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ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
18/18

パパの来日

(塔子)

駅ビルに出店して、3年目。

慌ただしくも楽しい日々が過ぎていった。

すみれちゃんと大地君はいつの間にか周りのみんなの公認の仲になって、早く結婚しろとからかわれている。

ただの農家の倉庫だった工房は、倉庫をつぶしてもっと広くて使いやすい建物を建て直した。

千夏ちゃんはすくすくと大きくなった。おしゃべりをするようになって、時々びっくりするようなことを言って周りの大人を笑わせている。


そんなある日、春を待つ時期にエマから電話が入った。

「はい。」

「トーコ。」

「エマ、久しぶり。珍しいね。エマから電話くれるの。」

「ちょっと頼みがある。」

「はい。」

「パパが、もう仕事を引退した。」

「うん。」

「引退したら旅行がしたいと言って。日本へ行きたいと言っている。」

「へ?」

「わたしは仕事を休めない。一緒に行けなくて困ってる。」

「そんなの、わたしたちが案内するから大丈夫よ。」

「本当?」

「空港まで迎えに行って、ちゃんと案内するわ。大丈夫よ。」

「そうか。よかった。」

声からエマがほほ笑みをうかべているのを思い浮かべた。

「うん。」

「パパはヨーロッパから出たことない。初めての遠い旅行なんだ。」

「そうか。」

「でも、とても楽しみにしている。ヒデキとトーコとダイチの国を見たいっていって。」

じんとした。いつもお世話になってばっかりだった。パパには。

「エマ、安心して。今までお世話になったぶん、いっぱいお世話するから。」


「ほんとに暇な人ね。」

「塔子は最近輪をかけて俺に冷たいな。こんなにお前のためにいつもがんばっているのに。」

すねた。高遠君。新幹線で東京へ向かう途中で。

「しかも、今回東京でどこ連れてくかとかいろいろ、全部俺やってるじゃん。お前、口しか出さない。」

「わたしは忙しいのよ。限られたスタッフでやってるんだから。」

「お前さ」

「なに?」

「ありがとうって一言いえば、こんなに長く話す必要ないのに。」

「ありがとう。」

「そんなにあっさり言うなら最初っから言えよ。」

もともと、愛想のいいほうではないけれど、高遠君相手にたぶんわたしは一番愛想が悪くなる。

「京都とかは行かないでよかったのかな?」

「日程がな、足りないな。それに、パパ一番見たいのは大地君とこだって言ってるし。」

「師弟愛だね。」

そっと窓の外を見る。

東京で、浅草とか築地でお寿司とか、少し遊んで一泊して、日光で一泊して、次に仙台へ向かう予定だった。

「まさか、あのテーブルを5つ買ったときにさ。」

「うん。」

「こんな未来が待ってるなんて思わなかったな。」

遠い目をしていた。高遠君。

「塔子に再会して、大地君が来て、それもさ、どっちもあのテーブルがなかったら会わなかったわけじゃない?」

「そういえばそうだね。」

「すごいなぁ。そんなもの作っちゃうんだから。」

ちょっと子供みたいな少年みたいな顔になった。

「憧れる?職人。」

「……」

返事がなかった。


2人で空港の到着ロビーで並んでいると、パパがゆったりと歩いて出てきた。せかせかと歩く他の人たちの間で、浮いていた。だからすぐわかった。2人で手を振るとにこにこした。

