29
「国民のためにたったひとつの道を」、そうパリス様がおっしゃってから、また私たちは気持ちを新たに仕事に向かい始めた。
病院、孤児院、学校、失業者対策、鉱山開発などが軌道に乗り、アズミアの国力は大きくなり、パリス様は国内のみならず近隣諸国でも「若き名君」「アズミア中興の祖」と名高い存在になった。私も、パリス様を支える王妃として讃えられている。
そして私は今、新たな課題に取り組んでいる。病院や学校を作るといった事業とは次元が違う、とてつもなく大きな課題だ。
平民を政治や行政に参加させたい。
実現されたら、今は貴族が政府内のポストを独占しているアズミアの国政に激変をもたらすだろう。平民の中から優秀な人材を募って手腕を発揮してもらえれば、より国民のためになる政策が、もっと早く実行できるに違いない。
それに、アビーたちと上下水道のことを話し合った時に感じたことが私の心にまだ残っている。出自や立ち場が違う人たちが集まって、あれやこれや意見を出し合うことで、新しいアイデアが出たのだ。国政でも同じことがきっとできるはずだわ。
平民が国政に参加すれば、革命のような暴力的な手段で訴えようとすることもないはず。
けれど、これは慎重に進めないといけない。いくら私でも、これまで国政を牛耳ってきた貴族の反発が大きいであろうことは重々承知している。だから、パリス様にもお父様にも誰にも内緒で、青写真を描こうとしているのだ。今は図書室に通い詰めて、他国の事情を調査している。
「やはり平民が国政に参加している国は少ないわね。王政を維持しながら平民が政治参加するのはどんな形がいいのかしら…いいお手本が見つからないわ」
思わず天井を見上げながらつぶやいたとき、「王妃様、ご機嫌よう」と声をかけられた。
「エドナ…」
そこにいたのはエドナ。レオナルドと私の不義のうわさを吹聴して回っていたことは、パリス様とレオナルドから聞いて知っている。何をしにきたのだろう。穏やかならぬ空気が流れる。
「お優しくて聡明な王妃様、何をお調べになっているのですか?あら…平民の国政参加?議会制?」
私のメモ書きを見て、エドナは少し驚いて口元に歪んだ笑みを浮かべ、「王妃様は王政を倒すおつもりなの?」と聞く。
「まさか!そんなつもりはありません。エドナ、何をしに来られたの?」
エドナは「王妃様とお話に、と思ったのですけど、やめておきます」といいながら、机の上にあったハサミを手に取った。
「このメモ書き…真意がどうあれ、あなた様を王政打破を企む反逆者に仕立てるには十分だと思われません?私はそれを阻止したヒロインだわ」
そういって、エドナはハサミを振り上げ、私は悲鳴を上げた。




