第二十三話 サイモンの失望
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「サイモン様?あんな奴、どうでもいいのよ。顔だけが良いだけの奴って本当に頭は空っぽよね!」
可愛らしい婚約者の口から、まさかそんな言葉がこぼれ落ちるとは思いもしない。自分の感情の赴くままに、自らの婚約者をよりにもよって、腹違いの妹に代えてしまったサイモンは、自分の行いに激しい後悔を抱いたこともあったけれど、今はその後悔が最高潮となっていた。
パデレフスキ伯爵家の嫡男となるサイモンは、財務部に勤めているエリートだ。領地持ちであるパデレフスキ家は、歴史ある名家と言われるけれど、斜陽貴族の枠に入るのは間違いない。
斜陽ゆえに結婚相手は伯爵家よりも下位の貴族から伴侶を選ぶというのは理解していたけれど、まさかの男爵家。しかも、先代が魔道具開発で一発当てたというだけの新興貴族が相手とは思いもしなかった。
「お前の婚約者はアグニエスカ・パスカ嬢といって、巨大な魔力を持つスコリモフスキ家の血筋をひく令嬢でもある。我が家も魔力を無くしてから久しく、今までその事を放置してきたが為に、他家から馬鹿にされるという事態に陥っているのだ」
そう説明した父は、サイモンの顔をじっと見つめて言い出した。
「例え魔力なしであったとしても、お前の美貌に見惚れない、好意を持たない女性などいないであろう。是非ともその顔を使って、令嬢をたらし込んでこい」
他国では魔法使いが生まれなくなっているという話も出ているくらいなので、魔力を持たない貴族など別に珍しいことではないのだが、全く魔力を持たずに生まれたサイモンは、魔力以外のもので優秀であろうと努力した。
もちろん、両親はサイモンの努力など一切認めず、膨大な魔力の保有者である第魔法使いのひ孫をサイモンの婚約者として連れてくることになったのだ。
真っ赤な髪の毛のアグニエスカは幼少の時から生家を離れて、大魔法使いに育てられていたという。その事実だけで、サイモンは嫌になって仕方がなかったのだった。
魔力を持たない自分は、どれだけ努力をしたところで意味はなく、膨大な魔力を持つ男爵家の令嬢に媚へつらって生きていかなければならないのだろう。
湧き上がる嫉妬を抑えつけるのにも四苦八苦しながら、何とかアグニエスカと良好な関係を築こうとしていた時に、火傷をしたエヴァが泣きながらサイモンに助けを求めて来たのだった。
何でも、大魔法使いの元で修行をしたアグニエスカは傲慢そのものの性格で、気に入らないことがあると、すぐに火球を義妹であるエヴァに向けてくるのだという。いつか死ぬのではないかという恐怖で夜も眠ることが出来ず、苦しむエヴァはサイモンに助けを求めて来たのだった。
アグニエスカが義妹を殺しても構わないというほどの暴挙に及ぶ女性だというのなら、到底、婚約を続けることなど出来ない。
相談に乗っているうちにエヴァのことを心から好きになったサイモンは、アグニエスカに対して婚約破棄を突きつけ、婚約者の変更を求めたのだった。
領地では冷夏の到来で作物の実りが悪く、対応をするため領地へと帰っていた父は、王都に戻ってくるなりサイモンを殴りつけた。
「エヴァ嬢と結婚出来なければ家を継がないだと?そこまで女にのめり込み!夢中になってどうするんだ!バカかお前は!」
すると今まで反対していた母が、意味不明なことを言い出した。
「待ってちょうだい!エヴァさんのお腹の中にはサイモンの赤ちゃんが居るかもしれないというのよ!エヴァさんも炎の使い手として有名だと言うのよ?孫はきっと魔力持ちになるわ!ねえ貴方!魔力持ちの孫が手に入るのよ!」
母がそう言い出した時には、サイモンは頭を殴られたような気分に陥った。
確かに、誘われるままにエヴァと深い関係を持っている。彼女と行為に及ぶ時には避妊するように細心の注意を払ってはいるけれど、万全ではないという事は理解している。
「サイモン様!私、サイモン様のお母様に気に入られているんです!お姉様よりもよっぽど話しやすいって!気が合うのかもしれませんね!」
などと言っていた彼女が、実は自分が妊娠しているかもしれないと訴える事で、母の心をつかんでいたなんて。
「本当なのか?サイモン?」
父の言葉にサイモンは、
「妊娠しているかどうかは分かりませんが、彼女とは深い関係となっています」
と、答えるしかない。
姉から妹に乗り換えるなど体裁が悪いことこの上ない。だけれども、子供が居るのであれば仕方がない。魔力持ちの孫のためにと両親は結婚を許したけど、結局、エヴァは妊娠していなかった。
そのうち、平民落ちしたアグニエスカが職場で不倫をしていたとか、不倫相手の上司を告訴したとか、そのような噂話が王宮を駆け巡り、
「スコリモフスキの血を引いていたとしても、落ちるところまで落ちちゃったのね」
嘲りを含んだ女たちには、サイモンの婚約破棄、そしてエヴァと新たな婚約を結んだという話は好意的に受け止められるようになったのだ。
アグニエスカだけが悪女であり、恥知らずのまま。
「私たちの婚約の話を聞いて、王宮に勤める親友が力を貸してくれたんです」
と、エヴァは言っていたけれど、その親友とは、現在魔法省に勤めるクリスティナ・ピンスケル女史の事なのだろう。
「サイモン様の顔も見たいし、親友にも会いたいので」
妊娠していないという事が判明し、両親は男爵家で何のうまみもないパスカ家との婚姻を渋り始めていた。
イエジー殿下は病に倒れ、完全な結界が施されなくなった我が国の隙に乗じて、宣戦布告を宣言した隣国ルテニアは、国境線での衝突を繰り返し、結界の穴を使って戦闘飛空挺を我が国の上空に飛行させている。
王都は爆撃を免れているが、地方では被害が広がっている。
伝説の大魔法使いが住むブラス州の上空にも敵の飛空艇が飛来したが、爆撃は大魔法使いの結界の上に広がるだけで、一つの被害も出なかったという。
しかも、スコリモフスキの結界を、我がパデレフスキ一族の人間は誰一人通る事が出来ないという事が判明した。平民身分となった業者ですら通れない。
我が血族の人間は貴族であれ、平民に落ちた人間であれ、大魔法使いに敵として認定されて阻害対象となってしまっているのだ。
「これ以上、大魔法使いを怒らせられない。絶対に、パスカ家との婚姻は結ばない」
と、父が言い、
「私はサイモン様と結婚したい!サイモン様を愛しているの!」
と、エヴァが言う。
「私のはじめてを捧げたのはサイモン様なのよ?」
こう言われると、僕は彼女を拒絶する事が出来ない。
差し入れを持って職場に現れるエヴァを拒否する事など出来ない。
最後まで責任を取らなければいけないと焦燥感に駆られているというのに、エヴァ、君は今、なんて言ったの?
『サイモン様?あんな奴、どうでもいいのよ。顔だけが良いだけの奴って本当に頭は空っぽよね!』
サイモンは気分が悪くなって、逃げるように食堂から飛び出した。
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