過ぎた嫁
(塔子)
清一となっちゃんに女の子が生まれた。
「店長。ちょっと。普通は飛んで行くところでしょ?何遠慮してるんですか?」
「産んだばっかりで疲れているお嫁さんに気を使ってるんだって。」
「初孫じゃないですか。かえってなんで会いに来てくれないのか気を揉まれてますよ。ほら、お祝い持って。」
用意していたお祝いは、お店の控室にそれこそ赤ちゃんが生まれる前から置いてあった。結構ワクワクしてたんだけど、でも、いざとなると、気が引けた。
「今日こそは会ってお祝い言ってきてください。あ、写真見せてくださいね。」
すみれちゃんに店を追い出された。
自分がやってきたことを考えると、何をのこのこと会いに行くのだと思う。
自分の子供を抱かなかった女が、孫を抱くことが許されるのか。
びくびくしながら病院で、病室を聞いて探し出す。覗くと赤ちゃん以外誰もいなかった。なんとなくほっとした。顔を見たら、お祝いだけおいて帰ってしまおうと思う。
病室に足を踏み入れて、赤ちゃんの、千夏ちゃんの顔を見た。
本当にきれいな赤ちゃんだった。眠っていた。
目を開けないとわからないけれど、清一に顔が似ている気がする。
ふいに思い出した。
生まれたばかりのあの子を抱っこして顔を見たとき、そうだ、似ている。
こんな顔してた。
怖かった。あのとき、この子まで死んだらどうしようと思って。
でも、清一は死ななかったし、今ここに更にもう一つ、命が生まれたんだなぁと思う。
カメラを出して、写真を一枚撮った。
「お義母さん。」
「あ、見つかっちゃった。来てみたらなっちゃんいなかったから、お祝いだけおいて帰ろうと思ってたんだけど。」
「そんなこと言わないでゆっくりしていってください。」
なっちゃんが慌てる。
「わたしはね、合わせる顔がないんですよ。この子にも、清一にも。」
ついぽろりと口から出てしまった。
「これ、しばらくはまだ使わないと思うけど。」
なっちゃんが紙袋を開けた。秋冬用のおくるみ。青い地に雪の結晶の模様。
「気に入ってくれた?」
「これ……」
「うちの来季の商品になる、かな?この前仕入れでスウェーデンに行ったとき、試しに買ったのよ。」
「すてきです。」
なっちゃんの笑顔が見られた。
わたしはもう一度千夏ちゃんを見た。
「清一が生まれたばっかりの頃に似てるわ。変ね。男と女なのに。」
「だっこしてあげてください。」
わたしが見ると、なっちゃんはじっとまっすぐな目でわたしを見ていた。
「眠っている子を起こしちゃ悪いわ。また、今度ね。」
そういって出て行こうとして、ふと思い出した。
「そうだ。なっちゃん大事なこと忘れていたわ。」
わたしは彼女に向き合って手を取った。
「かわいい子を産んでくれてありがとう。清一のことこれからもよろしくね。」
息子を幸せにしてくれてありがとう。
「店長、お客さん。お客さん。大事なお客さんですよ。」
病院にお祝いを持って行ってから、2~3週間経ったときのこと。店の奥で仕入れのデータを整理しているとタケコさんに呼ばれた。メガネ外して店の表の方へ行くと、なっちゃんがベビーカー片手に笑って立っていた。
「ほんとかわいいですねぇ。」
タケコさんが騒いでいる。
「どうしたの?」
「一か月健診で病院に行ったので、帰りによりました。」
「ね、ちょっとだけ抱っこさせてもらってもいいですか?」
「どうぞ。」
失礼しますと言って、そっとタケコさんが千夏ちゃんの脇に手を入れる。
「うわぁ、やっぱり軽いわねぇ。生まれたての赤ちゃんは。」
今日は目をぱっちり開けていた。
「ほら、おばあちゃんだよ。」
