第五十一話 おさぼり貴族たち
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新聞のスクープは世間を騒がせたみたいだけれど、ルミアの街は連日に渡る国境での激しい戦闘で、それどころではなくなっていた。
「あんたたちスコリモフスキ家がきちんと働かないからこんな事になったんでしょう!」
衛生管理班長のイザベラ・センドラ子爵令嬢は熱い紅茶を私の頭から掛け回しながら、
「これはみんなの悪感情があなたに集中しないように私があえて!やってあげているのよ!」
と言ってフンと鼻を鳴らした。
「あなたの親族、いくら裁判の判決が気に入らないからって、命令通り戦わなければいずれは戦犯として逮捕される事になるわよ?わかってる?それはあなたも同じことなんだからね!」
敵の侵攻を許しているのは、スコリモフスキ家があえて手を抜いているからとでも言うように、イザベラは鼻をフンと鳴らした。
「あああ、休憩時間が台無しだわ」
「失礼しちゃうったらないわ!」
「本当最低」
イザベラと取り巻きたちは、貴族の負傷者が集められた村長の家の中へと移動する。
私たちが派遣されたタルヌフ村は、ヤンが施した結界の隙間から侵入した飛空艇からの攻撃で被害を受けており、近くに駐屯していた軍の負傷兵も運び込まれているような状態となっている。
敵の駐屯地が近いという事もあって、村の近くには自国の陸軍が拠点を作っていたわけだけど、そこを狙われたという事になるらしい。
村長の家を含め、住みやすそうな大きな家は軍に接収されている為、家を追い出された村人たちも、親族の家への居候か天幕での暮らしを余儀なくされていた。
ルシアの街同様、ゲンリフ・ヤルゼルスキの指示によって、負傷者は貴族とそれ以外に分けられる事となり、接収された家で貴族の負傷兵が治療を受け、近くに張られた天幕にはそれ以外の兵士と傷ついた村人が運び込まれている。
平民用にと運び込まれた包帯やガーゼが足りなくなった為、テラスで休憩と称して呑気にお茶をしている衛生班長の元へ、使っていない物資を分けて貰えないかとお願いしに行ったところ、飲んでいた紅茶を頭からかけられてしまったわけだ。
「アグニエスカ、大丈夫?」
「薬!薬!早く薬を塗らなくちゃ!」
「先生のところへ行きましょう!」
私が紅茶まみれの状態で皆んなの元に戻ると、手を引かれるようにして駆け出したのだった。
貴族至上主義のゲンリフの差配で、働いている人間も、負傷している兵士も、貴族か平民で分けられる事となったわけだけど、スコリモフスキ家に籍を入れていない私は平民扱いになるので、マリー、イレーナ、ミアという平民出身の治癒師と共に、ユゼフ医師の元で働く事となっていた。
今回、現場を指揮するのは子爵令嬢のイザベラに決まったんだけど、軽症の貴族の令息たちと一緒にタルヌフ村長の家へ引きこもってしまっていて、一切、役に立っていない。
そこで、平民の医師であるユゼフ先生の指揮の元、天幕が張られ、怪我人が集められていった訳だけど、想像以上に重度の怪我人が多かった。
あっという間にガーゼや包帯がなくなってしまったので、村長の家に運び込んだ物を分けてもらおうと思ったんだけど、
「やっぱり駄目だったかぁ」
と、火傷の薬を塗りながら、ユゼフ先生は残念そうな声をあげた。
「消毒液だけでも欲しかったんだけどなあ」
「無理ですよ。あの人たち、自分たちで囲ったものはテコでも渡そうとはしませんもの」
「自分たちは優雅にテラスでお茶しているんですよぉ!本当に頭にくるって感じですよねえ!」
「しかし、おかしいんだよなあ」
先生は塗り薬を塗り終わると、胸の前で腕を組み、悩ましげな声をあげて眉を顰めた。
「軽症の人間は本来、武器を持ち、部隊長の指示の元、前線に戻って戦うべきなんだよ」
だけど、貴族たちは戻らない。
