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ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
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迷子になった兄弟

(塔子)

それからまた、時間が過ぎていった。秋が来て、冬が来て、春が来た。大地君がスウェーデンへ行って2年目になるときに、エマからのメールで大地君に給料を出すことになったと知らせてきた。見習いの額だけど。ビザの件も何とかしてくれると。日本側で必要な書類のフォローを頼まれた。

「それにしても大地君、たまには帰ってくればいいのに。」

タケコさんがぼやいている。

「ま、でも、お金に余裕ないんだろうね。」

これから先、どうやって生きていくか決まってない。あの子。見習いの額でも給料が出ると聞いて安心した。

「このまま、スウェーデンに居ついちゃったりして。」

「う~ん。」

普通はないと思う。でも、大地君ってちょっと普通じゃないかも。

「恋人とかいなかったんですか?青い目の。」

「そんなん知らないわよ。本人や周りの人からはそんな話出てないけど。」


そんなやり取りがあった後、仕事での関連性もあって参考にとでかけたとある市の新しく手掛けた再開発の商業区。地方のまだ小規模だけど注目を浴びている若手のクリエイターの制作している服とか、陶器とか、雑貨、小物、食品やスイーツのお店を集めたエリアで、アート色の強いお店が多かった。アートの一環だろう、若手クリエイターと一緒にまた、伝統工芸のお店の出店もあって、偶然見つけてしまった。

本店はもちろん別で、ここは出店なんだろうと思うけど、大地君のご実家の家具屋さん。そうか。ここの市だったのかと思う。素知らぬふりして中に入る。昔ながらの和箪笥。

もともとわたし、外国の物が好きな傾向が強かった。若い頃は特に。だから、お店に置く物も当初は北欧の物が中心。だけど、いつからかな?日本の物もやっぱりいいなと思うようになった。年を取ってから。日本ってやっぱりモノづくりの国なんだよね。とてもていねいにつくられている。

子供の頃から当たり前のように自分を包んでいる美しさのようなもの、当たり前すぎてなんか好きになれなくて、でも年を取ってきてみると人はそこに帰ってくるのだろうか。

結構なお値段するな、と思いながら、そーっと箪笥の引き出しを開けてみた。

木のいい香りがした。

そしてそーっと今度は引き出しを戻す。ぴったりと収まる。

たしか、安物だとこのとき、別の引き出しが空気圧かなんかの関係で出てきちゃうってきいたことがあるんだよな。さすがだな、老舗と思いながら家具の表面をそっとなでる。重厚な木の色合い。

