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少女は,別れというものを知らずに生きてきました。
だから,もしかしたらこれが愛すべき老人との別れになるかもしれないということも,わからずにいました。
ただ……何か,聞きたいことがあったような心残りを感じて,老人のいる暖炉のそばへと戻ってみました。
そこには,何ら変わることのない老人の姿がありました。
少女はそれを見てなぜだか泣きそうになり,声をのんで老人を見つめました。
「どうしたんだい,クラリマや?」
少女に気づいた老人が声をかけ,少女は安楽椅子に腰かける老人の膝に駆け寄り,「何でもない」と答えました。
「ねえ,おじいさん」
顔をあげ,呼びかけたはいいものの,少女の心には何の言葉も浮かびませんでした。
老人は根気強く,幼すぎる少女の言葉を待っています。それはただ,優しさと愛しさのあらわれでした。
「おじいさん,あの――あのね――お隣の,花屋さん」
やっとのことで押しだした言葉は,少女にとってはすでにどうでもいいことでした。
「隣の花屋が,どうしたんだい」
「うん。あの,ね――あたしあの人とは一度も挨拶したことがないなって――あの,あちらさんは,あたしのこと,ひどく無愛想で失礼な子だと思ってやしないかって――今日,気がついて――思ったの」
優しい老人は,深い笑みをたたえて少女の頭を撫でました。
「気にすることはないよ,クラリマや。お前はいい子だ。挨拶をしないのは,向こうもそうだろう。私だって――本当なら,するべきなんだろうが――あの人には,できないんだよ。けれどそれはあの青年のせいじゃあない。しかたないんだ」
「……どうして?」
少女は問い返しましたが,老人はそれには答えず,「さあ,もう遅い。……寝なさい。明日はひさしぶりに雨もあがるだろうさ。忙しくなるからな」と,話を打ち切りました。
少女はしかたなく立ちあがり,優しい老人の頬に「おやすみなさい」とキスをして暖炉をあとにしました。
そして老人は,再びひとりになった暖炉のそばで,出ていった少女の最後の微笑みと温もりを思い浮かべ,消えた背中へと最後の言葉をかけたのです。
「行っておいで,クラリマや――どうか,気をつけて」
老人は,すべてを知っていたわけではありません。けれど,空を「見る」ように,何かを見ていたのです。
明日は,晴れるのでしょう。
少女は霧のたちこめる朝に目覚め,白い服の上に柔らかい薄青のエプロンをつけて,でかけました。
どこへ,とは思えず,ただ,悲しみの染みこまない世界に花をもとめて。
朝の空気に溶けて消える霧にいざなわれて,あるいは西の空の向こうへと帰ってゆく星に導かれるようにして。
草原には,降りつづけた雨に打ちひしがれた花たちが,這うようにはなびらを広げていました。少女はそれを見おろして,少しばかり苦しくなりました。
「でも,あたしは探すんだわ――ここの花は,みんないつか枯れてしまうから。どんなに新しく咲いても,すべて枯れてしまうから」
そして,少女は朝露に濡れる草をかきわけて歩きだしました。
すぐ目の前の草原を抜けて,――その森の奥,遠くへと。