「ヒデキまでいると思わなかった。わざわざありがとう。」

「ほら、塔子。」

「なに?」

「パパみたいな年配の人だって、こうやってすぐに感謝してくれるのに。」

今日という今日は本当に怒らせちゃったみたい。また言われた。


70手前のパパの年齢を考慮して、移動は全部タクシーつかまえて、ひとつひとつゆっくりと回る。

「日本はサービスのいい国だと聞いていたけれど本当だね。そういう精神がていねいに物を作ることにもつながっているのかな?」

「それは大地君のこと?」

「うん。そうだね。」

「日本人だから全員がていねいに物をつくるとも限らないよ。」

「そうなのか?」

「大地君を基準にするのは間違っている。」

「そうか。ダイチに久しぶりに会うのが楽しみだな。」


「ちょうど梅の季節だからな。」

そう言われて、水戸の偕楽園にも行った。

「こっち向いて」

パパと一緒に梅を背景に写真を撮られる。ときどき一人でのところを隠し撮りされた。

「なんか高そうなカメラじゃん。」

「迷ったんだけど、荷物なるからさ。でも、折角だと思って。」

そう言って、撮った画像を目を細めて見ている。

「人生って長いようで短いな。」

「なに?明日死ぬようなこと言ってんの。」

「でも、きっと後にも先にもこれ一回なんだろうなぁって思って。」

「なにが?」

「お前と旅行してんの。」

「……」

「一生忘れない。」

色とりどりの梅がきれいだった。白、薄紅色、桃色。

「日本で花と言えば桜なんだけどね。」

高遠君の傍らを離れて、のんびりと歩いているパパに声をかける。

「梅も悪くないね。」

「うん。きれいだ。」

「パパ、寒くない?」

「寒さには鍛えられているよ。子供の頃から。」

そう言って笑った。

日光へは、左甚五郎の眠り猫が見せたくて行った。写真とかで見たことあったけど、実際に見るとまた格別だった。

「ちっちゃいなぁ。」

「ちっちゃいな。」

「パパ、この人右で彫刻する人だったけど、右手をけがして、それからがんばって左手で彫刻するようになってそれでこの猫を彫ったんだよ。」

「ほぉ。」

「嘘かほんとかわからん伝説な。」

「え?」

「いろいろな伝承が合わさってできてて、複数の人が左甚五郎って呼ばれてるって説もあるんだぞ。」

「ええっ?」

黙ってつまらなさそうな顔で見られる。

「それ、わざわざ今回のために調べたの?」

「いや、前から知ってた。」

「嘘だ。」

「こんなことで嘘つかないよ。がきじゃあるまいし。」

なんか悔しいな。

「トーコとヒデキは」

ふいに黙ってわたしたちを見ていたパパが言う。

「楽しそうだな。いつも、2人でいると。」

「今、何話しているかわからなかったでしょ?」

「でも、顔見ていて思ったんだよ。」

それだけで気は済んだらしく、それからは何も言わないでまた散策を進める。そして高遠君がいないところでふとまたわたしに言う。

「ヒデキはどうして、欲しい物を欲しいと言って生きてこなかったんだろうね。ときどき物足りなさそうな顔をしている。」

「そうなの?」

「ああ、でも、僕のテーブルを見たときはあの時は違ったな。」

そう言っておかしそうに笑った。

「あの時は何度言ってもきかなくて、根負けして売ったものな。」

ははははと目じりにしわを寄せて。

「僕なんかは単純に生きてきたな。でも、幸せだった。ヒデキを見ていると僕なんかよりもっと複雑な人だと感じるよ。」

「じゃあ、わたしは?」

「トーコはね、そうだなぁ。」

ゆっくりと空を眺めながら、何か考えてる。

「あなたは純粋な人。単純に生きてきたわけじゃない。でも、時間が経てば経つほど純粋になる人だね。子供に帰るようだ。」

子供??ほめられている気がしないんだけど。

「じゃあ、大地君は?」

「全員聞くのかい?そのくらいは自分で考えなさいよ。自分の目で見たダイチをさ。」

そう言って黙ってしまった。


仙台駅につくと、そこに大地君がいた。

「パパ」

嬉しそうな顔でパパに近づいてハグをする。そしてスウェーデン語で挨拶をしていた。

「何話してるの?」

「わからない。」

スウェーデン語はわかりません。

「本当にうちなんかでいいんですかね?」

今晩はホテルじゃなくて大地君のうちに泊まりたいと言っていた。パパ。部屋の余っている家だから、まぁ、いいんじゃないのと思ってた。

「本人が言っているから、いいんじゃないの?」

パパとパパの荷物を大地君に預けて、わたしたちは駅に残った。

「じゃあ、わたしこのまま店行くから。」

荷物持って行こうとすると、高遠君がぽつりと言った。

「終わっちゃったな。」

そっとその顔を見る。

「小学生が遠足が終わった後の顔みたい。」

「楽しかったな。」

わざと小学生といった。でも、高遠君の表情は子供の顔じゃなかった。大人の顔だった。彼はわたしの顔を見なかった。見ずにゆっくりため息をついて、それから自分も荷物を持って、違う方向へ歩き出す。

「じゃあな、えっと、明後日だっけ?みんなで集まるって言ってたよな。」

「うん。」

手を軽くあげて、背中を見せて振り向かずに歩いて行った。駐車場の方へ。


(清一)

「父さん。父さんも呼ばれてるんでしょ?車出すからさ、一緒に行こう。」

「うん……」

父は渋っていた。

「風邪をひいたか、急な仕事が入ったって言って断ろうと思うんだけど。」

「どうして?」

「行きたくないから。」

子供みたいなことを言い出した。

「なんで?」

「顔を合わせたくないな。」

ああ、それは、たぶん……。

「なんだっけ?名前知らないけど、オーナーさん?」

「……」

「あのさ、なんでもないと思うよ。周りの人もそう言ってたし。」

「……」

「というか、もし、何かあったとしても、言える立場じゃないよね。」

自分再婚してるじゃん。

「見たくないの?母さんが他の男の人といるところ。」

「そう、はっきり言うなよ。行くから。」

折れた。


母が長年取引しているスウェーデンの家具屋のオーナーさんが来日して、母さんの家族に会いたいと言われたらしい。仲間うちでパーティーをするから、ホームパーティーみたいなやつ。千夏となつ連れて来いと言われてた。そうそう、父さんも連れて。

離婚してからはずっと僕たちの結婚とか、そういう用事がなければ一切会わないような生活をして、母さんは父さんを避けていた。

自然といえば自然な成り行きなのかもしれない。

そういう時期がずっとあったあとに、母さんが仕事で新規出店をすることになって、仕事上のことでやり取りをするようになった。

詳しくは聞いていないけれど、それからはときどき連絡を取って会ったりもしているみたいだった。


実は一度だけ、清澄さん、真登香さんに相談を受けていた。父さんが真登香さんには内緒で母さんに会ってるのはどうしてかと。なつに話があって、僕が話を聞いた。

「本人に直接聞くのが怖くて。こんなこと清一さんに聞ける立場じゃないとはわかってるんですけど。」

結構困った。不安になる真登香さんの気持ちもわかったし、だけど、純粋に楽しそうにしている2人を見ていると、別にそういうやましいことはしていないという確信はあったし、このまま続けさせてあげたかった。

