7話 緊急事態発生!
ぴきっ
ぴきぴきぴきっ
卵に縦に走った亀裂は、途中でいくつかに分かれ、そしてついに、卵の殻が割れた。
ゴクリ。
俺とイリスの喉の音が重なる。
そして、中からモンスターが姿を現す。
黒紫色の毛のない肌。
ずんぐりとした体躯は縦にも横にもでかい。
太くて短い腕と脚。
頭部には赤い目が覗いていた。
「お、おおお」
それは、何とも形容しがたい姿だった。
強そうと言えば、強そうだ。
体長は四十センチほど。
丸々と太った胴体に、関節がどこにあるか分からないほどに太く短い手足。
首が太すぎて、顔と首の境界がはっきりしない。
顔といっても、中心に小さな赤い目が一つあるだけだ。
耳も鼻もなく、口は開いた時に思い出したかのように目の下に出現するのみで、閉じていたらあることも分からない。
それでいて体色は全体が黒紫色で、目だけが赤い。
何というか、子供が絵にかいた怪物のような姿だった。
そして、生まれてから数秒で、俺とイリスはこいつが七つの大罪のうち、どの罪を背負って生まれてきたかを悟った。
クリエイトの特性印は、間違いなくその罪だった。
そのずんぐりとした悪魔は、卵から生まれてすぐ、その赤いつぶらな目を腕で眠たげにごしごしこすり、もう片方の手で尻をぼりぼり掻いた後、その場で横になった。
その場で横になり、短い腕で頭を支えながら、目を閉じた。
そう、間違いない。
その悪魔は、【怠惰】だった。
◇
そして、七日が過ぎた。
七日、というのも、この星ではちゃんと昼と夜が存在していて、一日の区切りがはっきりしている。
コアの光の吸収力が定期的に変化することで、星が暗くなったり明るくなったりするのだ。
自転は関係ない。
さて、俺がこの星に生まれたあの日から、変わったことと言えば、俺が創造主としての仕事をある程度身に着けたことぐらいだろうか。
最近の一日は、コアが光の吸収力を強め、星が明るくなることで俺が目覚めることから始まる。
目覚めた俺は、スター・パネルに向かい、近くにエネルギー溜まりやデブリがないかを探すのだ。
エネルギー溜まりとは、文字通りエネルギーが一か所に集中している場所のことで、近づくことでエネルギーを吸収できる。
他にも、宇宙空間には時々魂の残骸が霊的エネルギーとして蓄積している場所があって、それも近づくことで吸収し、MPを貯めることができる。
また、ここで言うデブリというのは、宇宙にある星ではない物体全般を表していて、場合によっては、貴重な資源が手に入ったりする。
俺はそれらをスター・パネルの画面で見つけるたびに、星を少し動かして近づき、手に入れるということをする。
一日中それをしているというわけではなく、創造主の力を使って星の地形を少し変え、バリケードのようなものを作ったりしてみた。
敵の星から攻め込まれた時の対策だ。
そんなこんなで、俺は創造主の仕事をまっとうしていたのだが……
「怠惰だ」
「怠惰なの」
自分はまじめに仕事をしているのに、同じ部屋でポテチを床にボロボロこぼしながらテレビを見ている奴がいたら、普通はどう思うだろうか?
俺は、ぶん殴りてぇ、と思う。
何を隠そう、この自由星クリエイトの住民のことだ。
最初こそ、100個もの魂をつぎ込んで生み出したモンスターに期待を寄せていたが、今では本当にこいつが使えるのか疑わしくなってきた。
朝から晩まで、一日中、ずっと寝ているのだ。
ダラダラ、ダラダラと、動くのは、寝返りを打つ時と、尻を掻くとき、それと、食い物をねだるときだけだった。
そう。こいつは食い物をねだるのである。
俺が様子を見ようとこいつに近づくと、寝転んだまま俺の脚をつかみ、口を開くのだ。
最初は何がしたいのか分からなかったが、やがて食い物が欲しいのだと気づいた。
俺が宇宙空間から集めたエネルギー体をやると、目を半分閉じたまま、パックリと開いた巨大な口でエネルギー体を吸い込み、俺の脚を放す。
エネルギー体を喰ったせいか、悪魔の体長は六十センチほどに成長していた。
「なあ、どうしてこの星にはこいつしかいないんだ?」
俺が、もう何度目か分からない同じ質問をイリスにした。
そして、同じ答えが返ってくる。
「それは、クリアか魂を全部あの子につぎ込んたからなの」
俺は無言で拳を握りしめ、ぐーたら悪魔へ向かって歩き出した。
「待って! その拳をとうするつもりなの!?」
「放せ! あのカウチポテト野郎に一発ぶち込まないと気が済まない!
