第二十一話 おバカなエヴァ
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マルツェル・ヴァエンサの秘書官として働くクリスティーナは、魔法省の職員が良く利用する食堂で、友人でもあり、アグニエスカの異母妹となるエヴァと向かい合って座っていた。
エヴァは薄桃色の薔薇の花のような美しい髪に若草色の瞳を持つ、可憐そのものに見える美少女だ。黙っていれば、誰もが嫉妬するほどの可愛らしさを持っているというのに、自己顕示欲が強い。
人気があるサイモンの婚約者は自分なのよ!と、差し入れなどしながら主張しながらも、サイモンよりも他に優良物件はいないものかと、鵜の目鷹の目となって探しているようなところがある。
ある意味、ガッツがあるというか、向上心が高いというか、婚約者の職場で更なるステップアップが出来そうな相手を探そうという頭の悪さに辟易としながらも、クリスティーナはおバカなエヴァを有効利用しようと考えている。
「クリスティーナと職員食堂で食事が出来るなんて嬉しいわ!」
「そうよね、サイモン様とは働く部署が違うから、こちらの食堂の方はエヴァも使ったことがなかったでしょう?」
オムライスを一口食べたエヴァはうふふふと機嫌良さそうに笑う。
「ここの食堂は魔法省の人が良く利用するんでしょう?エリートが来るって事じゃない?誰かとお近づきなれたいいんだけどぉ〜」
「あなたの愛しのサイモン様はどうしたの?」
エヴァには姉からサイモンという婚約者を略奪した。この略奪物語は省庁の中でも一時期、噂となって広がったものの、アグニエスカと不倫上司の破局で破滅な物語の方がウケてしまったようで、そんな姉なら、妹に略奪されるのも仕方ないわねえという感じで、みんなに受け入れられている。
だからこそ、財務部へサイモンの婚約者であるエヴァが差し入れに行ったとしても、変な目で見られるというような状況ではない。
「サイモン様?」
今日も財務部に差し入れに行ったはずのエヴァは、フンと鼻を鳴らすと言い出した。
「あんな奴、どうでもいいのよ」
「え?どういう事?」
「顔だけが良いだけの奴って本当に頭は空っぽよね!」
エヴァは可愛らしい頬を膨らましながら言い出した。
「ルテニアとの戦争が始まってからスコリモフスキに不義理をしている我が家とは付き合いをしたくないって言い出して、予定していた婚姻式も延期になっちゃって」
「え?もしかして婚約破棄?」
「いや、まだ婚約中だから、差し入れだってしているよ?」
エヴァはオムライスをパクパクと食べながら言い出した。
「私の友達とかでね、義理の親が不満を持った状態で結婚しても、その後が大変とか辛いとか言ってるの。私もそんなのは嫌だなあって思っているしい、だからサイモン様じゃなくてもっと素敵な人を見つけたいかなあって思っていて」
相変わらずの逞しさに、クリスティーナは笑みを浮かべた。
「それで私に誰かを紹介してくれないか?なんてことを言い出したのね?」
「利用したと思ってる?怒った?でも、クリスティーナはこんな事で怒ったりしないよねぇ?」
庇護欲をそそる眼差しで、瞳をうるうるしながら見つめて来るので、通りかかった男性職員が見惚れた様子で足を止めている。
自分の魅力を有効利用ね、さすがエヴァだわ。
「怒ったりしないわよ」
そう答えてクリスティーナがサンドイッチを頬張ると、
「ピンスケルさん、食事中にごめん、ちょっといいかな?」
と、後ろから声をかけられた。
クリスティーナが後ろを振り返ると、上司であるマルツェルが、もしゃもしゃの髪の毛をかき回しながら困り果てた様子で立っていた。
「午後から殿下との面会が入っちゃって、作成済みの報告書を各部門まで持っていく暇がなくなっちゃったんだ。申し訳ないんだけど、午後一番の仕事っていう事で君に頼んでもいいだろうか?」
マルツェルの姿は、まるで大型犬が耳を垂れてしょげかえっているようで、その姿を呆れた様子で見ながらエヴァが鼻で笑っている。
おそらく、『仕事とはいえこんなダサい奴を相手にしなくちゃいけないだなんて、クリスティーナも可愛そう!仕事に生きがいを持っているみたいな風に見えても不憫よね!』とでも思っているのだろう。
「イエジー殿下との面会ということでしょうか?いつ頃を予定されているのですか?」
「殿下からは一応、13時との指定を受けている。1時間以上かかる事はないと思うんだけど、その後の状況によっては戻って来るのが遅くなるかもしれないんだ」
何処となくウキウキしているのが良くわかる、殿下の専属治癒師として離宮に派遣されているアグニエスカに逢えることを期待しているのだ。
「承知いたしました、ではその時間帯での面会などはお断りするようにしておきます」
「本当に申し訳ないけど、よろしくお願いします」
王家の血を引く癖に、全く偉そうな所がひとつもないマルツェルをクリスティーナは見上げると、
「マルツェル様、髪の中にゴミが・・・」
と言って、目元を隠すモワモワとした髪に手を入れて、何かを引っ張るような素振りをする。
目元を隠す前髪をちょっと持ち上げて、ゴミを取った素振りをしながら、その整った顔を下から覗き込む。
金の瞳はキラキラと輝くようで、高い鼻筋、男らしい口許、その全てが完璧なバランスで配置されている。
座って食事をしていたエヴァも、髪の毛の下に隠されていた美貌をその目に映したようで、ハッと息を吸い込む音が聞こえる。
「もうしわけありません、大きなゴミだったので付けたままなのもどうかと思いまして」
クリスティーナはそう言って、紙屑のようなものを手のひらに載せて見せると、
「この髪の量だと、ゴミが何処かに挟まっていてもわかりづらいんだよねえ」
元のもしゃもしゃの髪で目元を隠したマルツェル様は、あはははっと笑った。
「有難う、ピンスケルさん。それじゃあ、午後はよろしくお願いします」
「承知いたしました、マルツェル様」
食堂から出ていくマルツェルの背中を見送っていると、
「ねえ!ねえ!彼に一緒に食事をしようって言えば良かったんじゃないの?」
と、何故か声をひそめながらエヴァが訴えて来るので、
「マルツェル様はこのような場所で食事を取る身分の方ではないから」
と答えて微笑を浮かべる。
「え?どういうこと?」
「高貴な方が取る専属の食堂というものが存在するのよ?」
「ええええ?」
エヴァはしばらく考え込むと、前のめりとなって言い出した。
「職場の上司って言ってたわよね?あの人はクリスティナの物って事で問題ないから、彼の友達を私に紹介してよ!」
マルツェル様が私のものっていう発言は耳に心地よい。
まだ、彼は私のものではないけれど、近々、私のものになって欲しいとは思っている。
マルツェル・ヴァエンサの秘書となったクリスティーナは、マルツェルと適度な距離感を保ちながら、マルツェルを囲い込むように噂を広め始めている。
人は感情の生き物であり、周囲の感情や想いに影響を受けやすい。外堀を固めた上で、誰が一番魅力的なのかを考えさせたときに、周囲の同調圧力に飲み込まれるような形で思いを誘導することは出来るのだ。
「エヴァに紹介するのなら、誰が良いかしら・・」
そんなことを言って考え込む素振りを見せながら、クリスティーナはエヴァに男を紹介するつもりなどさらさらない。
珍しくこちらの食堂へとやって来たサイモンが、二人の会話を聞いてショックを受けたような表情を浮かべていることには気が付いていたから、これからどんな修羅場が訪れるのかを想像しながら、一人、ほくそ笑んでいたのだった。
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