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孤児院のホールにある古い古いピアノの前に座り、何が始まるのかとこちらを凝視する子どもたちに微笑みかける。
内務大臣も冷や汗を垂らしながら、こちらを凝視している。"王妃様、一体何をなさるおつもりですか!?"という心の叫びが聞こえてきそうだわ。
「じゃあ今から『アズミアの星』という曲を弾くわね。この曲を知っている人はいる?」
この国では広く知られている曲だ。おずおずと数人の子どもたちが手を挙げた。
「いいわね!じゃあピアノに合わせて歌ってみてね。私も歌うから。せーのっ」
ピアノを弾くのは久しぶりだが、簡単なこの曲くらいなら間違わずに弾けるだろう。
曲を知っていると手を挙げた子も、歌うのは恥ずかしいようで、全く子どもの声は聞こえない。ホールに響くのは、ピアノの音と、決してうまいとは言えない自分の歌声だけだ。
うーん、喜んでもらえると思ったのに、ダメかしら…
そう思いながらもう一度子どもたちのほうを見ると、どうだろう。みんな少し口を開け、こちらを真剣に見ている。目にも心なしか、生気が宿ったみたい。
曲が終わり、「もう1回聞きたい人は、拍手してみて」というと、みんな拍手してくれた。少し気持ちがほぐれてきたのかもしれない。
それから何度も何度も弾き、みんなが曲も歌詞も覚えて大合唱ができるようになったころ、子どものひとりが叫んだ。
「お姉ちゃん、ほかの曲も弾いてよ!」
内務大臣は「あの王妃様にお姉ちゃんだなんて失礼な…」とアワアワしている。でも、わたしは怒る気にならない。子どもが無邪気に「お姉ちゃん」と呼び掛けてくれたことが、何故かとてもうれしい。
「じゃあ次は何にしましょう。好きな曲がある子は教えてちょうだいな」
そのあとも、「次の曲、次の曲」とリクエストがあり、気が付くと視察の終了予定時間はとっくに過ぎていた。
ちょっとしたコンサートになってしまったわね…と腱鞘炎になりそうな手首をさすりながら子どもたちを見ると、目がキラキラしている。
内務大臣は落ち着きを取り戻し、院長やスタッフのみんなはハンカチで目を押さえている。
「もう私は帰らないといけないわ」
「えーーーー!もっと弾いてよ!」
「すごく楽しかった!」
「お姉ちゃん、また来てくれる?」
「ええ、きっとまた来るわね」
帰りの馬車の中で、内務大臣が汗をふきふき言った。
「王妃様…心臓が止まるかと思いました」
「予定にないことをしてごめんなさい。でも子どもたちが楽しんでくれて何よりだわ」
「はい。王妃様も、楽しそうでいらっしゃいました」
「そうね、自分でも意外だったけど。楽しかったわ。あ、私の宮廷費を削った分、あの孤児院の運営資金としていくらか回せるかしら」
「もちろんですっ!」