表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆきの中のあかり②  作者: 汪海妹
1/18

熊に遭遇して拾う

本作品は前作ゆきの中のあかり①に続く話で、僕の幸せな結末までに続くわたしの幸せな結末からの前半の対になる作品です。せいちゃんとなっちゃんが仙台で結婚して暮らしている時期と同じ時期をお母さんの塔子さんに起きた出来事を中心に描いており、途中わたしの幸せな結末と全く同じシーンが、お母さんの視点から描かれます。

終わりは仙台での赴任が終了してせいちゃんたちが四日市へ転勤していく直前までです。2020年の現代から約20年前の時代設定です。


前作および関連作をお読みいただいてから本作をお読みいただくこともできますが、ある程度の独立性のある作品ですので、こちらのみ単独でお読みいただいても問題ないかと思われます。


また作品の中に出てくる駅ビルやお店の話は作者の想像上の産物であり、架空の物です。現実に存在する物と何ら関係はありませんのでご了承ください。


前作、ゆきの中のあかり①に比べれば、明るい話になっているかと思います。最後まで飽きずにお読みいただければ嬉しいです。


本作品の主な登場人物

メイン

高遠君(塔子さんのお店のオーナー)

拓也さん(塔子さんの元夫)

塔子さん


柊二君(塔子さんの死別した夫 

    せいちゃんの血縁上の父親)

*回想でのみ登場*


サブ

せいちゃん(塔子さんの息子)

なっちゃん(せいちゃんの彼女⇒妻)

千夏ちゃん(せいちゃんとなっちゃんの娘)

真登香さん(拓也さんの現在の妻)

タケコさん(塔子さんの仕事仲間)

すみれちゃん(塔子さんの仕事仲間)

大地君(お店のバイト、家具職人の卵)

パパ(塔子さんのスウェーデンの取引先のオーナー)


(塔子)

