19
「おはようリリー」
目を覚ますと、目の前には陛下の顔。起き抜けで少ししわがれた低い声が、耳に心地よく響く。
「おはようございます、陛下」
夫婦の寝室で寝るようになってしばらく経つけれど、起きてすぐに陛下のお顔を拝見するのは、まだまだ慣れない。
朝イチからドキドキしてしまう。
「リリーはすぐ赤くなるな」
「申し訳ありません」
「謝る必要はない。そこが可愛い」
ふわりと陛下が微笑む。
陛下の浮気相手だった貴族令嬢たちの気持ちが、手に取るようにわかる。陛下にこんな風に微笑みかけられたら、なびかないはずがないわ。
冷静になりたくて「今日は侍女の希望退職についての打ち合わせがございますので、もう起きますわ」と体を起こすと、「待て」と腕を優しくひかれる。
陛下を振り返ると、何か言い淀んでいらっしゃる。
「どうなさいましたか、陛下」
「一緒に寝るようになってしばらく経つが、キスもしていないだろう。俺はリリーの心の準備が整うまで、待つつもりだが…」
「どうだ?」と目で聞かれて、また真っ赤になってしまう。
「…構いません。私は陛下の妻ですので」
もう消え入りそうな声しか出ない。
「妻だからという理由は寂しいな。リリーの気持ちが大切なんだが」
「…はい…あの…はい…」
気持ちを言葉にするのが恥ずかしくて、潤んだ目で陛下を見つめて頷くと…
ちゅ。
陛下の手に頬を挟まれ、ほんの軽いキス。「甘くて柔らかい」と低い声がつぶやく。
ちゅ。
もう一度キス。
ちゅ。
もう一度。
私、全身が心臓になってしまったんじゃないかしら。息が止まりそう。
「陛下…もう…息が止まりそうですわ」
ストップをかけると陛下は「キスで息が止まるなんて」と笑いながら、でも少し残念そうに私から離れた。何故だか私も少し寂しい。
「わかった。今はここまで。それから、陛下という呼び方はやめてくれ。パリスでいい。昔のように」
「かしこまりました、パリス様」