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ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
3/18

不安定な見えない海

(塔子)

「トーコが連れてきた子ならいい。我々は無条件で受け入れる。」

オーナーはそう言った。緊張していた大地君が興奮に頬を赤くして、目をきらきらとさせていた。

「だけど、誰でも受け入れるわけじゃない。トーコとヒデキが連れてきたからだ。2人の信頼を裏切るようなことはしないな。」

「はい。」

「それと、物にならないと思ったらすぐに終わり。わたしは、道を求める者の前には簡単にドアをあける。新しい人たちに機会を与えることも自分の役割だと思っているからね。だけれど、真摯に取り組まない者については容赦しないよ。」

「はい。」

エマが傍に立ってほほ笑んでいる。

「不思議だね。不思議な縁だ。」

そういって、オーナーは笑った。

「ヒデキがいなければ、こんな離れた日本とスウェーデンでこんなに深い縁がつながるとは思わなかった。ヒデキがトーコを連れてきて、次にダイチを連れてきたんだな。」

一目見たそのときから、オーナーは大地君が気に入っていた。

次の日から大地君は早速工房に連れていかれていた。


「トーコ」

その日の夜、オーナーが自宅にわたしたちを招いてくれて、オーナーの家族とわたしたちで食事をした。食事の後のコーヒーを飲んでいるときに、パパに呼ばれた。

「ダイチは一体どういう子なの?」

一瞬緊張した。だけど、パパはいたずらっ子みたいに目をきらきらさせて、楽しそうにしていた。

「どういう子って?」

「エマに聞いていた彼のプロフィールだと、あの子は学校で加工を習った以外は2年ぐらい家具の製造の会社に勤めただけなんだろう?」

「そうね。」

「まさか。そんなキャリアじゃないよ。彼は。」

「どういうこと?」

「僕はずっと長いこと、この仕事をしてきたし、職人になりたいって人間を何人も見てきたからわかる。」

ほほ笑んでいるパパの目じりのしわをじっと見る。普段は厳しい顔ばかりしているから、こんなに機嫌がよさそうなのを見るのは珍しい。

「子供のころから、モノづくりの近くにいた子だよ。たぶん、木のにおいをかぎながら、それこそ赤ちゃんの頃からね。育った子だよ。」

「そうなの?」

「自分と同じ人間だと感じる。ダイチを見ていると。木に触れていないと、何かを作っていないと落ち着かない子だよ。生粋の職人だね。」

パパはたしか、この工房をパパのパパから受け継いでいるはずだ。だから生まれた頃から、木のにおいに囲まれて、周りの大人が物を作るのを見ながら育った人だ。

パパのきらきらとした目を見ていて、少し残っていた心配のかけらも吹き飛んだ。

きっと、人は出会うべくして出会うことがある。わたしたちの出会いはきっとずっと昔から決められていたことだったんじゃなかろうか。

そう、思った。

出会いもあれば、別れもある。人には。

人生の前半で、別ればかり経験したわたしは、今ようやく、出会いの時期に来たのだろうか?そう、ぼんやりと思った。


何日か過ぎて、わたしたちは日本へ帰ることになった。大地君は滞在許可ぎりぎりまでとりあえず滞在し、許可証がもしおりるようなら、そのまま日本へ帰らないと言う。

「さみしくなるわ。」

わたしがもう一度こりずにこういうと、大地君は今度は笑い続けることはなく、にっこりとした。

空港で、飛行機の時間になるのを待っていて、高遠君は奥さんと娘さんへのお土産を買いに席を外してる。思ったより早く着きすぎて、わりと時間が余ってた。

「本当にありがとうございました。店長。」

ため息が出る。

「なんかお別れみたい。」

「追い出されないようにがんばります。」

この子は、とりあえずここで家具を作って、それでそれから先どうするつもりなのだろう?何年、こういう生活をするつもりなんだろうか?

普通なら聞くであろう疑問をわたしはたずねなかった。

なぜって……。

なぜだろう?