「母さん、今、駅前にお店を出す話があって、それで仕事上のアドバイスを父さんに聞いているみたいなんです。」

「そうですか。」

浮かない顔して黙った。

「あの、もう会わないでって思いますか?」

「会うのはいいんです。」

「はぁ。」

「息子さんだっているんだし、別れても家族じゃないですか。」

「でも、父は絶対に真登香さんや拓真君のこと一番に考えてますし、なんかそういう間違ったことは何もないと思いますよ。父さん、子供とか家庭とか大切にする人ですから。」

ちょっと自分で言っていることが矛盾しているような気がしないでもない。なにせ、僕と母さん裏切って外で子供こさえた人だから。でも、まあ、そう思う。人を傷つけたくて傷つける人じゃない。

「それもわかってるんです。いつも優しいですから。」

そう言ってでも、まだ、しょぼんとしている。

「わたしに言わないで会いに行くのが……」

「はい。」

「結局好きだってことなんだろうなぁって。」

「……」

なにも言えなかった。

「でも、その好きはなにもそういうことをしないで、ちゃんと最後にはわたしのところへ帰ってくる好きだっていうのもわかってるんです。そして、やめてというつもりもない。」

それから、ぽつりとまた続けた。

「でも、好きなんですよ。拓也さんは今でも。」

ぼんやりと空を見ている。それから、千夏と遊んでいる拓真君を。なつがそばで怪我したりしないように見ている、公園で。

「自分が待つ身だったときには、こんな気持ちわからなかった。毎日帰っては来るけれど、わたしに笑ってはくれるけど、どこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからない。いなくなりはしないけれど、自分の物だって100%思えないんです。」

それから困った顔して笑った。

「贅沢ですね。ほんとに。嫌な女です。でも……」

ぽつりと言った。

「脇役のほうが楽だった。」

空を僕も見つめる。どうして僕は今こんなところで、こんな話を聞いているんだろう?うちの父も本当に世話のかかる人だ。

「そんなこと言っちゃだめですよ。」

「え?」

「拓真君がいるんですから、お母さんがそんな顔しちゃだめですよ。子供はいつもお母さんの顔色伺ってるんだから。」

「……」

「変な話ですけど、父と母は別れてよかったんじゃないかって最近思ってるんです。」

「え?」

僕は立ち上がって、うんと伸びをした後に子供たちが遊んでいるのを少し眺めた。拓真君が千夏が転ばないように気を付けてくれている。

「すごいよそよそしい夫婦だったんですよ。それがね、別れてからのほうが変な話、お互い言いたいこと言い合える普通の関係になったのかなって。今は友達みたいな関係なんだと思います。もちろん、男と女のことですから、純粋に友達ではないと思いますけど。」

「……」

「こんなこと聞いても、嬉しくないかもしれませんけど、母、口癖のように奥さんに悪いからって言うんです。父だけでなく母のほうにも真登香さんや拓真君を傷つけたいって気持ちはありませんから。」

「……」

「父は母ではだめだったんです。」

「でも、好きなんですよね。」

ため息が出る。内心。目の前でため息をついたらかわいそうだからこらえました。

「男の人は、すみませんが、同時に複数の人を好きだという気持ちを持てるかもしれません。」

暗い目をしている。

「でも、母が上で真登香さんが下とかはないと思いますよ。目の前にいる人がいつも一番なんです。男は。」

本当にすみません。女性のみなさん。

「たぶん」

ふとなつの耳に間違えて入る可能性を考えて副詞をつけたす。

「でも、母にはその気がないですし、それは父も分かってます。いつも必ず真登香さんの所に帰ります。だから、大目に見てあげてくれませんか?お店がオープンした後は、母もそれほど父に連絡しなくなると思いますから。」

「はい。」

「拓真君のためにいつも堂々として笑っててください。真登香さん。」

「え?」

「お母さんになったんだから、真登香さんの幸せは拓真君の幸せなんですよ。」

そう言うと、両手でそっと顔を覆って、しばらく黙ってそれからぱっと手を離して僕を見た。その目の色を見て、もう大丈夫そうだと思う。

「ごめんなさい。わたし、どうかしていました。」


「絶対に世の中は不公平だ。」

帰り道、千夏にだっこせがまれて抱き上げる。歩く振動が心地よかったのか寝てしまった。

「なにが不公平なの?」

なつがいう。

「父さんは」

「うん。」

「みんなに頼られる誠実ないい人で、家庭も大切にしそうにいかにも見えるじゃない。もう、わざわざ自分からアピールしたりしなくてもさ。」

なつはしばらく黙って考える。

「うん、そうだね。ぱっと見からなんか、誠実そうな雰囲気ある。」

「その実、女を泣かしてる。」

ははははとなつが笑った。

「俺はわりと初対面で、遊んでそうにみられる。」

「……」

「全然そんなことないのに。」

「それが、不公平?」

「そう思わない?」

そう言ったあとに、ちょっと後悔した。なつの顔が若干こわかった。

「あなたね。」

「はい。」

「お義父さんだって、あなたくらいの年齢の頃はそれこそ誠実だったのよ。」

「……」

「これからの長い人生最後までずっと何もないって言いきれるときにしときなよ。そう言うこと言うのは。」

ぐうの音もでないほどに言い込められた。

「俺のこと信用してないの?」

「面と向かって自分の主人に信用しているということは」

「うん。」

「自由に遊んできてもわたしは怒らないわよって言ってるのと同義なんだって。だからわたしは言いません。」

しばらく黙って歩きながら考える。

「つまり信用していないってことだ。」

「人生ってね、何が起こるかわからないものだよ。せいちゃん。特にあなたはときどきぼんやりとしているときがあるからさ。心配だよ。」

つまり信用されていないってことだ。今度は心の中でつぶやいた。


(塔子)

