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なんだ、なんだ、なんなんだ、あの王妃殿の様子は…!
予算会議に出たいと言い出したかと思えば、ドレスや宝石の費用を減らすだの、王都に視察に行きたいだの、まるで人が変わったようじゃないか…!
それに、俺の目を見て正々堂々と意見した。結婚以前から関係は冷え切っていて、会話らしい会話すら、ほとんどなかったのに…
それにあの瞳。あのグリーンの瞳だ。
以前は魂の入っていない人形のような死んだ目だったのに、今日の目は違った。強靭な意思と生気と闘志を感じさせる目だった。
以前はどれだけ着飾っても、死んだ目のせいで魅力などさらさら感じなかったが、今日はあのような地味な服にも関わらず、なんとも美しか…
「パリス様、ぼーっとされて、どうなさったのですか?」
エドナの甘ったるい声に思考が中断されてしまった。
「あ?…あ!先ほどの会議のことを考えていた」
「まあ、パリス様は仕事熱心で素敵ですわ。でも、私と一緒にいるときは、私のことだけ考えてくださいましね?」
できない。今、俺はあの瞳のことだけを考えていたい。
「すまないエドナ、今日は帰ってくれ」
「急にどうなさったのですか?私、何かお気に障ることでもいたしましたか?」
「ああ、そうだ。さっさと帰ってくれ。レオナルドに送らせよう」
いつもなら「君は悪くない、少し考え事がしたくてね」などと当たり障りのない言葉を返せるのだが、今日はきつい言葉になってしまった。
エドナの顔が引きつっている。
側近のレオナルドがさっと近づき、「エドナ様。私にあなたを馬車までお送りさせていただく名誉をいただけますか」と甘いセリフでエドナの機嫌を直しながらエスコートする。
端正な顔立ちのレオナルドにそう言われると、エドナもまんざらではないようだ。ニヤニヤをかみ殺したような顔で「ええ、よろしくてよ」などとお高くとまったセリフを吐いている。
レオナルドめ、俺のそばにいすぎて女たらしの才能を開花させたか…
少し顔がひきつり、口調にやや棘があるが、エドナには伝わっていないようだ。
そういえば、最近レオナルドは物思いにふけったり、厳しい顔をしていたりすることが増えたな。
以前のように「公務に遅刻してはなりません」とか「もっと王都や地方を視察していただきたい」など口うるさく言わなくなったと思ったら…
でも今はそれについて深く考えている余裕がない。
レオナルドのおかげで無事にエドナを追い出し、崩れるように、どさっとソファに腰掛ける。天井に顔をむけて、絞り出すように出てきたのは…
「リリー…」
久しぶりに呼ぶ、妻の名前だった。