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ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
9/18

僕の避難所

(塔子)

「ねぇ、どうしよう。」

「塔子の好きにすればいいじゃん。」

「また、それ?」

高遠君って、ほんと適当なんだから。

「でも、そこらへんのタウン誌とかじゃないのよ?全国版の雑誌なのよ。」

「写真のるの?」

「わからない。」

「塔子の顔写真出る?」

「こういうのは……まぁ、お店と一緒に撮るんじゃない?普通。」

「いいじゃん。記念に何冊か買うわ。」

「……」

「元旦那にも送ってあげたら?」

「……」

役に立たない。この人ほんとに。電話を切る。

「ねぇ、タケコさんはどう思う?雑誌。」

「普通は、受けますよ。無料の宣伝じゃないですか。」

「そう?」

「反対に受けてマイナスのことを考えてみましょ?何があります?」

「……」

「店長が結局あまり目立ちたくないだけですよね。」

ため息ついた。

「美人のくせに控えめなんだから。」

「写真を断ればいいのか。お店だけにしてくださいって。」

「北欧家具の特集で、他のお店も取材されるんですよね。他の店が顔出ししててうちだけ人間の顔が映ってなかったら、なんか一軒だけあやしい店ですね。」

いいこと思いついた。

「高遠君が取材受ければいいのよ。あの人出たがりだし、口先うまいじゃない?」

「でも、店長のほうが写真映えしますよ。」

「……」


あまり乗り気ではなかったんですけど、受けました。取材。東京から、カメラマンと記事書く人、2人で来ました。

「まず、家具の写真を撮らせていただきたいんですけど。」

きれいな女の人だった。年齢は若く見えるんだけど、お化粧の仕方とか服の選び方が上手で、もしかしたら同年代くらいなのかなと思う。

カメラマンにいろいろ指示を出しながら、写真を撮っていく。ちょっとごたごたしそうだったから、お店は臨時休業にしていた。

店の端っこに座って、2人で写真を撮るのを見ている。なんか結構時間かけてああでもないこうでもないと言って何枚も撮ってる。

暇になって、ちょっと近寄って声かけた。

「あの、本当にうちみたいな店、取材されるんですか?」

何を今更と言われるか。

「え?」

ふとこっちを振り向いた顔が、素で驚いていた。ちょっと近寄りがたい感じが取れた。

「いや、こういう有名になる前の物って重要なんです。有名な物ってもう、みんな知ってるじゃないですか。掘り出し物見つけないと、わたしたちはプロなんで。」

ちょっと興奮している。

「うちの家具が掘り出し物ですか?」

リュースのパパには悪いけど、うちの家具ってわたしはもちろん好きだけど、なんというか素朴というか、そんな東京の雑誌社の人がわざわざ来て写真撮るほどのものではないのではないか?

「だって、日本全国でこの家具が買えるのは仙台のこのお店しかないんですよ。」

「でも、まぁ、わたしもわたしなりにインテリアとかの雑誌とか見ますけど、今、流行している北欧家具ってもっと、モダンというか、うちの扱っているのとはちょっと雰囲気が違うと思うんですよ。」

「だから、いいんですよ。もう流行しちゃったものじゃなくて、ちょっと違う物だから記事にしたいんです。」

そういうものか。

一通り写真を撮り終わると、テーブルについて質問を受ける。

「スウェーデンのそのリュースですか?本来なら海外へ輸出販売するような大きな会社ではないんですよね。」

「ええ。オーナーの祖父の方から続いている工房で、ずっと手作りにこだわって製造してきているので、生産規模も販売規模も拡大する意思がないんです。」

「それがどうしてこちらのお店とは取引されることになったんですか?」

「まぁ、出会いと言いますか。こちらから出向いて行って、売ってほしいと頼んだ時に人を認めてもらえたと言いますか。」

「藤田さんがですか?」

「ええっと、ああ、はい。まぁ、そういうことです。」

「では、藤田さんがこのリュースの家具を仙台で売りたいと思われたのはなぜですか?」

少し考える。

「同じ北国で作られた物だからだったんですかね?」

「え?」

「冬の厳しい土地で、あたたかく暮らすための物を売りたかったんです。それでこの木のぬくもりにひかれて。」

「ああ、それと、フォルムが独特ですね。丸い感じが。木目もきれい。こんなにきれいに木の色が見える家具、なかなかないですよね。」

「ひとつひとつの工程に手間暇かけているんで。」

「ぱっと見は派手ではないですよね。でも、飽きが来ないデザインですね。」

「ああ、ありがとうございます。」

自分がほめられてるわけではないんだけれど、お礼が出る。

「お店のコンセプトはなんですか?」

「ああ、うーん。コンセプトと言ってもいいのかな?」

「思いついたことをそのまま教えてください。」

「雪の中で明るく楽しく過ごす家族のような。」

「はぁ。」

「外が厳しく寒いときに、家の中があたたかく過ごしやすいことってとても大切なことだと思っていて、家族がささえあって生きていくときにそれを守る家があって、その家の中に置いてほしい家具と雑貨、なんですかね。結婚を予定されている方が、新しい家に置きたいとか。ご夫婦で散歩中によって、このテーブルいいねと言って購入されたりとか、そう言う場面に立ち会えると嬉しいです。家族で集まるあたたかい場面の名脇役になれる物を売りたいんです。」