「おばあちゃーん」

声がしたから振り向くのとどんと抱きつかれるのと同時だった。

「千夏ちゃん、いらっしゃい。」

下からわたしを見上げてにっこりと笑った。

「わぁ、しばらく見ないうちにおっきくなったねぇ。」

すみれちゃんが話しかけると、固まった。わたしに抱きついたままで。それからおそるおそる周りを見渡す。大人ばかり、そして最後にパパのところで視線が止まった。じっと見ている。

「塔子に似てるな。」

パパはそう言った。

「天使みたいにかわいい子だね。」

英語を聞いて、千夏ちゃんはますますまじまじとパパを見た。

「天使みたいにかわいいって言ってるよ。」

千夏ちゃんがわたしを見上げた。ぽかんとしている。

「なっちゃんいらっしゃい。」

遅れて入ってくる。なっちゃんと清一と。

「パパ、息子の清一と、奥さんの夏美さんです。」

「初めまして」

清一が頭を下げる。千夏ちゃんが英語を話した清一を見てまたぽかんとする。

後ろから拓也さんが来た。

「あ、パパ、わたしの主人です。別れた。」

「初めまして。」

パパはにこにこと手を差し出して握手をした。


大地君、すみれちゃん、タケコさん、高遠君、そして私たち。ダイニングに椅子を足してみんなで食卓を囲む。不思議な親戚みたいだった。あの夜。

「トーコ、ダイチの家はね、すごかったよ。」

パパは目がきらきらしていた。今日は、岩手まで行って、ご実家の家具屋さんを見に行くと言っていた。パパからのたっての希望で。パパは、大地君の育った家を見たがっていた。

「日本の物はね。きれいなだけじゃなくてとても機能的なんだよ。ダイチの家のチェストはね、引き出しが一ミリの隙間もなくぴったりとあったんだ。何度も開けては閉めて開けては閉めてしたよ。」