「なんかね。最近ちょっと変なお客さんが来るんですよ。」

「え?」

「夕方、店長いないこと多いじゃないですか。あの時間にふらっと。」

バイトの女の子に言われた。すみれちゃん。お客さんが切れてたから、こっそり控室の方でたこ焼き食べてた。お店とのドア開けっ放しにして。

「あー、あの男の子?」

タケコさんが横から口出してくる。

「え?男の子ではないですよ。あれは。」

すみれちゃんが引いている。

「わたしから見ると男の子よ。あれは。」

「違いますよ。おっさんですよ。熊みたいだし。」

熊?なんだそりゃ。

「髭そったら若いって。」

言い争っている。話の論点がずれていますよ。

「ええっと、どこらへんが変なの?」

危険な人?うち、女ばっかで回してるし。変な人だったらちょっと考えないと。

「こう、売り物の椅子にペタッて座って、テーブルをなでなでしてるんです。」

「……」

「短い時間なら分かるんですよ。でも、それが結構長いんです。」

それは確かに結構変だ。

「そんで、毎日とは言いませんけど結構な頻度で来るんで……。」

「わかった。」

「はい?」

「その熊に遭遇するまで、出かけずにいるわ。夕方。」

とりあえず、見て判断しよう。見て。本物を。

「お願いしますね~。」

にこにこしてる。すみれちゃん。

「にしても、店長。たこやき買ってくるのはいいですけど。」

「はい。」

「青のりはかけないでしょ。フツー。」

「え?だめ?嫌い?」

おいしいじゃん。すみれちゃんとたけこさんが顔見合わせて笑う。

「客商売なんですよ。歯につくじゃないですか。ほら、言ってる傍から。」

手鏡渡された。

「お茶のんで、きれいにしてください。」

大人しく言うことをきいた。

「青のりつけて接客する店になんか誰も買いにきませんよ。特に美人の青のりはきついですよ。店長。」

ため息が出る。

「今のため息何のため息ですか?」

「いえ、別に。」

美人て言われても空しいです。最近。

「前から思ってたんですけど、店長、これからもう恋人とか作んないんですか?」

「要らない。」

「はやっ。」

なんかやな話題になったので立ち上がる。でも、恋バナが好きなすみれちゃんはついてくる。

「お金持ちな人とかと適当に遊んだらいいじゃないですか。もったいない。」

「めんどくさい。要らない。大体金持ちの知り合いいない。」

「いるじゃないですか、すぐそばに。」

嫌な予感しかしない。

「オーナー」

やっぱり。

「あのね。奥さんと子供いるから。知らなかったっけ?」

「そんなん言われなくても知ってますよ。いいじゃないですか。大人の関係。」

最近の子はほんと、ついてけないわ。

「わたしね。立候補したんですけど、あっさりふられちゃって。」

「は?」

「え?だって、お金持ちの大人の男の人とつきあってみたくって。でも、子供に興味ないって。ね、オーナーって店長のこと、結構好きじゃないですか?」

目がきらきらしている。

「何を見ているのかな。そのお目目は。1ミリもそんなんないから。」

「ええっ?わたしこれでも男と女のことは結構わかるほうですよ。ね、タケコさんどう思います?オーナーって店長のこと結構好きですよね。」

あっち行った。

「オーナーは女好きだから、いい女だったら誰でも好きだよ~。」

にこにこ答えてる。タケコさん。

「え?じゃあ、わたしはいい女じゃないってことですか?」

「ちょっと若すぎたんだって。10年後にもっかい言ってみたら?」

「そんなん、意味ないし。今、遊びたいのに。」

ぷりぷりしてる。いいねぇ、若いって。


それから、張り番みたいに夕方店に居続けて、何日目だったっけかな?来た。熊。なんか小汚い緑色の、なんつうの、軍隊みたいな服着てさ。最近の若い子はどうして、お金あるのに小汚いかっこするのかね。それで結構背もあって、がたいもわりとよくて、髭生やして髪も男のくせに長くて肩にかかるくらい?ひとつにまとめていて。そんな怖い外見の人が売り物の椅子座って、売り物のテーブルに上半身預けて、なでなでしてるんだわ。

いや、営業妨害。変の前に。なんでほっとくんだ。スミレとタケコ。

「あの。」

「はい。」

預けていた上半身を起こして、こっち見た。目があった。目だけが澄んでいてきれいだった。他の部分全部汚いのに。この子。びっくりした。うん。タケコさんが合ってる。小汚いだけで、若い男の子じゃない。

清一がもし、この子と同じぐらい小汚いかっこするようなことがあったらやだなと、ふとどうでもいいことが頭をよぎる。

「すみません。売り物ですので、少し触るくらいにしていただけると……。」

「あ、すみません。」

そう言って立った。のそっと。いや、ほんとなんか、でかい。熊みたい。

「随分気に入られてたみたいで……。」

ちょっと見上げながら声をかけてみる。

「あの……」

「はい。」

「これって、どこで作られている物なんですか?」

「スウェーデンです。」

目を丸くした。

「外国なんだ……」

かっこは汚いんだけど、がたいもでかいんだけど、かろうじて目が澄んでいるのと、それと受け答えの様子から怖い人ではないみたいです。首が痛くなるけど、若干。

そして、少し何かを悩んでた。ちょっとの間があいて。

「あの、この家具作った人に会いたいんですけど。紹介してもらえませんか?」

「はい?」

何を言い出すんだろう?この人。

「あの、どういった目的で?」

というか、あなた誰ですか?