「そこまでおっしゃるってことは藤田さんご自身も、素敵なご家族をおもちなんでしょうね。」

「あ、えーと。」

ははははは。乾いた笑いが出た。

「すみません。あの、逆なんです。」

「逆と言いますと?」

「まぁ、ちょっといろいろありまして、わたしは家族を失っているんです。」

あ、しまった、という顔をした。ライターさん。

「家族を失ったわたしだからこそわかる感覚、とでもいうんですかね。失ったことのない皆さんにとっては平凡な毎日こそ、かけがえのないものだという意識があって、だからこそ、素敵なお家で、素敵な家具でその家族と一緒に過ごせる時間を大切にしていただきたいという気持ちがあるんです。」

幸せそうにお店を去っていく顔を見るのが好きだ。1人で帰る人は、家で待っているだろう家族を想いながら、2人できた人は、お互いに笑顔を見せあいながら。

「すみません。ちょっと無神経なことを言ってしまいまして。」

「いえ。大丈夫です。もう、ずいぶん昔の話ですので。」

おそるおそると言った感じでライターさんに聞かれた。

「今は、お一人なんですか?」

「ああ、別れた主人との間に息子が一人いるんですけれど、一緒には暮らしておりませんので。1人暮らしです。」

はぁ、とため息つかれた。

「ま、わたしも1人ですが。すみません。おきれいな方なのにもったいないと思ってしまって。1人の方が自由でいいこともありますよね。」

あら、同族見っけ。

「最後に、お店のお名前の由来をお伺いしたいのですが……。」

「あ……」

失敗した。知らないわ。これ、高遠君が付けた名前。NEST。

「なんなんでしょうね。巣?すみません。名前をつけたものに聞かないと分からないわ。」

「あ~、そうですか。」

わたしは最初にもらった名刺を見た。

「本人に確認して、後からご連絡させていただいてもよろしいですか。」


最後にお店のあちこちに立ったり座ったりして、写真を撮られた。

「あの、できるだけ顔がちっちゃいのを使ってください。」

お願いをしておく。

「記事ができたら掲載の前に確認のためメールさせていただきますから。」

そう言って、お辞儀をして去っていく。なかなか物腰の柔らかな美人だった。


「来ればよかったのに。ライターさん美人だったわよ。」

「あ、無事終わったんだ。」

高遠君の声は明るかった。

「な、今晩暇か?店は今日休みにしたんだろ?」

「ラッキー、散歩連れてってあげないと。」

「散歩の後は?」

「何もないけど。」

「飲み、行かない?取材の話、聞かせてよ。」

「いいよ。別に。」

電話の向こうで彼が軽く笑う。

「何?」

「お前を誘ってかわいくいいよと言われたことが1度もない。」

なにか言い返そうと思ったら、じゃ、後で電話するからと一方的に切れた。


時々2人で行ったことがあるスペイン料理の店に行った。わたしが和食あまり興味ないの知ってるから、2人で食事するときは洋食が多い。あちこち旅行してる人なので、どこの国の料理もよく知ってた。

「そういえば、NESTってどういう意味でつけたの?巣?」

「ああ……。」

一旦口閉じて、また開く。

「なにを、急に今更……。」

「いや、まあ、そうなんだけど、ライターの人に聞かれたの。あなたに確認してからメールするって約束したのよ。」

「その美人なライターさん?」

「そう。美人なライターさん。」

「女の言う美人はあてにならないからな。」

いや、美人じゃないと教えないわけ?なにを勿体ぶってんだ、こいつ。

「教えられないようなこと?」

「いや、別に。」

ふっと笑う。この人、ただ、もったいぶってわたしで遊んでるだけです。多分。

「避難所とか、隠れ家って意味合いかな?俺の。」

「え?そうなの?」

ふとバイト始めたばかりの頃のゴタゴタしたお店を思い出す。そっこーでかたしちゃったけど、ほんとはあのゴタゴタした感じの方が、高遠君の隠れ家としてはよかったんじゃないか?

「あなたの隠れ家を勝手に改造しちゃってごめんなさい。」

そういうと、ぶっと吹き出したあと、しばらくくくくと笑われる。

「なによ。なんか腹立つわ。」

「変なところで殊勝なんだよな。塔子って。」

やっと笑い終わって言った。

「俺の隠れ家にお前が現れたとき、俺、結構運命感じちゃったんだよな。」

またこんなことをいう。

「しかめつらすんなよ。もう言わないから。」

その声が優しかった。男の人の優しさは、やっぱり心地よい。

「避難所が、今にも昔にも必要なんだよ。俺にはさ。」

「普通はそれは家ではないの?」

「普通はね。」

普通の男の人にとってはそれは奥さんの横ではないのか?

「多分、塔子が思っているほどには普通の男の数は少ないぞ。この世界には。」

「え?そうなの?」

そしてふと思い出す。

「ああ、うちの旦那は普通ではなかったな。」

外に女の人がいましたわ。

「また、旦那の話か。せっかく他の男といるのにな。」

「またって言われるほど口にしてないわよ。」

「いや、自覚してないだけだ。何度も聞いた。」

そうなの?

「でも、別に言ってもいいよ。俺ぐらいだろ。塔子のそういう話、聞いてやれるの。」

そんなこと…あります。

タケコさんやスミレちゃんには気を遣わせちゃうから、言えない。

「もうやめる。後ろ向くのは。」

「ほんと?」

「うん。」


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