「気に入られましたか?」

ぱっと後ろを向いた。そして、ほんとに驚いた。

「ええっと、すみません。どちらかでお会いしたことがあったでしょうか。」

自分より一回り半くらい若い男の人。作務衣というんだろうか?和服着てる人。わたしの顔色を見て、彼も驚いてしまった。

「あ、あの、すみません。ちょっと知り合いにそっくりというか……。」

「はぁ。」

「もしかして、お名前、清原さんとおっしゃいますか?」

ここで、相手の顔色が変わった。

「あの、知り合いというのは、もしかして大地のことですか?」

がしっと両腕をつかまれた。いや、そのがたいでそんながしってつかまれると、まじ怖いです。動けない。

「あ、すみません。」

いきなり慌ててぱっと手を離すと、おっきい体縮めて平謝りに謝った。

「ほんと、すみません。申し訳ありません。」

うん。顔も体も、なんかこういう仕草というか行動も、やっぱりなんとなく似ている。この人……。

「大地の兄です。清原大晴たいせいと言います。」

ああ、なんか、石を投げたら何かにあたっちゃったじゃん。どうしよう。


近くにあった和菓子カフェ?みたいなとこはいって。ま、折角ですから和菓子と抹茶のセットを頼みました。お茶だけだとお店にもなんか悪いし。

「藤田塔子と申します。」

一応名刺を持っていたのでお渡しした。

「NEST?」

「お店の名前です。仙台で輸入家具と雑貨のお店をしているんです。」

「仙台……。」

お兄さんが名刺を持ったままでしばらく黙る。

「弟は、仙台にいたんですか。」

「4年ほど前から去年までは。」

「というと?」

「今は、実は、スウェーデンにいます。」

お兄さん、ぽかんとした。

わたしは事情を説明した。しばらくぽかんとしていたけど、途中でふっと笑った。

「あいつらしいですね。」

「ご実家には全然、連絡を入れていないんでしょうか?」

「俺が、やっぱり悪いんですかね?あいつをそんなに蔑ろにしたつもりはなかったんですけど。」

そういって苦々しく笑った。お兄さん。

なんとなく何を言えばいいのかわからなくて、お茶を飲んだ。ピンクの桜の形の和菓子が来てるんだけど、なんとなく手が出せない、この雰囲気。

「あいつ、なんて言ってましたか?俺のこと。」

うーん。言いづらいです。大地君の個人的な心情を勝手に。

「すみません。あの……」

「はい。」

「ええっと、本人じゃないと言いづらいです。言っていいのかどうかわかりません。ただ、怒ってるとかそういうのではなくて、帰りたいけど帰れないんだと思います。」

「本当ですか?」

「はい。ご実家と縁を切りたいとかそういう風に怒っていたわけではないです。」

お兄さんはため息をついた。

「あいつが、高校卒業して働き始めたとき、俺も大学卒業したてて会社で仕事始めたばかりで。」

石畳の道をばらばらと行きかう人々。今日は平日だったから、そんなに人通りは多くない。

「余裕がなかったんです。子供の頃からお前は跡継ぎだって言われながら育って、責任みたいなのが自分が別に望んだわけじゃないのに肩に乗っかってて。あいつは、そんなのなしで自由に育ってたから、もっと奔放で……。羨ましかったんです。俺が何かいうと親父に隙さえあれば、そんな考えでやっていけるかと説教をくらう。あいつには甘いんですよ。みんな。親父も周りの大人たちも。それで、その甘い考えのまま会社入ってから、ああしろこうしろ言ってきたからつい、自分が昔親父にやられたことをそっくりそのまま返してやった。ぐうのねも出ないほどにひとつひとつ、つぶしてやったんですよ。」

両手で顔を覆った。お兄さん。

「気がついたら、自信をすっかり失って、家を出て行ってしまってた。それで、気づいたんです。俺は自分が親父にされて嫌だったことを弟に繰り返して、何をしてるんだろうって。」

お兄さんも大変だったんだなとぽつりと思う。

「お袋がすっかり参ってしまって。いつも親父のかげにいて大人しい人なんですけど。俺と大地が仲たがいしてしまったのも、大地が帰ってこなくなってしまったのもこたえたみたいで。他の物は特にいらなくても、家族だけは仲良くいてほしいって人なんで。」