「弟子入りしたいんです。」

じっと見る。じっと。

「だめですか?」

「ええっと……。」

生きてきていろんな目あったけど、そうわたし、いろんな試練あったし。

ひさびさに動揺した。

「とりあえず、お名前は?」

「ああっ。」

急にうろたえた。そんなでかい体で動揺されてもさ。似合わないです。

「清原です。清原大地。」

「どうも、藤田塔子です。」

手を出されたので勢いでごっつい手を握って軽く握手する。

からーん。握手したままで横を向く。お店に入ろうとしている女の人たちがじっとこっちを見ている。

「いらっしゃいませ。どうぞ。」

ごつい人を店の中央から脇へ引っ張っていった。レジ近くの作業用にしているテーブルの方へ連れて行って座らせる。

「弟子入りって?」

「僕、今は居酒屋でフリーターみたいなことしてますけど、もともとは家具職人なんです。」

「はぁ。」

「初めて会ったんです。理想だと思える家具に。」

じっとひげもじゃの顔で見つめられる。この人、インドとか放浪してたんじゃなかろうか。でも、やっぱり目だけは不思議と澄んでいた。

「だめですか?」

「その、今日会ったばかりでよく知らない人を……」

「はい。」

「長年お世話になっている取引先に簡単に紹介できません。」

「じゃあ、長く知り合いになってからならいいですか?」

「……」

「ここでバイトさせてください。変な人間じゃないって証明します。」

自分で自分のこと変な人間って言ってるけど、この子。

「いいじゃないですか。」

急に横から声がする。

「な、いつ、帰ってきたの?タケコさん。」

「今ですよ。いいじゃないですか。店長。田中さん、もうやめるって言ってましたよ。そう言えば。言うの忘れてたけど。」

「え?だって、この前は、お腹がもうちょっと大きくなるまではって言ってたじゃない。」

「それが、この前の病院の定期健診で、ちょっと状態がよくないって言われたんですって。大事な時期に無理したら流産しちゃうかもって。」

タケコさんはたぶん。こういう熊みたいな男の子が好きなんだわ。だから、後でこっそり言えばいいことを本人のいる前でしゃべっちゃうんだから。

「だめですか?バイト。」

だって、こんなひげ面で、ごつくって。

「探す手間、省けちゃいましたね。店長。」

にこにこしてる。タケコさん。したたかですよ。このくらいの年齢の人は、ほんとに。ああ、もう。

「髪切って、ひげ剃って、服はもっと清潔感のあるのにして。」

嬉しそうな顔をした。熊が。

「それと履歴書持って、明日来て。明日、お店に立てるくらいこざっぱりしてたら考えます。」

「何時ですか?あの、夕方以降はだめなんですけど。」

「今日と同じぐらいの時間でいいです。16時?あ、いや余裕みて15時にして。」


熊が帰っていったあとにタケコさんにかみついた。

「もう!」

「いいじゃないですか。あの子。あんな一生懸命に頼んでたし。笑った顔かわいかったし。素直な子ですよ。きっと。」

「あんなおっきくって怖そうに見える子、接客向かないわよ。」

「そんなん、やってみないとわからないじゃないですか。」

女ばっかでつまらないから若い男の子入れたいだけだって、この人。

一応、高遠君に電話いれることにした。向こうが適当な人だからって、こっちまで適当になるわけにもいかない。

「なに?」

田中さんがやめるから新しいバイト雇う、面接明日だけど来るかと聞いてみた。

