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王宮の庭で紅茶をすすっていると、庭の中を通る外廊下から声がした。
見ると、リリーが内務大臣や内務省の幹部と談笑しながら、歩いていく。孤児院の視察からようやく帰ってきたな。予定時間を大幅に過ぎているが。
それにしても、何とも楽しそうだ。護衛のひとりがピアノを弾くようなふりをして、内務大臣が大きな口を開けて何かの歌を歌い、みんなでそれを見て笑っている。
リリーは侍女のような服を着ているが、今日も生き生きと美しい。おどけて歌う内務大臣を見て、口元を隠すこともせずに屈託なく笑っている。
まるで大輪の花が咲いたように、リリーのまわりだけ明るく見える。俺の妻は、こんなに美しかったか…彼女のあんな笑顔は、幼いころに見て以来だ…
「リリー!」と呼び掛ける言葉がのどから出かかって止まり、今度は「王妃殿!」と叫ぼうとしたが、結局俺は「内務大臣!」と叫んでいた。
内務大臣がこちらを向き、驚きながら礼をする。リリーや護衛たちも、さっと礼をした。
「執務室に来てくれ。今日の視察の報告を聞きたい」
「これからすぐ、でございますか?報告書をまとめますので、明日にしていただけますと大変助か…」
「いや、すぐ聞きたいので頼む。報告は口頭のみで構わない。行くぞ」
「か、かしこまりました」
内務大臣は慌ててリリーに別れの挨拶をすませ、汗をかきかきついてくる。
執務室の扉が閉まると、俺は矢継ぎ早に内務大臣に質問をした。
「で、孤児院は変わりなかったか」
「は、南部の飢饉の影響や貧民街中心に蔓延している感染症のせいで孤児が増加しており、業務負担が増しているようでした」
「そうか。それで…リ…王妃殿が大変楽しそうだったが、何かあったのか」
すると内務大臣の顔がパッと明るくなった。
「王妃様には驚かされました!孤児院でピアノをお弾きになって、孤児たちと一緒にお歌いになったのです」
「驚きだな」
「ええ、私も卒倒するかと思いました。平民の、ましてや孤児と触れ合うなど、絶対にしないようなお方でしたのに…予算会議でのご提案といい、王妃様は変わられましたね」
「そうだな」
そう、リリーは変わったみたいだ。俺は何も変わっていないのに…
取り残されたような、寂しいような、どんよりと暗い気分になって、俺は執務室の椅子に沈み込んだ。




