人生のハットトリック
「聞いた?1個上の瀬川さん、ハットトリック達成らしい。」
東雲大学サッカー部OB会。4年の部員全員の就職内定を祝うために集まった居酒屋。同期のこの一言でネタの尽きかけてきた会場が一気に盛り上がった。
「あれだろ例のマネさんとだろ。」
「23にして達成って流石だな瀬川さん。」
我が部における『ハットトリック』とは、『結婚、子供、マイホーム購入』の3つを成し遂げることである。それを達成した暁にはすぐさま同期及び先輩後輩に知れ渡り祝福の嵐を受けることとなる。今回に関してもそれは例外ではなく、既に何人かが瀬川さんの祝勝会を企画し始めた。
「羨ましくなったか濱崎。内定も決まったことだしさっさとプロポーズしちまえよ。」
隣に座っていた同期の築地が声をかけてきた。
「軽く言うなよ。彼女めちゃ良いとこの子なんだよ。今の俺じゃまともに養っていけないし向こうのご両親だって良い顔しないわけ。」
俺が答えると、築地は顔を顰めて言う。
「そんなこと言ってたら彼女逃げちゃうよ。ずっと待たせてるんじゃないの?」
俺には3歳上の彼女がいる。バイト先で知り合い俺の一目惚れからの猛烈アタックにより交際に至った。
既に社会人である彼女は周りの友人の相次ぐ結婚報告に焦りを感じているようだったが、俺がまだ学生であることを理由に有耶無耶にしてきた。
内定が決まったというのは確かに区切りとしてはちょうど良い。
考え込んでいると築地が俺の目を覗き込んで言った。
「決心ついたか?協力するぜ。」
美食家の築地が勧める夜景の見えるレストラン。ファッションに詳しい築地と見定めた婚約指輪。母方の祖母が花屋だという築地と買いに行った花束。シチュエーションは完璧だ。
一応補足をするが、俺自身の意向が全く反映されていないわけではない。ただ、築地に相談に乗ってもらった。それだけのことだ。
それに大事なのは場所ではない。指輪の値段でも薔薇の花の数ではない。
俺自身の気持ちと、それを俺自身の言葉で伝えることだ。
プロポーズの言葉は、自分で考えた。
駅前で彼女と待ち合わせ、揃って入店。上品なBGMと鮮やかな料理にうっとりする彼女は今日も素晴らしく綺麗だ。
料理もお酒も程よく進んだ頃。ふと彼女と目が合った。ついにこの瞬間がやってきた。
震える手で指輪を取り出し、目の前に差し出す。
彼女の見開かれた目を見つめる。
プロポーズの言葉は…。
言葉は…。
「僕と、ハットトリックしてくれませんか!」