ、第三王子であるバルトシュ殿下が第二王子であるユレック殿下を押しのけて王位継承第二位に躍り出た。
王位に就きたいバルトシュ殿下とその後ろ盾となるヴァルチェフスキ公爵家としては、結界で守られないヴォルイーニ王国を穏便な形で守り切りたいと思うだろう。
すでに密約を交わした上で、西部と南部をルテニアとコロアに切り売りするつもりでいるのだろうか?その切り売りに新興貴族が関わってくることになるのだろうか?そこに巨額の利益と利権が絡んでくることになるのか?
スコリモフスキ家嫌いと言われるユレック第二王子が今回、スコリモフスキ家を罠に嵌めたとするのなら、ルテニアとの大きな交易を持つ第二王子の後見者でもあるストラス子爵家もまた、西部侵略に関わっているという事になるのか?
スコリモフスキ家を戦中のどさくさに紛れて暗殺しようと考える輩は多く、そのため、父もアガタを西部戦線に派遣する事を決めたのだ。それにしても、状況はかなり逼迫しているようだ。
ルテニアの歩兵部隊が国内の鎮圧に乗り出したため、飛空艇の使用を認めたルテニアの王の指示により、国境の部隊は上空からの攻撃を開始。祖国への帰還を無視した特攻による攻撃により、我が軍は多くの被害を出している。
我が国の結界の情報は筒抜け、隙間をぬって入り込んだ敵機は、最後には自爆の道を選ぶ。農地は焼け、飛行機の残骸は飛び散り、魔法部隊も敵機の侵入に手を焼いているような状況だ。
「イエジー殿下の呪いが治らないかなあ・・・」
思わず呟いた言葉を拾って、ヤンがアガタの方を見た。
「ひいおじいちゃんの話によると、何でも、古代皇国の遺跡から発掘されたネックレスを使った呪いで、古代語との併用で相手に呪いをかけられる代物なんだってさ。海より深い紺碧の蒼が渦を巻く魔石は古代竜の中核を加工した物で、普通、呪いに苦しみながら十日後に死ぬ呪物なんだけど」
「イエジー殿下、死んでないし、髪の毛の先から爪先まで真っ黒なだけで、ピンピンしているけど?」
「ルテニア側が呪いを執行したわけだけど、その掛け方がおかしかったらしい。最終的にはそのネックレスを破壊したら呪いが解けるって事らしいんだけど、古代竜の中核を使っているだけに、ものすごい膨大な魔力をかけなきゃ壊れないらしい」
「膨大な魔力ってどれくらいの魔力なの?」
「古代竜は地下に潜り込んで眠り込むんだけど、寝ている間に大地のエネルギーを吸収するらしいんだ。その吸収して溜め込んだエネルギーは、王国の一つや二つを滅ぼしたと言われるほどのものなんだけど、それをぶち当てる位のエネルギーじゃなきゃ壊れないらしい」
「壊すの無理じゃん!それじゃあ、殿下はあのまんま、死ぬまで真っ黒って事?」
「さあね」
ヤンは紅茶をグビグビと音を立てて飲み干した。
「とにかく、王国から結界が消え去った。ルテニアもコロアも我が国を狙って動いているし、ルテニアの侵略はもう始まっている。こんな状況だから、アグニエスカをひいおじいちゃんの所へ送り込みたかったんだけどなあ・・・」
「ねえ、そういえばヤンに聞きたかったんだけど、マルツェルってスタニスワフ王の息子って本当?」
「公式には認められてないけどね」
「そう・・なのか・・・」
アグニエスカは憂いを含んだ瞳を伏せると、
「王子様・・・かあ・・・・マジかあ・・・じゃあ・・だめじゃん」
と、良く分からない事を言い出した。
「え?何がだめなわけ?」
「ヤンたら・・分からないの?」
アグニエスカの憂いに満ちた瞳が、朝露を含んだように見えた。
「私、指輪を返さなきゃなんないじゃん」
そう言うと、アグニエスカは左の薬指に嵌められた指輪を一生懸命抜こうとする。
金色の魔石が嵌め込まれた指輪は古代遺物であり、対の指輪の一つ、スコリモフスキ家が王家から下賜されたものと同等レベルの国宝級の指輪だ。
「なんで指輪を返すわけ?」
「だってこれ高いでしょ?」
「そりゃ(国宝級だから)高いだろうけど」
「こっちに来る前にお守りだからってマルツェルがくれたんだけど、つまりは王子様のプレゼントって事でしょう?つけたままだと、すっごい汚れるし、不敬とか?そんな事になっちゃうんじゃないの?」
「いやいや、不敬にはならないでしょ?」
ちょっと言っている意味がわからない。
「多分、ヴァウェンサ様は結婚の約束の証としてプレゼントされたんだと思うんですけど?」
「えええ?なんでそう思うの?」
「対の指輪は王族が伴侶に捧げる貴重な指輪ですから」
「マジで?マジ無理!そんな高そうなの嵌めてらんない!外したい!」
「いや、それ外れないでしょ?外すときには嵌めた相手にやってもらわないと駄目なはずだけど?」
「対の指輪って指を切断しても外れないはずですけど?」
「嘘でしょおお!」
食堂内にアグニエスカの悲痛な声が響いた。
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