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予算会議の日は七時に起きた。いつもは十時ごろに起きるので、とても早起きだ。
侍女たちに「朝が早くて、申し訳ないわね」と伝えたら、卒倒しそうなほど驚かれてしまった。
これまでわたしが侍女に対してどれだけひどい扱いをしてきたのか、わかるというものだ。
今日は会議の邪魔にならない装いにしたくて、シンプルで控えめで、大人っぽく見えるドレスを着せてもらう。
紺色がベースで、金と銀で縁取られたエンパイアラインのドレスだ。ピンク色の髪は、邪魔にならないようにアップにまとめる。
たくさん並べられた朝食のほとんどが手つかずで下げられるのを見送り、少し庭を散歩をしてから、予算会議へ向かう。
あら?
十時に来たのに、パリス様がまだ来ていないご様子だわ。宰相であるお父様はじめ、他の出席者は揃っているのに。
「では、はじめよう」とお父様がおっしゃって会議が始まったので、思わず「お父様、パリス様を待たなくてよろしいのですか?」と発言してしまった。
「王妃様、国王陛下は遅れてこられることが常でございます。いつも『勝手に始めておいてくれ』とおっしゃっておいでです」
「そうですか」
自分で会議の開始時間を遅らせたのに遅刻するなどと…これがいつものことなら、貴族たちに愛想をつかされても仕方がないわ。
(国の会議よりも夜の遊興を優先なさるなんて…パリス様いつから王でいるのをやめてしまったのかしら。いえ、私もパリス様のことは言えない。王妃でいるのをやめていたのだから)
「それから、私のことはパインズバッハ公爵とお呼びください」
「失礼いたしました」
そうよね。親子でも主君と臣下だもの。
お父様以外の貴族たちが「これだから世間知らずの王妃様は」と呆れ顔をしているのがわかって、私はしゅんとした。
そうこうしているうちに、議論が始まった。
「この予算はどうしても必要です。最新型の武器が…」
「いやしかし、お金がどうしても足りない。やはりここは、こちらを優先して…」
「南部が飢饉の影響がまだ…農村に支援を…」
「南部の農民が王都に流れ込み、貧困と治安の問題がありまして…」
「いや、しかし、こちらもこれは譲れませんな…」
これまで国の財政になど無頓着だった私には難しいけれど、頭をフル回転させて、何とか会議についていく。
初めて知ったことがたくさんあった。
国の南部で飢饉が発生し、たくさんの農民たちが王都に出稼ぎに来ていること。
でも王都でも仕事につけない人が多く、浮浪者になったり犯罪に走ったりして、王都の治安が悪化していること。
宮廷費の中でも、私の衣装代やパリス様の遊興費が莫大なこと。
贅沢でこんなに国や国民に迷惑をかけていたなんて、知らなかった。
(なんて恥ずかしい…)
私は、思わず挙手して発言していた。
「私のドレスや宝石代は減らしていただいて結構よ。もうたくさん持っているからいらないの。食費も減らして構いません。今は手をつけないまま下げてしまう料理が多すぎますから。そうすれば、もっと国や国民のためにお金を使えるでしょう」
内務大臣のほうから「素晴らしい…」と聞こえたような気がしたけど、外務大臣の大きな声がそれを遮った。
「王妃様、素晴らしいお考えですが…王妃様には品格を維持していただかねば。節約は馴染みません」
外務大臣の声に呼応して、今度はあからさまに「これだから世間知らずの王妃様は」という声が聞こえる。
恥ずかしさと苛立ちで、思わずカッとしてしまう。
「誰でも最初は世間知らずでしょう!」
いけない。いつもの癖でヒステリックに叫んでしまった。
変わろうと思ったそばから、繰り返している。
私の声が響いたあと、会議室の空気が張り詰める。誰もが口を閉ざし、わずかに紙の擦れる音だけが聞こえる。
私は咳払いをして、何とか息を整える。
「それに世間知らずだから言えることもありますわ。苦しんでいる国民よりも王妃の品格が大事だなんて、帝王学の教科書にはありませんでしたわ」
「それは理想論で…」
「理想を現実にするために、国を代表する貴族の皆様が集まって会議をしているのではないのですか?現状をただただ追認するのが会議なら、何の意味もありませんわ!」
お父様の眉が、わずかに動いた。叱責の前兆かと思ったが、そこには驚きと、ほんの少しの誇らしさがあった。