横で大地君がその様子を思い出したのか笑っている。

「特別に頼んで作っているところ見せてもらった。みんな真面目だね。日本人は。」

強烈な印象を受けて、きっと今パパは日本人のいいところしか見えてない。パパは傍らの大地君を見ながら言った。

「ダイチにも言ったけど、ああいう物はヨーロッパでも売れるよ。」

「ええ?日本の家具が?」

「中国や日本のテイストが好きな人がいる。興味があればエマに聞きなさい。うちも少ないけど、輸出して売っている先があるから、売り先の紹介ぐらいはできると思うよ。」

「なんかすごいね。」

高遠君に笑いかけた。

「そうだな。」

ふとタケコさんが拓也さんに話しかける。

「そういえばいつもいろいろ教えていただいてありがとうございます。店長経由でわたしたちもいろいろ勉強させていただいてます。」

「ああ、いえ。」

「ほんと、拓也さんいなかったらどうなってたんだろう?」

わたしがそう言うと、ふいにわたしのことじっと見ていた千夏ちゃんが口を開いた。

「おじいちゃんとおばあちゃんは仲直りしたの?」

「え?」

パパをのぞいたみんながぎくりと固まった。

「だって、初めて。一緒にいるの見たの。千夏、おじいちゃんとおばあちゃんが話してるの初めて見た。」

「千夏ちゃん……」

なっちゃんが困ってる。

「仲直りしたよ。」

「そっか。よかった。」

そう言って、満足したのか、ジュースを飲み始めた。場がゆるむ。

「あのね。」

また、話し始める。

「千夏、もう少しで遠いところ行っちゃうよ。」

「え?」

「でも、約束ね。ちゃんと会いに来てね。」

「うん。行くよ。」

「あのね、弟か妹ができるから。ちゃんと会いに来てね。」

「……」

思わず清一となっちゃんを見た。2人で困って笑っている。

「先に言われちゃったな……、何もかも。」

「おじいちゃんとおばあちゃん一緒じゃないとだめだよ。約束して。」

千夏ちゃんがまっすぐじっとわたしを見た。子供のきれいな瞳を除く。

子供って本来はこんななんだ、と思う。

こんなにはっきりこっちおかまいなしに求めてくるものなんだ。

「わかった。」

「おじいちゃんも約束して。」

「約束するよ。」

向こうで大地君がパパに小さい声で、千夏ちゃんが何を言っているのか訳しているのが見えた。

「よし。」

大人みたいにつぶやいて、千夏ちゃんのお話は終わった。そっと清一の顔を見る。

「転勤が決まって……。4月からなんだけど。」

「どこ?」

「四日市。」

にぎやかであたたかな夜に、しんとした。心が。

「寂しくなるなぁ~。」

タケコさんが言った。

「ね、店長。寂しくなりますね。」

明るく元気に話しかけられる。わたしは曖昧に笑った。

「あ、でも、清一さん。わたしたち今、むっちゃ忙しいんです。毎日楽しいからきっと大丈夫。あんまり心配しなくても。」

清一となっちゃんが似たような顔で笑う。弱弱しく。

この子たち、わたしのこと、心配しているんだわ。そう思った。

わたしなんて、心配される資格なんてないのに。

「二人目の子は?いつ生まれる予定なの?」

「10月です。」

「こっち戻ってきて産むの?」

「母が四日市に来てくれる予定で。」

「……そう。」

いつかは離れると分かっていた。わかっていたけれど忘れていた。

何か言わないと、みんなが心配する。でも、ふさわしい言葉が見当たらない。

「ね、おばあちゃん。二人目は男の子だと思う?女の子だと思う?」

「ん?」

「千夏はね、女の子がいいの。おばあちゃんは?」

わたしは少し考えた。

「どっちでもいいけれど。」

「それじゃ、女の子ね。おじいちゃんは?」

拓也さんはおかしそうに笑ってる。

「男の子がいい。」

千夏ちゃんはむっとした。

「お母さんは?」

「どっちでもいい。」

「それじゃ、女の子ね。」

どっちでもいいは勝手に女の子に書き換えられるらしい。

「お父さんは女の子ね。」

「なんで、俺のは勝手に女の子になるんだ?」

千夏ちゃんはしかめつらをした。

「男の子がいいの?」

「男の子がいいな。」

「なんで?」

「なんでって……」

しばらく考えている。

「お父さんが男だから。」

「千夏は女だから女の子がいい。」

「もう、一人女の子がいるから男の子がほしい。」

「だめ。」

みんな笑った。

子供ってこんなにはっきりぽんぽん話すんだ。さっき思ったことをもう一度思う。清一は元気がなかったんだな、と今更思う。千夏ちゃんを見ていると。

千夏ちゃんは指を折って考え始めた。

「おばあちゃんと千夏とお母さんで三つ、お父さんとおじいちゃんで二つ。ああ、女の子で決まりだ。」

「千夏が決めるんじゃないんだよ。」

「え?」

きょとんとした。

「神様が決めるんだよ。そういうのは。」

「え~。」

「ねぇ、千夏。お父さんと約束して。男の子でも女の子でも仲良くするって。お姉さんになるんだから。」

お姉さんという言葉を聞いて、千夏ちゃんの顔が輝いた。

「うん。約束する。」

千夏ちゃんの様子をみんなで見守って、そして大人がみんな温かく笑った。

子供を持ったことない人は自分の未来に期待して、持ったことがある人は自分の子供がかつて千夏ちゃんの年齢だったころの様子を頭に思い浮かべたことだろう。

清一がいつの間にか父親の顔をして笑ってる。

自分の来し方を思った。そして、拓也さんと顔を見合わせて笑った。

ほんの少しでもどこかで何かが違ったら、きっとこの場に清一たちはいなかったろう。

さっき四日市へ行ってしまうと聞いたショックが和らいだ。

一生会えなくなるかもしれなかったんだ。それに比べたら今のなんて幸せなことか。


「母さん、母さんも送ってくよ。車で来てないんでしょ?」

清一に帰り際声をかけられる。

「あ、じゃあわたしはすみれちゃんと帰りますね。」

たけこさんが手を振る。

「おじいちゃんがこっち、おばあちゃんがこっち」

千夏ちゃんは両手に花ではないけれど、真ん中に座ってご機嫌だった。でも、車が走り出すとすぐ寝た。

「あんな唐突に知らせるつもりじゃなかったんだけど、ごめんね。」

運転席から清一が謝る。

「別に大丈夫よ。いつかは別の街に行くってわかってたんだから。」

拓也さんがわたしを気にしているのがわかる。

「うん。」

「なっちゃん、無理しないで体大事にしてね。」

「ありがとうございます。」

その後、誰かが怒っているというわけでもないけれど、みんな黙った。軽く雨が降ったみたいで、大地君の家の中にいるとき気が付かなかったけど。きっとしとしとと静かな優しい雨だったのだろう。タイヤが湿った音をたてて前へ進む。千夏ちゃんがわたしの膝で寝息をたてる。

「父さん、母さん」

ふいに清一が沈黙を破った。

「なに?」

「これからも何かの折には仙台に帰ってくるから。」

「うん。」

「子供たち含めてみんなで会うときには2人で一緒に会ってくれない?みんなで食事するとかそういう簡単なことでいいから。」

拓也さんと2人で顔を見合わせた。

「千夏があんなこと言うなんて思ってもみなかった。今日まで。こんなに小さいのに、父さんと母さんがけんかしてるなんてさ。」

わたしは膝の上の孫娘の髪をなでながら寝顔を見た。

「父さんと母さんが別れてしまったからって、何もかもなくなってゼロになってしまうのはいやなんだ。たまには今晩みたいにみんなで集まって、子供たちにその様子を見せてあげたい。だめかな?」

「そのくらいもちろん、いいわよ。ねぇ?」

「うん。」

拓也さんが頷いた。

「ありがとう。」


先に清一の家へ寄ってなっちゃんと千夏ちゃんをおろす。清一が一回降りて眠ってしまった千夏ちゃんを抱っこして運ぶ。

「大丈夫?」

ふいに車の中で拓也さんに聞かれた?

「何が?」

「清一たち離れちゃうけど、寂しくない?」

内心、あなたがそれを言わなくてもと思って、心の中で苦笑した。

「寂しいけど、しょうがないね。それに、ほら、同じ空の下にはいるわけだから、全然平気よ。」

お金と時間を使えば会える相手なわけです。みんな。

柊二君とは違う。

清一が戻ってきて、また運転して次に拓也さんの家に着いた。

「初めて見た。拓也さんの家。」

建売の一戸建てだった。前の家よりは小さいけど、それでも立派じゃん。

「家も建てて、子供ももう一人大学まで出すの?」

「そういうのすぐ考えるのやめな。人んちの心配。」

清一が笑ってる。

「でも……」

やっぱりあの前の家売ったお金を、返さないとだめなんじゃないの?