ふと顔をあげて、我に返った。お兄さん。

「すみません。初対面の方にこんなべらべらと家のこと話して……。」

「あ、いえ。これも何かの縁ですので……。」

なんとなく黙る。わたしは残されて硬くなり始めているかもしれない和菓子に竹楊枝をそっとさして、口に運んだ。かすかに桜の香りがする気がする。

「大地君、でも、自分に自信つけてまたお兄さんに会いに来るって言ってましたよ。」

ついぽろりと余計なことを。これがお節介というのだわ。言ったそばから反省する。

「大地がですか?」

「はい。今、弟子入りしている工房で思うような家具が作れるようになったら、お兄さんに会いに行くって。」

お兄さんは遠くを見つめた。

「俺も、自分なりに一生懸命だったけど、あいつもあいつなりに一生懸命だっただけなんですよね。俺もあいつもただ、家族で続けてきた生業を守りたかっただけなんだ。」

「はい。」

「でも、俺は大地が帰ってこなくなったのはともかく家を出たのはよかったと思ってるんです。あいつのために。」

「どうしてですか?」

「自由に好きなことをしたほうが、きっとあいつはいいんです。俺には家業があるけど、あいつまで縛られる必要はない。」

そう言って、ふっと笑った。

「伝統工芸だなんて、国や県が持ち上げたってね、生き残る術まで教えてくれるわけじゃない。こんなに豊になって、金さえあれば家具なんて世界中から選び放題ですよ。昔のように売れないんです。どうやって守るか、生き残っていくか、全部自分たちで考えてやっていくしかない。一体俺たちに任された役割って何なんだろう?ってことまで最近考えます。」

「役割ですか?」

「よくわかんないんですけど、俺みたいな立場の場合は、少なくとも数を売ることではないのかな、と思うんですよ。時代の流れと逆行するみたいですが。」

「大量生産大量消費ではないってこと?」

こっちを見てにこっと笑った。

「なんか話が合いますね。珍しいな。こういうこと言うと、みんな、何言ってんの?ってぽかんとするのに。」

「ああ、まぁ、わたしの取引先の家具屋さんもそういう時代の大勢にいつも疑問を呈している人なので。」

リュースのパパのことです。

わたしはまた桜を口に運んだ。お茶を飲む。すっかり冷めてしまいました。

「広く探せばきっと今の時代、同じような考え方をする人が増えてくるんじゃないかな?ま、少ないと思いますけど。」

「そうですか?」

「日本の高度経済成長ってもう、終わったじゃないですか。それで、世界の中で生きていくときにね、ただ、もう、大量生産大量消費ってことではないと思うんです。もっと、自分たちの良さみたいなのを見つめて、守っていかないと。単純なGDP1位がすごいみたいな価値観だけで、進むことができない時代に来てるんだと思うんです。もっと様々な価値観を持って、生きていかないと。」

思わず熱弁してしまった。しまったと思う。初対面の人にむかって、しかも年下。

「すみません。変な話して。」

「あ、いや。」

お兄さんが、楊枝を持って、思い出したように和菓子を口に入れた。体の大きい人が、一口でがばっといかないのが、ちょっと不思議で、ま、でも、育ちがいいのだな。この人。

「驚きました。藤田さんのような年代の方で、しかも、失礼ですけど、女性の方でそんなふうに考えられてる方、初めてです。」

「すみません。あの、受け売りです。その、スウェーデンのオーナーの。」

パパと話していると、ちょっと高尚な話になることが多くて。哲学的な人なので。

「それが、その、大地のお世話になっている工房の方なんですか?」

「ああ、はい。そうです。もう60代のおじいさんですが。」

「いいところに行けたようでよかったです。」

ちょっと安心したみたいだった。

「すみません。お時間取らせまして。」

「あ、いえ、こちらこそ、お仕事中にすみませんでした。」

ぺこりとお辞儀をする。

「あの、時々大地君の様子をお知らせします。彼には内緒で。」

「あ……」

お兄さん、ごそごそと自分の体をさぐる。

「すみません。よろしくお願いします。」

名刺を受け取った。


帰り道、途中で暗くなってしまった。夜の道はそれでも、春の明るさを帯びている。すこしずつ明るく暖かくなる季節だ。

運転しながら思う。あの、迷子になってしまったような兄弟が未来でもう一度出会ってほしいと。

大地君にはやっぱり日本に帰って来てほしい。

お節介ではあるかもしれないけど、そう思ってしまった。

他人ではあるけれど、出会って、関わってしまった。

他人ではあるけれど、幸せを願う。何かそう思わせるものが弟にも、お兄さんにもあったと思う。

変なものだ。自分のことばっか考えていて、自分の家族をおろそかにしてきたわたしが他人の心配なんて。

でもね、きっと、自分が失敗したからなんだろうなぁ。

だから、ほっとけない。自分にどこか似ていると思うから、ほっとけない。


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