「え?しおりちゃんやめちゃうの?」

「いい年して……」

息を吸った。言いたいことをきちっとぶちこむために。

「他人の奥さん、下の名前で呼ぶの、やめなさいよ。」

「本人に言われたらね。」

ああいえばこういう。この人、一筋縄ではいかないのだわ。

「ま、でも、面接は塔子が気に入ったんならもう、それでいいよ。今までだってそうだったでしょ?」

「いいの?」

「うん。いいよ。」

言ってないことあります。今まで全部バイトは女子でした。今回、のそっとした男子なんだけど。まぁ、いいか。向こうは勝手に女の子だと思い込んでるけど。

「そういえば、あなた、すみれちゃんに口説かれたんだって?」

「……」

「ちょっと、まじで黙るのやめなさいよ。」

「なんで今更そんな話?それに俺、仕事関係で女の人漁るようなことしないよ。」

「今日、すみれちゃんが自分で言ってたから。」

「あとくされがないような関係の人だったらよかったんだけどね~。」

あとくされない関係の人なら、手出すな。この人……。

「ちょっとは嫉妬した?」

「いや。全然。」

「嘘でもちょっとしたって言っとけばかわいいのに。」

ちょっと眉をしかめた。

「酔っぱらってるの?」

「まさか。この時間はまだ飲んでません。」

相手にするの、やめよう。

「じゃ、そういうことで。」

電話切った。


次の日、約束の時間が近づいてくるとすみれちゃんが暇さえあれば通りを覗いている。

「来ませんね~。」

覗いてはわたしに報告する。

「すみれちゃんもいつの間にかファンになったわけ?」

「好奇心のかたまりなだけですよ。」

そうだよね。おっさんって言ってたもんね。

「あの……」

入口でのそっと立っている人がいる。一瞬目を疑った。2人で固まる。

「あの、昨日、面接に来いって……。」

はい、言いました。

「どうぞ、こちらへ。すみれちゃん、お茶入れて。」

服装はあいかわらずちょっとだったけど、髪を切って髭をそると普通の人だった。ちょっと背が高くて体が大きいだけで、普通の日本人の若者。

「履歴書って持ってきていただけましたか?」

ごそごそと鞄から取り出した。

「失礼します。」

工業高校を出ている子だった。卒業後2年ほどの空白があって、それから、木工家具を製造している会社に入社している。そこでも2年くらい。それからまた空白。

「この空白の期間は?」

「フリーターみたいなことをしてました。」

もう一度じっと見る。

「それで前の職場を辞めてしまったのはどうして?」

「思っていたよりも機械で作るのが多くて、なんか違うなと思ってしまって。」

「手作りの家具が作りたいのか。」

ため息をついた。彼。

「そういう工房、何軒か回ってみましたけど、経験のない人間はなかなか雇ってもらえなくて、生活もしなきゃいけないし。いつの間にかフリーターみたいになっちゃってて。」

それで熊になったのか。

「どうして、家具なの?」

こっちを見た。彼。かちんと何か硬い物が当たるような気がした。彼の眼の中になにか、カチンとしたものがある。それは、わたしに対する敵対心ではない。きっと、彼の経験したなにか、心に置かれた硬い氷みたいな。

「なんとなく。」

答えは字面を見たら、すごくいい加減。でも、顔つきをみていて、それに昨日のあのテーブルをなでてる様子。彼、そんないい加減じゃなくて、家具を作りたいっていうのはほんとなんじゃないかな?そう思った。

