8
待ちに待った視察の日がやってきた。
今日は孤児院に行く予定だ。貧民街はあまりに治安が悪いからと、内務大臣に却下されてしまった。
それにしても、陛下が視察をあっさり許可してくださったのは予想外だった。
いくら私に興味がないとはいえ、普通なら「王妃が直接視察にいくなど前代未聞だ」と却下しそうなものだけど…おおらかなのは陛下のいいところかもしれない。
ただ「身分は隠せ」という指示がでたので、今日は侍女風の格好をしている。
孤児院についてみると、建物自体は思っていたよりもきれいだった。視察が来るからか、内部も掃除されているし、子どもたちの身なりも、質素で古びてはいるが、汚くはない。
でも…子どもたちに元気がない。
子どもってもっと元気でうるさいものではないかしら?自分自身や、弟、妹の幼い頃を思い出して比較する。
視察団を迎えるためにホールに集まった子どもたちには、子どもらしい表情や笑顔がなく、どことなく悲しそうだ。
孤児院の院長にそれとなく話をきいてみる。
ここに入っているのは、親を病気で亡くした子がほとんどだ。王都の人口が増えて衛生状態が悪くなり、簡単な病気で死んでしまう大人が増えているそうだ。
病気なら病院に行けばいいと思ったけれど、病院にいくお金もない人が大勢いるらしい。
そしてこの孤児院には、親が失踪してしまった子たちも入っているそうだ。
「南部の飢饉の影響で、家族で農村から王都へ出てきたものの、親が仕事につけず、生活に行き詰まって、子どもを置いて失踪してしまうケースもあるんです」
「まあ」
「親に捨てられたと、心に傷を負っている子どもも多いのですよ」
「かわいそうに。それでみんな元気がないのね」
「心のケアをしたいのはやまやまですが、スタッフが足りません。孤児の数は増え続けていて、日々の食事や掃除洗濯に追われていますので、ここにいる子どもたちの世話すら、ままなりません」
そういうと院長ははらはらと涙を流した。
「王宮からは毎年わずかな給付金を支給されるだけで、ほとんどほったらかしなんです」
「まぁ、そうですの…。ね、私、王妃様付きの侍女ですの。帰ったら、それとなく王妃様にお話してみますね」
「あ…ありがとうございます!」
子どもたちに元気になってほしいという思いと、院長への同情の心がむくむくと頭をもたげてきて、思わずそう約束してしまった。
こんな気持ちになるなんて、今までなかったことだ。自分でも驚く。
そのとき、ホールの片隅にある古ぼけたアップライトピアノが目に入った。
「あのピアノは、まだ弾けるのかしら?」
「え?ええ、もうずいぶん弾かれていませんし、調律もできていないので、多少音が狂っているかもしれませんが…」
「ね!子どもたちのために、1曲弾かせていただいてもいいかしら?簡単な曲しか弾けないけれど、みんな楽しんでくれると思うの!」