第一章 5
「せんぱーい! おひさしぶりでーす!」
なんとも不吉な声で、なんとも不吉な顔をして走ってくる。この姿を見るのは一年ぶりだろうか?
「お前か……」
「なんで、そんなにがっかりした顔をするんですか」
走ってきたが息切れもせず、にこやかに話をすすめる。
はたから見れば、その姿はバカンスから帰ってきたような感じで、手にはいっぱいの土産と思われる物と、スーツケースがしっかりと握られている。
「国務捜査局本局第一部調査課所属、田辺明日香第一調査官。ただいまオーストラリアから帰国しました!」
元気のいい声で、所属と階級を述べる。
「とりあえず、小さな声で喋ってくれないか?」
「分かりました! 先輩ご飯を食べさせて下さい!」
「分かった、分かったから、静かにしてくれ」
「久々の日本なので、日本食がいいです! さっき美味しそうなうどんのお店を見つけたのでそこに行きましょう、先輩!」
「分かったから……静かにしてよぉ……」
これ以上個々の場所にいると、周りに迷惑がかかる上に、仕事上不都合がおきるかもしれない。急いで、やつの行きたいうどん屋へ向かうことにした。
うどん屋の席に着き、注文を済ませると、お冷が運ばれてきた。やつはお冷を一気に飲み干して「おかわりお願いします!」と元気に声を出していた。
「それにしても、どうして先輩はここにいるんですか」
「沢上の護衛だよ」
「護衛も何も、沢上ここにいないじゃないですか。どういうことですか?」
「今、厚木中央府の第一庁舎の中にいるよ」
「それってまずくないですか? 捜査対象を自由にさせてたら」
「流石に四六時中見張ってるわけにもいかないさ。それに、厚木中央府には三部の奴らが何人か派遣されてるだろ? それに、沢上は府政部の方に行くって言ってたし」
「今の府政部の部長って、第三部捜査課の課長ですよね?」
「そう。だから、俺が見張ってなくても大丈夫だろ」
「なるほどです」
国務捜査局には第一部から第四部まであり、それ以外にもいくつかの外局が存在する。
部署ごとに調査・監視をする組織が異なっており、私が所属している第二部は帰一教会、第一部は国際テロ組織、東国解放戦線、第三部は地方行政府及び統括部、第四部は非認可政党、日本中央党の監視を行っている。
「明日香、オーストラリアはどうだった?」
「いつも天気が良くて、気持ちが良かったですよ! あっ、これオーストラリアのお土産です! コアラのキーホルダーです」
「いや、そういうことじゃなくて、解放戦線についてだよ」
「あぁ……解放戦線ですか」
「何かあったのか?」
「いえ、オーストラリアでは解放戦線の活動っていうのは、あまり盛んに行われていなくて、やっぱり、アジア地域での活動がメインみたいです。中国、韓国地域でのテロ行為の知らせというのは、オーストラリアにいてもいくつか届いてきたんですけれども、オーストラリアの解放戦線は、なんというか穏健派というか、政治と寄り添う路線を、選んでるみたいなんです」
「と、言うと?」
「先輩って第二部ですよね?」
「そりゃ、まぁ」
「オーストラリア政府は、世界に先駆けて帰一教会を国教として認可して、帰一教会の教えに従って、政治を行うことを決めました。オーストラリアの解放戦線の幹部の何人かは、帰一教会に加盟していて、政府の考えと自分たちの考えが一致しているという理由で、過激的な行動を抑えているみたいなんです。もしかすると、時期に自然消滅するかもしれないですね」
「なるほどなぁ……」
「欧米諸国は、それぞれ帰一教会の教義を取り入れた政治を行うことで大方決定しているみたいで」
「それは、俺も知っているな」
「そういえば、アメリカの総統も来週来日するみたいですよ? オーストラリアでは連日報道されてました。アメリカついに、帰一教会を国教認定か、って」
「それは知らないな……それに来週って言ったら」
「一度本局に戻るんですよね?」
「仕事が色々溜まってるからな」
「一回だけ先輩が帰ってくるの見たことがありますけど、あれって帰一教会にはどんなふうに言い訳立てて来てるんですか?」
「帰一教会には、定期内部調査という形で、政府の命令で俺を任意同行して、内部の情報を、洗いざらい吐いてもらうって事になってる。一応帰一教会は、政府と協力関係にあるけれども、東武解放戦線と同じように、上級監視対象だからな」
「おまけに、政府は帰一教会を潰したいと思ってる……先輩の仕事もなかなか大変なんですねぇー」
「まぁ、な」
うどんも食べ終えて、明日香は「そろそろ本局から迎えの車が来ると思うので!」と言って、早々に店を出ることにした。
去り際、こんなことを私に聞いてきた。
「先輩」
「ん?」
「私は帰一教会はあんまり好きじゃないんです。でも、先輩は中に入って調査してる……」
「うん」
「帰一教会のこと、あんまり信じすぎないでくださいね。仕事だから大丈夫だと思うけど」
「大丈夫だよ。俺だって、国務捜査局の一員だ。プロなんだよ。お前とは歴が違うからな」
「なら、良かったです! それじゃ、来週本局で会いましょう! 部署は違うけど」
「そうだな」
こんなことを言われるとは思ってもいなかったので、正直しっかりとした返答ができなかった。私は帰一教会のことを信じてる。だけれども、とっさに出た言葉は信じていないというニュアンスの言葉だった。これは一体どういうことなんだろう。
どちらにしても、帰一教会の教えは悪い教えじゃない。明日香にも理解してほしいのだが……。
「まだ、時間はあるか」
滑走路の見える、バルコニーにでも出てみるか。