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ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
17/18

生きているのに会えない親子

(塔子)

新店舗がオープンして、半年ぐらい経ったころ、

「店長、お客さんが店長呼んでくださいって。」

新規店舗のために雇ったバイトの子に呼ばれた。奥のオフィス出て、お店へ出る。

「あ」

「ご無沙汰してます。あの、いろいろご連絡いただいてありがとうございました。」

顔を合わせるのは、初めてあったときぶりなので、もう2年ぐらいは経ったかな?大地君のお兄さんだった。

「あの、今日はわざわざ岩手から?」

「ええ。大地の作った家具、見に来ました。」

そう言って穏やかに笑った。

「こちらです。」

店内にあるものから、外から見えるショーウィンドウに飾られているものまで、静かに黙ってゆっくりとお兄さんは見ていった。手でその木肌をなでながら。そして涙ぐんでしまった。

「すみません。」

目頭をしばらくおさえていた。

「不思議ですね。あいつにはもう、ほんと何年も会ってない。だけど、この椅子、あいつに直接会ったような気分になります。大地の雰囲気がある。」

「はい。」

「ほんとに昔っからもの作るのが好きで、何か作ると必ず一番最初に俺に見せてくれた。」

そして、やっぱりお兄さんは泣いてしまった。

「あの、嬉しそうな無邪気な顔思い出しました。そうか、やっぱりあいつ、才能あったんだな。売れてます?この椅子。」

「ええ、製造がいつも追いつかないくらい。」

「よかった。」

お兄さんはお店の片隅でしばらく黙って涙を流していて、わたしは黙って横に立っていた。あまりお客さんのいない時間帯でよかったと思う。

「これ、一つ売ってください。」

「はい。」

「母さんを座らしてやりたい。」

ぽつんとそう言った。

「お元気ですか?」

寂しそうに笑った。

「冬にインフルエンザにかかって、長く寝込んだんです。インフルエンザは治ったんですけど、体力がすっかり落ちてしまって、寝たり起きたりで家からなかなか出られなくって。」

そっと下を見た。

「相変わらず大地の顔を見たがってるんですけど。」

「あの、すぐ近くにいるんですよ。車で30分くらい。場所ご案内します。」

するときつい顔をしてこちらを見た。

「あいつが会いたがっていないときに無理には行けません。」

「でも……」

「そのぐらい傷つけてしまったんです。もう一度無理に訪ねて、更に傷つけることはできません。」

その後ぽつりと言った。

「ただ、俺の顔なんか見ないでいいから、母さんにだけ顔を見せてやってほしいって伝えてもらえませんか。」


住所を聞いて、代金を預かってお見送りをした。大きな背中が去っていくのを見た。

「ちょっと出てくるから。」

「え?店長?」

駐車場へ行って、車に乗って工房まで車を走らせる。

「大地君いる?」

「店長?」

たった半年で、大地君のほかに3人雇ってる。みんな学校出たての若い子ばっかり。

「大地さんなら奥のほうに……」

覗くと事務所で何か図面引いてた。

「大地君……」

「店長?」

目を丸くしてる。

「なんですか?こんな時間に。」

「お兄さん来たよ。」

「え?」

ぽろりと持っていた鉛筆落とした。

「来たってどこに?」

「お店に。大地君のいすひとつ買った。在庫調べて納品するって言いました。」

「はい。」

「お母さんが元気ないって。」

お母さんという言葉を聞いて、彼の目の色が変わった。立ち上がっていたのをすとんとそばの椅子に座った。

「もう何年会ってないの?」

「8年以上です。」

ため息が出た。

「欲しいって言ってたの、この椅子。今、在庫ある?」

注文伝票をつきつけた。

「あ、はい。」

「今すぐ自分の車で納品してきなさい。」

困った顔してわたしを見る。

「あなたを産んでくれた人でしょ?お母さんがいなかったら、あなた、この世に存在しないのよ。ちゃんと顔見せてきなさい。ずっと会いたがってるって。お兄さんが自分には顔見せないでもいいから、お母さんにだけ顔見せてあげてほしいって言ってました。」

大地君の目にはまだ、それでも躊躇する色が見えた。

わたしは返事を待つのをやめた。

言いたいことだけ言って、背中を見せて工房を後にする。


自分の車に乗って、お店へ戻る道すがら、一人で泣いた。なんで泣けるのか不思議だと思いながら。

お互いが生きているのに、会えない親子。

信号待ち、誰も見ていないのをいいことに、化粧が崩れるのもおかまいなしに涙を流した。

それは、あと少しでなるところだった自分。自分と息子。

母親にとって、自分がお腹を痛めて産んだ子供の顔を何年も見られないことがどれだけ悲しいことか。8年だって。どこで生きているか、元気にしているかもはっきりわからないまま。お兄さんと会ってからはわたしがときどき様子を知らせていたけれど。

帰らない子供を待ち続け、心を弱らせるお母さんの気持ちがわたしはわかる。


もし、新しくお店を出すって決めなければ、大地君をスウェーデンから連れ戻さなければ、大地君とお母さんは再会することもなく別れることだってあったかもしれない。まだ間に合う。そう、間に合った。

よかった……

少し落ち着いた。涙が止まった。


もう少しで春が来る。今年の春はみんなでお花見がしたい。

そうだ。千夏ちゃんと清一となっちゃんと。

拓也さんはどうしよう?

この前はみんなで一緒にご飯を食べようと言ったけどな。

信号が青に変わる。わたしはアクセルを踏む。


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