「あのさ、父さんちゃんと会社で出世して、それなりの地位にいるんだよ。お給料も退職金もちゃんともらえるんだから、そういうの心配されても、気分悪いだけだって。男の人は。」

「ふうん。」

それで2人の女を養うわけか。今度は別の意味で返したくなったわ。お金。

「母さん。」

「ん?」

「何かあったらすぐに連絡してね。俺たちが四日市行っちゃっても。」

「別に大丈夫よ。タケコさんやみんないるし。」

「母さんの周りにいろんな人がいて、気にかけてくれてるのも、仕事が楽しくていきいきしているのもわかってる。でもね、友達や仕事仲間と家族は違うよ。」

「ラッキーがいるよ。」

笑った。清一。

「ほんと、ときどき子供なんだから。」

もう一回笑った。

「ラッキーは人間じゃないでしょ。」

また聞く夜道をゆくじりじりというタイヤの音を。

「ごめんね。転勤のある仕事選んじゃって。」

ちょうど信号待ちで、そう言って清一がわたしの方を見た。

なんでだろう。外のほのかな灯の中で、夜の中で、わたしを見た清一の顔がつながった。過去と。その顔は、わたしを心配してみるその顔は、あの時、柊二君が見せた顔と同じだった。

あの時、高校生のとき、図書館で彼が自分の夢を語って、わたしが泣いてしまったとき、彼は同じ顔で見ていた。わたしを心配そうに。

清一の顔立ちはわたしに似ていて、柊二君に似てはいないのだけれど、でも表情が同じで、そしてきっと魂がつながっているのだと思う。清一は彼とつながっている。


こんなところにいたの?柊二君。

こんなところにまだいたんだね。わたしのそばに。


「わたしはあなたにひどいことをたくさんしたんだから、あなたがそんなにわたしを気に掛ける必要はないのよ。」

「母さん」

信号が代わって、清一は前を向いて車を進ませる。

「そういう悪かったっていうのはさ、もう肩からおろして、もっと楽に生きてよ。ちゃんと病気になってしまったりとか、けがをしてしまったりしたときは連絡してね。今、家族って言えるの、ええっと、人間で、俺たちだけでしょ?」

そうだ。わたしには親もいない。兄弟もいない。夫もいない。子供しかいません。

「誰かそばに恋人みたいな人がいたら、安心なんだけど。そういう人作る気もないみたいだしさ。」

それでも腑に落ちない。死ぬまで肩からおろしてはいけないこともあるんだと思うんだけど。いくら傷つけられた本人に許すと言われても。

バッグミラー越しに覗いていた清一がため息をもらす。

「母さんはさ、僕を産んでくれたんだから、それだけで偉そうに胸を張っていればいいんだよ。堂々と。」

「でも……」

ははははと笑った。

「ほんとに頑固なんだから。」

そして、それ以上は何も言わなかった。


その様子もなんだか柊二君に似ていた。

あの人は、そうだった。ただ、そばにいてくれて、ただ、支えてくれた。

そして、焦らなかった。わたしが元気になるまで、ただ待ってくれた。


そうか、知らなかった。この世にまだ柊二君はいたんだ。完全な形でなくても、清一の中に。そして、千夏ちゃんの中にも、二番目の赤ちゃんの中にも。


人は死ぬけれど、でも、人は生まれてもくるんだな。


「おやすみなさい。」

家の前でわかれる。エレベーター乗って、自分の階へ上る。

ドアを開けると、ラッキーが飛びついてくる。よしよしとなでてやる。

あの子がお腹の中にいるときにわたしは手首を切ったんだ。

あの子が許すと言っても、許されるわけではない。わけではないけれど……。


そんなに自分を責めないでと清一の口を借りて、今日柊二君が言った気がした。

柊二君に言われた気がした。


次の日、駅ビルの店舗にパパが来た。

お店を見せた後に、近くでお昼を食べて、東京へ向かう予定。明日の便だ。帰りは大地君が空港まで送っていく。

パパはお店のショーウインドウを見てことのほか喜んだ。

「僕たちの作った物とダイチの作った物が一つのフレームに収まって、僕の人生を描いた一枚の絵のようだ。」

そして、その絵を写真に収めた。

「パパも立って、大地君はこっち。」

わたしはわたしで2人を並べて写真を撮る。これ、後でお店に飾ろう。スウェーデンのオーナー来ましたってことで。実は打算がありました。売り上げのための地道な努力です。こういうのも。レジの脇あたりがいいかしら?

「ダイチの椅子は工房でも見せてもらったけど、売ってるのを見るのはまた違うね。それに、この店、たくさんの人が通るところにあるんだね。」

「まあね。」

それはわたしの手腕だよ。パパ。心の中で自慢する。

「あ、そうだ。」

ふいに思い出した。

「パパ、こっちこっち、これ見て。ほら。」

「あ!」

気づかれた。

「ちょっ、まだ持ってたんですか、その雑誌。店長。」

「大地君、お店で騒ぐな。お客さんに迷惑だよ。」

平日のお昼前だから空いているんだけどね。

パパが雑誌のページを見ている。次のページを開いて、また喜んでいる。

「それ、一冊あげる。スウェーデンで、みんなに見せて。」

「エマも喜ぶね。」

それは、大地君の写真が載っている雑誌。大地君と大地君の作った家具。


駅ビルに入ってから、頃合いを見て、以前、うちの店について書いてくれたライターさんに連絡取った。表向きはあくまで近況をお知らせするメールだったけど、実は最近は日本にも工房を持って、いろいろ作ってるんですとか書いて、椅子の写真と、それ作ってる大地君の写真をメールにつけた。スウェーデンで修行していた子が戻ってきて中心になってるとかなんとか、わざと興味を引くように書いたわけだ。

