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孤児院の視察に気を良くした私は、今度は貧民街に行きたいと内務大臣にお願いした。大臣は治安の悪さを理由になかなか首を縦に振らなかったが、折れる気配のない私に根負けして、許可をくれた。
とはいえ身綺麗な女性が行くようなところではないので、男装して王都警備隊の隊員のふりをする、という条件付きだ。
制服に身を包み、長いピンクの髪は制帽の中に隠す。
表向きは内務大臣の護衛兵のふりをするが、実際は護衛兵のほとんどが私を警護している。
さらに、陛下からはレオナルドを含め3人の手練れが私の護衛として派遣されてきた。
護衛を派遣してくれるということは、私の行動に無関心ではないということかしら…?陛下の真意はわからないけれど、用心にこしたことはない場所柄、ありがたく護衛してもらう。
貧民街でも孤児院と同じように、住民と触れ合えたら…
そんな甘い考えは、貧民街に着いたとたん、粉々に砕かれた。
マスクをしていても、汚水や糞尿のひどい臭いに吐きそうになる。晴れているのに、地域全体が薄暗くじっとりしている。大人も子どもも、虚ろな目をして骸骨のように痩せて、道端にへたり込んでいる。生きているのか死んでいるのかもわからない。
「ひどい…」
マスクの下で小さく呟くと、隣を歩いていたレオナルドが私の耳元に口を寄せる。
「王妃様、無理ならもうお帰りになりますか」
冷たい声にはっとしてレオナルドの目を見ると、"物見遊山気分で来るところではない"と言われている気がした。
でも、ここで逃げてはいられない。やり直しのチャンスを無駄にはできないのだ。
「いいえ、私は見なくてはなりません。これは、これまでの私の無知や無関心が作り出した現実なのですから」
レオナルドは少し目を見開き、冷たさが少し和らいだ声で「かしこまりました」と短い返事を返す。
何とか全てのスケジュールを終え、馬車に乗り込んでも、ほっとするどころか暗澹たる気分になった。あのひどい有様を、どうすれば改善できるというのだろう。勉強不足もあり、何から手をつけるべきか全くわからない。
貧民街には内務省から食糧や日用品が配給されているはずだが、それだけでいいとは思えない。そもそもそれだけで何とかなるなら、あんな状況までならないはずだ。
「食べ物だけではダメね。あのひどい家や臭いを何とかしないと…あれは人の住むところではないわ。ほんの2時間いただけでも病気になりそうだもの」
でも一体どうすればいいのかしら、とうめきながら思わず口に出すと、同乗しているレオナルドが驚いたようにこちらを見た。