俺がせっかく集めたエネルギーを全部腹の中に納めやがって!」
「落ち着いて!
あ、あの子はたった一人のこの星の住民なの!
それに、たった一人の兵隊さんてもあるの!
暴力はいけないの!」
イリスが俺にしがみついて必死に説得し、俺は仕方なく脱力した。
「そ、それに、あの子にも良いところはちゃんとあるはずなの」
「……例えば?」
「えっと、あのお腹の上て寝ると、気持ちいいの。呼吸でお腹が上下して、いい感じなの。
抱き心地もなかなかのものなの。
それに、上に乗っかるのを受け入れてくれるの。
きっとあたしに懐いてるの」
追い払うのが面倒なだけだろう、それ。
大体、完全にベッド扱いじゃないか。
それがあのモンスターの良いところなのか?
はぁ。
そもそも、この星にまだあの悪魔一体しかいないのは本来おかしいのだ。
普通、悪魔は一体生み出して放置しておけば、勝手に増えるらしい。
悪魔には生殖機能なんてものはなく、分裂するのか湧いて出てくるのかは謎だが、放っておけば増えるはずなのだ。
が、なぜかあの悪魔は増えない。
「大体、あいつは本当に使えるのか?
敵が攻めてきたとして、役に立つのか?
俺にはあいつが立ち上がる所は想像できないんだが」
「だ、大丈夫なの! きっと!
あたしもあの子か立っているのを見たのは、卵から生まれた時たけたけれと、敵かやってきたら何とかしてくれ――」
その時だった。
ビー―! ビー―!
スター・パネルから、なにやら警戒音のようなものが聞こえてきた。
「……おい、まさか」
嫌な予感がしてスター・パネルを見ると、画面は赤く点滅しており、警戒を表す黒と黄色の縞模様の帯に挟まれたところに、こう書いてあった。
緊急警報!
他の自由星との間に橋がかかりました。
モンスターが攻めてきます。迎撃準備をしましょう。
「「……マジ(、なの)?」」
こんなに早く他の星と戦争になるとは思わなかった。
といえば嘘になるだろうか。
正直、嫌な予感はしていたのだ。
今敵に攻めてこられたらまずいな、と。
だが、信じたくなかった。
まだ星には、一体しかモンスターがいないのに。
「ほ、星の大きさは!?」
あたふたしながらイリスが聞いてきた。
そうか!
スター・パネルで敵の戦力がある程度予想できる。
相手も生まれたての雑魚星だったのなら、まだ勝てる見込みは――あるのか?
考えるな!
俺はすぐさまスター・パネルを動かして、橋が架かった相手の星の大きさを見た。
敵は自由星ワッフル。
その星は、クリエイトよりも二回り以上大きかった。
どころか。
「いや、これ、直径で五倍ぐらいあるんじゃないか?」
「表面積は25倍なの。
たぶん、もう既にいくつもの星を吸収してるの」
だよなあ。
俺に気づかれずにここまで近くに接近したという事実。
その時点で、相手の星はステルス機能(宇宙の闇に紛れて見つからなくする)を備えるほどには成長しているということ。
生まれたばかりの星なんて可能性は、初めからなかったのだ。
「……勝てる見込みは?」
俺は鋭い視線をサポート役イリスに送る。
「やっばばばばばば!」
イリスは半開きにした口に手を当てて震えている。
大慌てだった。
勝てる見込みは――まあ、お察しだろう。
「逃げることはできるか?」
「はっ! そうなの!
あ、相手のモンスターか侵入してくる前なら、逃けられるかもしれないの!」
俺はそこで確認しようと顔を上げた。
俺の目の前には、クリエイトのすぐそばに迫る巨大な星と、クリエイトに侵入を果たした数十のモンスターがいた。
「「神は死んだ(の)!」」
二人して、神の使いとは思えない発言だった。
俺は半ば放心して空を仰ぎ、大きく息を吸って吐き出した。
もう一度大きく息を吸って、腕を組んで宣言する。
「カウチポテト将軍の働きに期待する!」