もちろん、もう一回記事書いてもらうのをねらってたわけです。

だってね。宣伝効果があるからさ。

ほんとに来てくれて、そんで、新幹線おりてすぐのとこにある新しい店見て、感動してくれた。

「すごい!化けましたね!」

うん。シンデレラみたいにね。だからね、維持費がかかるんです。

もちろん心の中の声は口には出しません。ニコニコ笑う。

「今回はね、わたしの一存で来たので。」

カメラマンを連れてきてはいない。写真を自分で撮ってた。ライターさん。お店の様子や売り物を撮る。

「これ、作っている人に会えませんか?」

そして、工房まで足を運んだ。わたしが同行する。

大地君には一応話してあって、でも、彼は取材なんて軽く考えてたらしい。いろいろ聞かれて、写真撮られる段階になって急に嫌がりだした。

「僕の取材じゃなくて、店の取材ですよね。僕の写真なんて何に使うんですか?」

「んーと……」

ライターさんがカメラ片手に考える。

「今回は、お店というか、単身でスウェーデン行って、数年たった1人で頑張った人が……」

「はぁ」

「作ってる素敵な家具って方向性ですかね?日本人の若者が世界の向こうでがんばったってなんか感動あるじゃないですか。」

一気に顔が赤くなった。へー、大地君って照れるとこうなるんだな。そういえばこの人、いつもニコニコ笑いながら気づくと隅っこに逃げてて、注目集めるの嫌いなんだよね。こんなでかい体で目立たないようにするのも大変だろうに。

「そんなん、別にすごくもなんもないですよ。」

逃げた。大人げもなく。

「あのさ、大地君。」

「なんですか?店長。」

「お店のためだから、我慢して。」

君、維持費のためにはさ、できることは一つ残らずやらんといかんのよ。

「わたしだって、何年か前にはちゃんと写真撮られて載ったんだから。」

「店長は別に写真映えするからいいじゃないですか。」

四の五の言う子だね。

「家具は撮っても、僕は撮らないでください。」

「そんなに写真嫌いなんだ。」

「嫌いです。しかもそれが雑誌に載るかもしれないなんて絶対嫌です。」

結局、すみれちゃんに電話かけて説得してもらう。

「すみませんね。」

「いえ、別に。大丈夫です。」

ライターさんに謝っておいた。

そんで、取材終わって、記事書いて、どこか買ってくれないか持ち込むと言っていた。ライターさん。しばらくすると、男性読者が中心に読む趣味の雑誌で家具特集組むときに掲載されると言われた。

「結構かっこよくないですか~。」

雑誌が出ると、すみれちゃんがこれでもかとのろけた。でも、悪くなかった。たしかに。記事と合わせて読むと、素敵だった。大地君。

そして本人はこの雑誌をすごく嫌がっている。今でも。


「大げさなんですよ。あることないこと書いて。」

「そんなことなかったよ。」

「でも実際より立派に書いて。」

「言葉をうまく使うとさ、立派に見えちゃうだけで。嘘なんか書いてないじゃん。」


お昼ご飯を食べて、新幹線の改札まで見送る。大地君がパパの荷物持って、2人でのんびり歩いていく。

「なんとか間に合ったな。」

わざわざ見送りのためだけに高遠君が来た。2人で手を振って見送る。

「おじいちゃんと孫?」

「いや、父親と息子。」

「う~ん。」

どっちも違うなということになった。

「偉いわね。わざわざ。」

「一期一会だよ。」

ただ、ぽつんとそう言った。

「いつでも次があるだなんて俺は思ってないから。」

じっと彼の顔を見た。

「疲れない?そういう生き方。」

「疲れても変えられない。」

パパの言ったことを思い出す。ヒデキは複雑な人。もしわたしがこの人に深入りしたら、この人の生き方を変えることはできるだろうか。

「なに?」

今、わたし、すっごい余計なこと考えた。すぐに消去する。

「なんでもない。」


お店に戻るとタケコさんが寄ってくる。

「店長、昨日、わたし清一君に言われちゃいましたよ。」

「え?なにを?」

「僕たちが四日市に行った後に、店長に何かあったら、本人はまた遠慮して連絡をよこさないかもしれないから、すぐに知らせてくださいって。連絡先もらいました。」

「……」

「お父さんになって変わりましたね。清一君。ぱっと見た感じふんわりしているけど、芯がしっかりして来ましたよ。」

息子をほめられた。

「結婚した相手がよかったのかもね~。」

タケコさんがきっとこっちを見た。

「ほんっとうに、店長は日に日に子供っぽくなってく。素直じゃないんだから。」

年下に最近、どやされることが増えてきた。

「わたしは恵まれてる。」

ポツリとそう言った。そして自分で自分に驚いた。

「え?なんか言いました?」

タケコさんには聞こえなかったみたい。


わたしが恵まれてるなんて思うなんてあきれた。家族失って、夫失って、そんな人間のどこが恵まれてるって?