水の中に突き落とされて、溺れているみたいな。そんな必死で切実な感じが彼から漂っていた。不思議だった。

表情は抑えていて、声音もたんたんとしていて。体が大きい割にこの子、どちらかといえば大人しい感じもして。

でも、わたしにはわかった。

この子、溺れてる。溺れてるわ。

「そんなにここの家具、気に入ったの?」

「ずっと……」

清原君は少し俯き加減で口を開いた。

「もやもやとしたイメージがあって、自分の中に。でも、それを形にする実力が自分にはなくて……。」

静かな午後の光の中で、彼はぽつぽつと話した。

「見た瞬間にわかったんです。すぐに。あ、こんな感じって。ちょっと自分でも信じられなくて、気のせいじゃないかって。それで、何度も来て、見てたんです。」

「そうか……。」

どうしてこの子のことを溺れてると思ったのか。

きっとそれは、わたしも溺れたことがあるからなんだよね……。

「あの……」

彼の言葉に目をあげた。

「やっぱりだめでしょうか。」

一回息を吸って、吐いた。

「よくわかりませんが、とりあえず、働いてみますか?うちで。」

猫を、捨てられた猫を拾うような気持ちだった。

昔の自分を見ているような気持ちになってしまって。

初めての経験だった。なんというのかな……。

わたしは今まで拾われてきた。柊二君に、拓也さんに、高遠君もとりあえず入れとくか。若干不本意ですけど。

初めて人を拾った。それも、息子と同じぐらいの年齢の男の子。


「ひとくちに木の家具といっても、作り方によって手入れの仕方が違うんです。」

「そうなの?前はね、長く使っているうちに表面の板が反ってしまって。」

「それは表面に木の板を貼って作った家具で、この家具は木を切り出して作ってますから。」

「そうなの?」

「その代わり、板を貼って作っている家具よりお値段が高いんです。」

おばさんがへ~、と感心している。うちのお客さんとしては、ああいうおばさんは珍しい。さっとひやかしで見て、 いつもなら値段見てささっと出てってしまう。


「なんかさ。」

「はい。」

「意外に……」

「はい。」

「ちゃんとやってるね。」

「そうですね。」


大地君は見た目は怖かったけど、わたしを含めた女3人よりも断然、知識が豊富だった。うちの主力商品である、木の家具について。

今まで、高遠君の趣味の遊びの店を掃除して、倉庫みたいに雑然と何売ってるのかコンセプトのよくわからない空間だったものを、家具を中心に商品を絞って見せ方を工夫して、それなりの雰囲気の店まで昇格させたのはわたしだと自負している。

でも、わたしは知らなかった。

うちの売っている家具って、木の家具でもわりと値段の張るもので、高く買ったのだからやはりみなさん大事に使いたい。だけど、どう手入れしたらいいのかよくわからない。それなりにお客さんが困っていたんだってこと、大地君がお店に入るまで知らなかった。


「塗装の仕方が、この家具は他の家具と違うので、あまり濡らしてはだめなんです。」

「へえ~。」

「硬くしぼった布巾でふいた後に、乾いた布でもう一度ふくようにして使うと長持ちします。」

普段は大人しいんだけど、こういう説明はとつとつとこなす。

「一年に二回くらい、ワックスを塗ってあげるといいんですよ。」

「ワックス?ここで売ってないの?」

「……すみません。ここでは扱ってないんですけど。」

ノートパソコンで検索しておすすめのワックスを見せていた。


お客さんに売った後のことまでは考えてなかったなと思う。というか、お店のこと、これからのこと、そんなに真剣に考えてたわけじゃなかった。

スウェーデンから定期的に家具を仕入れて、それ以外の雑貨を一緒にスウェーデンで求めることもあれば、日本の中で気に入った物を探してきて注文して定期的に置くようにした。木の小物や、テーブルクロスとかの布の製品、ちょっとした食器やグラス。