そうだな、この子、いわゆる日本の今言う一般常識で測れる子ではない気がして……。

「大地君って、お気楽ご気楽ではないよね。」

「はい?」

「今の日本だったら、要領よくやればそれなりにお気楽ご気楽に生きられるじゃない。もちろん、大勝利ではないけれど、十分満足いくようなレベルでさ。」

「はぁ。」

「不安定な見えない海に飛び込めるのがすごい。この平和な豊かな時代に。」

きょとんとわたしを見た。

この人はたぶん、わたしが言っている意味をきちんと理解していなくて、そして、将来も理解しない。理解しないから大地君なんだと思う。

高遠君が自分には持っていないものを大地君が持っているって思って、羨ましいと思う気持ちだって、この子はきっと一生わからない。


「あなた、昔、何があったの?」


自分のやりたいことの入り口に立った今なら、聞いても許されるような気がした。もう、手放して自分から離れていくような気分も手伝っていて。

彼の喜んでいる光のようなオーラが、一瞬揺らいだような気がした。


「言わなくてはだめですか?」

「いや、今言えなかったらいつか教えて。」


そう言って黙る。手持無沙汰なので、たばこを出した。離婚してから、高遠君の影響かな?始めたたばこ。


「ちょっとつらいことなら、ね。」

「はい。」

「自分で乗り越えてくものなんだ。人って。」

ふーっと煙をはく。高い高い空港の天井へとゆっくりのぼる煙。途中で消えていく。

「でも、すっごいつらいことは、一人ではなかなか乗り越えられないと思う。人に話せるようになったら話してしまったほうがいいよ。」

そう言った。

そう言ってる自分を少し不思議に思いながら。

いろいろあった自分が、人に今、こんなことを言ってる。

「店長にもあったんですか?そういうこと。」

「うん。そうですね。ありました。」

そう言ってから、たばこを消した。携帯灰皿に吸い殻を入れる。

「秘密にしてくれる?」

お店の人は知らない。高遠君も。

「何を?」

「わたしはね、二回自殺未遂をしてるのよ。」

大地君が目を丸くした。ほんとに驚いて、口をぽかんとあけている。

「誰にも言っちゃだめよ。絶対に。みんな知らないんだから。」

そう言って、いつもは腕時計で隠している手首を時計外して見せた。

「もう、薄くなっちゃったかな。」

手首を切った痕。

彼、顔が少し青ざめたんじゃなかろうか。

「ごめん。ちょっと刺激が強すぎたか。」

まずい、まずい。時計をもう一度つけました。

「驚かせたかったんじゃなくてさ。わたしはつらいことがあったからわかる。そのときは周りの人に助けてもらったから立ち直ったの。君も、わたしでもいいし、他の誰かでもいいし、話せる時が来たら、話したほうが楽になるよ。」

彼はしんみりとした。広くて明るい空間の中で、彼は迷子になった子供のようだった。とても小さくて、頼りなくて。

そして、ぽつりぽつりと話しだした。

「僕、家が家具屋なんです。」

「ええっと、売る方?」

「いや、作る方です。」

そして、屋号を言った。

「え?」

有名な伝統工芸のおうちだった。

「でも、今、こんなとこいて、お家手伝わなくていいの?」

ため息をついて、寂しそうに笑った。

「家は、兄がいるので大丈夫なんです。家具を作る職人さんだって十分にいるし。僕の居場所はあそこにはないんです。」

わたしは彼の履歴書を思い出した。違和感のあった個所。

「もしかして学校を卒業してすぐに働いたのは、お家だったの?」

「はい。すみません。嘘ついて。」

やっぱり。なんか、高校出てすぐフリーターっていうふうには見えなかった。ちゃんと就職しそうな真面目な感じがあったから、この子。

「兄とうまくいかなくて、自分は自分なりにもっといろいろな新しい方法を経営にも作るほうにも入れたほうがいいって、でも、一つも聞いてもらえなくて……。そんなのよくある話なんでしょうけど。」

そう言って笑った。

「僕は繊細すぎるんですかね?子供の頃から、兄がいれば自分はこの家にいなくてもいいんじゃないかってずっと思っていたのが、表に出ちゃったというか。耐えられなくなって、家を出てしまったら、なんか気まずくて、家と連絡取ってないんです。」

「じゃあ、大地君が今、スウェーデンにいるってこともご家族、知らないの?」

寂しそうに笑った。彼。

「僕が仙台にいることも知らなかったですからね。」

少し息をのんだ。

「そこまで、縁を切ってしまわなければならないほどに、ぶつかってしまったの?」

彼は黙った。

「僕が、つぶされそうになっちゃうんです。家へ帰ろうと思うと。後少しのところで、ふんばって立っているのが、家へ帰ったら、ああ、やっぱり僕は要らない人間なんだって思っちゃう気がして。」

「そんな要らない人間だなんて、そんなことはないでしょ?あなたは。」

そういうとあたたかい顔で彼はわたしを見つめた。

「不思議だな。」

「何が?」

「僕、結構人の好き嫌い激しくて。表には出しませんけど。」

「そうなの?」

「おざなりなこと言う人って大嫌いなんです。でも、店長に言われると不思議と聞けるのは、店長もいろいろあった人だからなのかな?」

しばらく黙って大地君の顔を見つめた。

「まぁ、そうなのかしら?よくわからないけど。」

彼はため息をつくと、前かがみにしていた姿勢を正した。

「本当にありがとうございました。僕、ここで死に物狂いでがんばります。いつか胸を張って、僕は要らない人間なんかじゃないって思えるように。」

そう言って笑った。

「いつか兄に堂々と会える自分になります。」

後ろ髪をひかれながら、わたしは飛行機に乗った。

やっぱり母親のような気持ちだったのかな?或いは、そう、仲間のような。かつておぼれたことのある人間が、同族を相憐れむような、そんな感じだったのかな?

うん。そう。わたしが母親なんておこがましい。

同族を相憐れんでいるんです。

元気になってほしい。


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