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「リリー?大丈夫か?」
お茶会で聞いた私の悪い噂のことを考えていたら、ぼーっとしてしまった。ダイニングテーブルの向こう側から、パリス様が心配そうにこちらを見ておられる。
「申し訳ございません。少し考え事をしておりました」
「何を考えていたか、聞いてもいいか?」
少しの間、パリス様にお話すべきかどうか迷う。結局、別の誰かから噂が耳に入るよりは、自分で言ってしまったほうがいいだろうと、お話しすることにした。すると、話を聞いてパリス様は笑い出した。
「何を暗い顔をしているのかと心配したら、そんなことで悩んでいたのか」
「"そんなこと"ではございません。ふしだらな王妃などと思われては困ります」
「リリーのことをそんな風にいう奴の気が知れない。国政改革に取り組む王妃として、国民や貴族の評判も上々じゃないか。根も葉もない噂に動じることはない」
そう低く良く通る声で断言されて、そうかもしれない、とようやく心が軽くなる。ありがとうございます、と笑顔を作ると「他にも、噂を払拭する手がある。リリーが俺たちの子を産むことだ」とパリス様が優しく微笑まれた。
「…私たちの、子ども、ですか…」
パリス様からの提案を聞いて、私は言葉に詰まった。また処刑のシーンが蘇る。あのとき私たちには子どもがいなかった。仮面夫婦のまま死んだのだから当然だけれど。でももし私たちの間に子どもが生まれたとして、そしてもし革命が起こって私たちが捕らえられたとしたら…その子どもも…
考えただけで恐ろしい。硬い表情で青ざめる私の反応は、パリス様の予想外だったのだろう。どうしたのかと、席を立って私のそばに跪き、震える私の手をとった。
「リリーは、子どもを持つのは嫌なのか?」
「いえ、いえ、決して嫌ではないのですが…」
もちろんいつかは自分の子どもが欲しい。けれど今は…
「今は考えられないと申しますか…心の準備ができていないと申しますか…」
「わかった。もちろんリリーの準備が整うまで待つ」
優しく答えてくださるパリス様に、申し訳ない思いでいっぱいになる。
「パリス様、理由は申し上げられませんが、私の21歳の誕生日までお待ち下さい」
「?…わかった。待とう」