赤字ではなかったけど、所詮店長含めた店員4名の小さなお店だった。

楽しいは楽しいけど……。


「男だなんて聞いてないんだけど。」

「聞かなかったから言わなかっただけよ。」

ふいに高遠君が何かのついでにふらっと寄った。シュークリームお土産で持ってきていた。

「カスタード?生クリームのじゃないよね。」

おいしそう。大地君は甘い物普通に食べるんだろうか。

「大地君、甘い物って食べられる人?」

「普通に。食べられます。」

「じゃあ、ちょっと休憩しようか。」

向こうの片づけしていた手をとめてこちらへ来る。

「下の名前で呼んでんの?」

「だめ?本人は別にいやがってないけど。」

お湯をわかしてお茶を入れる。わたしと大地君、高遠君。今のところ3人しかいない。

「あ、僕やります。」

お茶入れるの代わってくれた。お皿を出して、シュークリームを出す。

「あなたも食べるの?」

「いらない。」

「あれ?ダイエット?」

「いや。俺、甘い物あんま食べないでしょ。」

ほんとは知ってた。でも一応聞いてみただけ。

2つだけ出して後は控室のちっちゃい冷蔵庫に入れておく。

「あ、こちら高遠君。一応この店のオーナーです。」

「一応ってつけるなよ。」

お茶を飲みながら、静かにこっちを見て大地君が言った。

「なんか仲いいですね。」

2人で一瞬黙った。

「もともと高校のときの同級生でね。だから、友達みたいなものなの。」

「はぁ。」

納得したような納得しないような顔をした。

「清原大地です。」

「どうも。高遠です。新しいバイト入ったって聞いてたけど、挨拶遅くなってすみません。」

一応まともに話してるじゃない。めったに見ないんだけどこういうとこ。それから、高遠君じっと彼のこと見た。

「君、こんなとこで働いていていいの?」

「え?」

「見たところ若いし、もっとちゃんと正社員とかなったほうがいいんじゃないの?会ったばっかりでこんなこと言うのもなんだけど。」

「あ、ごめん。あの、違うの。」

横から口出した。

「何が違うの?」

高遠君が大地君から目をそらしてこっち見る。

「ここでバイトしているのは、試しというか……。」

「試し?」

大地君が黙って静かに成行を見ている。

「ほんとはね、彼は職人さん目指してて、リュースに紹介してほしいって。」

リュースというのはうちが取引しているスウェーデンの家具工房の名前です。

「え?」

「全然知らない子、紹介するわけにもいかないから、人となりを知るためにバイトしてもらってるの。」

高遠君はしばらく黙ってわたしの顔を見ていたけど、その後ゆっくりまた前を見て大地君の顔をじっと見た。

「君、何歳?」

「25です。」

ため息ついた。思い切り。

「いいね。夢あって。」

中年が、遠い目をする。いい服着た金持ちのおじさんが、質素な服着た若者を羨ましがっている。

「あなた、ほんとは仏像彫ってたい人だものね。」

冷めたお茶を飲んだ。

「よく覚えてたな。あんな昔に一回だけ言ったこと。」

「記憶力はいいのよ。」

ばかではないですよ。大学とかはいかなかったけど、わたし。

「英語をちゃんと勉強しないとだめよ。」

わたしは大地君に言った。

大地君は驚いた眼をした。

「ちゃんと自分の言葉で、自分の人となりを売り込まないといけないんだから。言葉が通じなかったらどうにもならないでしょう?」

「それは……」

「紹介だけならしてあげてもいい。でも、英語がしゃべれたらね。迷惑かけるわけにいかないんだから。」

明るい顔をした。素直な子だと思う。いつもにこにこしてる子じゃないけれど、思い切り笑った。この時は。

「なんだよ。お前、2人で行くのか?スウェーデン。」

折角いい場面で水を差す人がいる。

「別に、昔だってあなたと2人で行ったじゃない。」

「ああ、そういえば、そうでしたね。」

つまらなさそうに高遠君がそう言った。

その様子をじっと見ている。見られている大地君に。

「この人の発言は、いちいち気にしないでいいわよ。大地君。」

そう言っておいた。


もし、受け入れてもらったとしても向こうではお給料をもらえるわけではないので、お金を貯めなければならないし、英語の勉強もしなければならないし、大地君からは半年くらい先を目標にしたいと言われた。

それからは、昼、うちに週4くらいでいて、夜もバイトをしている。

「体、大丈夫なのかなぁ。」

タケコさんにつぶやいた。

「ま、お母さんみたいですね。店長。」

言われてしまった。

「ま、別にお母さんだしね。わたし。」

清一とそんな変わんない。大地君。

「そういえば、清一君は?元気ですか?」

「ああ、就職決まってね。最後の学生生活を楽しんでんじゃない?」

次の春から社会人だ。

「就職って東京ですか?」

「ああ……。」

この前電話で話したことを思い浮かべる。

「商社に入ったって。だから、あちこち行ったり来たりになるだろうって。最初がどこになるかは入社してからじゃないとわかんないんだけど。」

「へぇ~。商社ですか。なんかかっこいいですね。」

「なんか、仙台になるかもしれないんだって。まだ本決まりじゃないんだけど。」

「ええ?」

「こう、その地方出身の子をね、地元からスタートさせると、周りの取引先とうまくいくことが多いみたいで、そういう例が多いんだって。今まで。」

「すごいじゃないですか。」

「まだ決まった話じゃないのよ。」

あの大人しかった子が商社マンなんて、ほんとやってけるんだろうか。ちょっと心配だ。結構大きな会社入ったし。

「お正月は?こっち帰ってくるんですか?」

「そんな先の話、まだしないわよ。」

今は秋だった。まだ、薄手のコートで平気なほどの。

「きっと帰ってきますよね。去年も帰ってきたし。」

タケコさんが自分のことみたいに嬉しそうに言う。

なんだかんだ言って、心配してくれてるんだ。この人。自分だって、一人で寂しいのに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