ちょっとしたかすり傷、打身、打撲、そんな程度の人間まで紛れ込み、自分たちは負傷兵なのだからと主張して、建物から出てこない。
「私、常々思っていたんですけど、あんな状態ではサボっているのと同じ状況なのに、どうして上の人間が注意しないんですかね?」
マリーがそう言って、不服そうに口を尖らせた。
前線といってもタルヌフ村は主要基地から外れているため、貴族籍のお偉いさんが派遣されて来ない。生え抜きとも言える平民出身の士官がここを取りまとめているけれど、彼らも貴族の将校は居ないものとしているようだった。
「アグニエスカさんは何か聞いてはいないのかな?」
結界がなくなり、上空を敵の飛空艇が飛ぶようになってしまっている。ヤンが作ったという平面の結界しかないから、完璧に攻撃を防ぐことは出来ないし、大きな被害が出ているのは確かだ。
「私、ここに来てからすぐにルミアの拠点に一人で移動になったので、自分の親族と何も連絡が取れていないんです」
通信機器というものがあるんだけど、これ、魔石を使った魔道具というやつらしくって、私は使用する事が出来ないんだよね。
「でも、よくこんな風にあの人たち、戦いもせずにサボって要られますよね?敵軍が攻めてきて、もし我が国が負けたら捕虜決定って事になるのに、全然危機感がないんですよ」
イレーナの言葉に、治癒室に集まったみんながみんな、うんうんと頷いている。
「最前線って今はどうなっているんだろう」
「誰かに尋ねる事が出来ればいいんだけど・・・」
「アグニエスカ?なんで、濡れているわけ?誰かに何かをかけられたの?」
「は?」
後ろを振り返ると、顔色が悪い従弟のヤンが驚いた様子で立っていた。
前線に行って離ればなれとなってしまった従弟のヤンと会うのは久しぶり。それにしても、目の下の隈は酷いし、顔色も真っ青、げっそり痩せたように見えた。
「ヤン、大丈夫なの?具合悪いみたいだけど?」
「うっぷ・・いや、大丈夫・・転移酔いしただけだから。アガタ、これが従姉のアグニエスカ。さっさと転移させちゃいたいんだけど」
天幕から出た私たちは、少し離れた場所にある森の中へ移動すると、一緒に行動しているらしいアガタさんの方をヤンが振り返る。
アガタさんは私よりも背が低い可愛らしい少女で、着ているのが軍服という所が妙にしっくりとこない。可愛らしいワンピースを着た方が、ピンクブロンドの髪の毛にもよく似合うように思えた。
「すみません、アグニエスカさん、ちょっと失礼します」
アガタさんは私の手を握ると、一瞬、驚いた様子で水色の瞳を大きく見開いた。
そうして、私の顔を見上げると、
「やっぱり魔法が行使できない・・・」
と、驚きの声をあげた。
衛生班は麻で出来た白のシャツと黒のスカート、もしくは黒のパンツを履いて、エプロン、帽子、マスクを装着する。
紅茶で汚れたシャツを取り替えて戻ると、ますます顔を真っ青にしたヤンが、
「アガタでも駄目だったかぁ」
と、嘆くように言い出した。
「古代の転移陣は使えたから、転移魔法だったらイケると思ったんだけどな〜」
ヘンリーおじさんが私を移動させるためにアガタさんを派遣してくれたらしいんだけど、ごめん、ヘンリーおじさん、私、魔法という魔法が効かないから、転移だって出来ないみたい。
ユゼフ先生から休憩をもらった私は、食堂の小さなテーブルの上に紅茶とビスケットを置くと、
「転移は出来なかったかもしれないけど、ヤンとアガタさんが来てくれて良かったよ!」
と言って笑顔を浮かべた。
「本部の意見っていうのかな、上層部の意見っていうのが聞きたくて」
「どういうこと?」
ヤンが怪訝な表情を浮かべながら私を見上げるので、私は、軽症の貴族将校の話をすることにした。
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