ああ、でも……。

やっぱり恵まれてるわ。子供にも孫にも、友人にも、仕事仲間にも。

もし、途中で死んでしまっていたら知らなかったこんな日が来ること。


わたしは店の奥のオフィスで、PCを開く。

すぐに仕事する気にならなくて、さっきパパに一冊渡した大地君の載ってる雑誌をペラペラとめくる。


実は大地君に知らせずにわたしとタケコさんとすみれちゃんの3人で勝手にやっていることがひとつある。

雑誌のライターさんから教えてもらった全国規模の家具のコンテストに大地君の椅子を応募している。

二年連続で落選したけど、いつか入賞すると信じて。

ほんとの熟練の職人さんが受賞するような結構由緒あるコンテストなんだけど、でも、身内びいきかもしれないけど、きっと大地君ならいけるんじゃないかと女3人勝手に思ってるわけだ。

そんで、全国規模の名工になってもらう。

そしたら、大地君の自ら作った家具は値上げして、東京のそういう名工の作品を集めて売るようなとこで販売して、売り上げあげようと。

野望は留まるところを知らない。


「打倒、玲子ですよ。店長。」

すみれちゃんの最近の口癖。そう、我々、というか、わたし?いじめられてるんです。高遠君の奥さんに。事務所から近くなったからなのか、はたまた、わたしが高遠君の言うところの玲子さんのテリトリーに足を踏み入れてしまったからなのか、新店舗オープンしてからはたまーに、お店に直でいらっしゃるんです。そんで、店の展示の仕方がどうの、この前の月の利益率がどうの、お前に何がわかるんかい?っていうようなこといろいろねちねち言って帰るんだわ。

「オーナーに文句言ってやめさせたらいいのに。」

すみれちゃんが言う。

「あのさ、オーナーっていう意味なら、あの人もオーナーなの。」

高遠君の会社の副社長。玲子さん。

「つまり頭あがりません。」

「本気で愛人なっちゃってくださいよ。」

「はぁ?」

意味がわからない。

「むかつくから、旦那とっちゃえばいいじゃん。」

「いらん、いらん。」

ていうか、もう、玲子さんの世界ではとられてることになってるから。

「それよりすみれちゃん、大地君とさっさと結婚したら?」

「な、なにを言うんですか、突然、店長まで。」

赤くなった。すみれちゃん。愕然とする。

「あなた、どうしちゃったの?キャラが違う。」

昔のすみれはどこ行った?

高遠君に迫り、彼女いる清一に内定先聞いてたすみれは?

「なるようにしかならないんだから、ほっといてくださいよ。わたしたちのことは。」

そういうと逃げてった。


雑誌見ながらふとそんなこと思い出した。

「タケコさん、不可解。」

「何がですか~?」

「付き合う人が代わると、女って変わるもの?」

「変わりますね。」

何か資料を見ながら、適当に返事してくる。タケコさん。

「でも、すみれちゃんみたいにあそこまで変わる?普通。」

「店長、いい加減仕事してください。」

また、年下にどやされた。


私としては、初めて、ベッドシーンのない小説で……。(笑)そうだよな?ああ、違うわ。千夏ちゃんの中学生の話が何もなかったじゃん。

ええっと、すみません。品のないあとがきで。40代のきれいな女性が、この後もう男っけなしでいくのかどうか、すっごい葛藤しながら書いてました。

私と塔子さんは違う。鉄の女でも修道女でもないですよ。私は。

犬がいてもなぁ……。

拓也さんみたいな人も、高遠君みたいな人もどっちもそれぞれ素敵だなぁ。でも、どっちも不倫なんだよな、と。

それで、あと少しで余計なシーンを書きそうになるのを必死で止めて、最後まで持ってきた。結構疲れましたよ。

この小説の構想、3人の男の人プラス1人なんですよね。塔子さんがもててる。気づかれましたでしょうか?

柊二君、拓也さん、高遠君、もう一人が清一さんです。

みんな塔子さんのこと愛してる。どの愛が一番よかったでしょうか?

答えは読まれた方それぞれで違うのかなと思ってます。


ひとつだけ心配しているのは、塔子さんがかわいげのある人だと思ってもらえるかで、普通やっぱりね、もててる女の人って、なんだこいつ。調子にのりやがってと思うわけですよ。同じ女としては。

そうすると、もう、読むか、こんなくそ小説。となりますよね。

どっちかと深くならずに最後まで引っ張るわけですからね。気をもたせやがってこいつ、ともなるし。

だからそういうこともなく最後の最後までお読みくださった方、ありがとうございます。塔子さんにつきあっていただけて。


今回の小説はわたしとしては珍しく、清一さんがたまに出てくる以外は、塔子さんの視点で一貫して書いてきました。

次作ですが、塔子さんの視点を外して、別の視点から書くかもしれません。

太一君ベースで行こうかと思います。

ただ、ちょっとまだ見えないです。また、書き始めてから構想を考えると思います。また、同時に今回膨らみすぎるためにカットした大地君とすみれちゃんの話をスピンオフとして書こうかと思っていて、どちらから書くかをまだ決めておりません。

どちらにも手をつけてみて、筆がよく流れるほうを先にしようかと思います。

場合によっては大地君はかけないかもしれません。新しいキャラクターですし、そこまで彼に入り込めていない気もしています。


今回も結構長い話になりました。こりずに最後までお読みいただけた方ありがとうございます。気に入った部分、気に入らなかった部分、納得できたとこ、できなかったとこ、何かございましたらコメントでお寄せください。

今後の作品の参考とさせていただきます。


また次作でもおつきあいいただけましたら嬉しいです。

汪海妹

2020年6月6日


現在コロナの影響で出国すれば再入国難しく、

日本へ帰れない中国自宅より


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