わたしを指さして言う。
「おばあちゃんか~。」
そうか、わたし、おばあちゃんなのか。
「さ、店長も抱っこしてあげてください。」
有無を言わさず渡された。落とすわけにいかない。受け取った。ほんとに軽くてちっちゃかった。
「う~。」
うなった。千夏ちゃん。手を伸ばして、わたしの髪をひっぱった。
「すみません。一緒に写真撮ってもらえませんか。」
なっちゃんが言って、三人で写真を撮った。撮ったばかりの写真を見ながらなっちゃんが言う。
「せいちゃんに似てるから、やっぱりお義母さんにも似てます。」
「そう?」
「そっくりです。将来きっと美人になります。」
嬉しそうに笑った。わたしは千夏ちゃんをそっとお母さんに返した。
「清一は?相変わらず忙しくしてるの?」
「そうですね。でも、一生懸命早く帰ってきます。最近。」
なっちゃんは千夏ちゃんをそっとベビーカーに戻す。
「時間あるとき、うちにも来てください。千夏の顔を見に。わたしもせいちゃんも待ってるんで。」
長居せずに立ち去る。
「店長が自分から行かないから、苦労してわざわざ来るんですよ。」
案の定タケコさんにしかられた。
「小さい子外連れて歩くのってそりゃ、大変なんですから、向こうから気をきかせて来る前にちゃんと会いに行ってくださいよ。」
「はい。」
「いいお嫁さんですね。」
ふとタケコさんしみじみという。
「そうね。わたしにはすぎた嫁だわ。」
「いや、違う。店長。今の言い方はおかしい。」
「だめ?」
「店長のお嫁さんじゃない。清一君のお嫁さんです。」
(清一)
「ただいま。」
「おかえり。」
なつがテレビ見ながら洗濯物をたたんでいる。
「千夏は?」
「寝てるから邪魔しちゃだめだよ。」
ベッドへ寝顔を見に行く。
「寝てるって。」
「顔見るだけ。」
ちっちゃい顔、ちっちゃい手、ちっちゃい足。じっと見る。ほんとあかちゃんってちっちゃい。すやすや寝てた。おもちゃみたいな縮こまった手に触ろうとしたら……。
「せいちゃん、起きるからだめ。」
「起きたら俺が寝かすじゃん。」
「もう、起こされる千夏の身になって。」
あきらめました。
「つかれた。」
ソファーにぐたっと座った。
「ね、せいちゃん。見て見て。」
なつがデジカメを渡してくる。
「なに?」
画面をのぞく。
「あれ?お店行ったの?今日。」
「うん。病院の帰りに。」
「ふうん。」
母さんが千夏を抱っこしてなつと並んで笑っていた。
「それだけ?」
ちょっと不服そうにする。僕は笑った。僕からデジカメを取り上げて、もう一度自分で満足そうに画面をのぞいている。
「やっと抱っこしてもらった。」
そう言って笑ってる。
「気にしてたの?」
母さんは、なかなか千夏に会いに来ない。それに、やっぱり抱っこしてくれない。なつは下手すると実の息子の俺以上にそのことを気にしていた。
なつにとってみたら、それは、おおごとなんだと思う。なつみたいにたっぷりと愛情に触れながら育ってきた人にとっては。
「せいちゃんとお母さんってちょっと似てるの。」
「顔が?」
「いや、違う。まあ、顔も似てるけど。ほっとくと遠ざかろうとする。だから、こっちから追っかけないといけないの。」
「え?」
俺がいつ遠ざかった?君から。
「わたしがいなかったら、せいちゃんもおかあさんも離れたまんま。憎しみあってるわけでもないのに。」
なつは軽く僕をにらんだ。
「わたしがいなかったらどうするの?」
僕は彼女を軽く抱きしめた。
「それはいなくなってから考える。」
なつは怒った。
「今の返しは0点。」
「……」
この場合、なんて返すのが正解だったんだろう?