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恋唄

初対面のインド人美女と無人島に遭難する話

作者: 間咲正樹

※この小説は、伊賀海栗さん主催の「インド人とウニ企画」参加作品です。

※2019.7.1追記:秋の桜子様より素晴らしいFAをいただきました!

早速扉絵として使わせていただきました!

秋の桜子様、本当にありがとうございます!

※2019.7.2追記:雨音AKIRA様からも素晴らしいFAをいただきました!

挿絵として本文の最後に挿入させていただきました!

雨音AKIRA様、本当にありがとうございます!

挿絵(By みてみん)



「ハァ……」


 絶望がたっぷり詰まった溜め息を零しながら、俺は暗い海岸沿いを嵐の中傘も差さず歩いていた。

 でもいいんだ。

 どうせ俺はこれから死ぬんだから。

 まさか10年間身を粉にして働いた会社から、あんなにあっさりとクビを言い渡されるとは……。

 俺のこの10年はいったい何だったんだ……。

 もういい。

 もう全てがどうでもいい。

 この世には夢も希望もない。

 俺は母なる海へと還るために、独りこの海岸へとやってきたのであった。


「……ん?」


 ふと俺の目の前に、この嵐の中明かりを灯している一軒の屋台が現れた。

 何だこの店?

 こんな嵐の海岸沿いで?

 客なんてくる訳ないだろ。

 しかも暖簾を見ると、そこには『インドカレー』と書かれている。

 インドカレーの屋台?

 これまた珍しいな。

 10年勤めた会社をクビになった男もいれば、嵐の中インドカレーの屋台を開いている人間もいる。

 何だか人の世の無常さを端的に表しているようで、俺は無性に泣きたくなった。

 ……まあいい。

 俺もカレーは好物だ。

 これも何かの縁。

 最後の晩餐として、この店でカレーを食ってみるのも悪くないかもしれないな。


「……すいません」


 俺は幽霊みたいにか細い声を出しながら、暖簾をくぐった。


「ア、イラシャイマセー」

「――!」


 そこで俺を出迎えてくれた女性を見て、俺は言葉を失った。

 その女性が、あまりにも美しかったからだ。

 明らかにインド人風の彫りが深い顔立ちをしている。

 ビンディといったかな?

 インド人女性がよくおでこに付けている、赤いポッチみたいなものがとても似合っている。

 俺の心は一瞬で目の前の美女に奪われた。

 ……女神だ。

 きっとこの人は、死に行こうとする俺の前に現れた女神に違いない。

 捨てる神あれば拾う神あり。

 俺の人生も、まだまだ捨てたもんじゃなかったのかもしれない。


「? ドウカサレマシタカ?」

「あっ! い、いいえ! 何でもないです!」

「ハア、ソウデスカ」


 女神はキョトンとしながら小首をかしげた。

 その仕草も何とも愛らしい。


「ゴチュモンハナニニシマスカー?」

「え、えーっと。……じゃあ、バターチキンカレーで」

「ハイヨロコンデー」

「……」


 どこで覚えたのだろうか。

 居酒屋の店員みたいな返事をしながら、女神は調理に取り掛かった。

 そんなところも愛おしい。

 そして程なくして、俺の前にホカホカのバターチキンカレーと、フワフワのナンが並べられた。

 おお、絶景かな。

 スパイスの効いたカレーの香りが、何とも食欲をそそる。

 ……ふふっ。

 我ながら、とてもついさっきまで死のうとしてた男とは思えないな。


「サメナイウチニドゾー」

「あ、はい」


 俺は熱々のナンを手でちぎって、それをカレーに浸した。

 そして口に運ぼうとしたが――


 そこで俺の意識は途絶えた。




「……ん? んん?」


 気が付くと俺は地面に仰向けで寝ていた。

 あたりはすっかり明るくなっており、台風も跡形もなく消え去っていた。


「えっ!?」


 慌てて身体を起こすと、そこは見慣れない浜辺だった。


「……どこだよ……ここ」


 まさか天国?

 俺が見たカレー屋の女神は、女神じゃなく死神だったとでもいうのか?


「……ムニャムニャムニャ」

「っ!?」


 が、俺の隣で気持ち良さそうにその死神――もとい女神が寝ていたのを見て、俺はここが天国ではなく現実だということを自覚した。


「あの! すいません、ちょっと!」

「ムニャ?」


 俺は女神の肩を揺すった。


「オオー? ヨクネマシター」

「……」


 女神は起き上がってウーンと大きく伸びをした。

 何て緊張感がない人なんだ……。

 ひょっとしたら俺達は、とんでもない事態に巻き込まれているかもしれないってのに。


「ココハドコデスカー?」

「……さあ、俺にも何とも」

「ソウデスカ―。――アアッ!!!」

「えっ!?」


 突然女神が大声を上げたため、俺は心臓が止まるかと思った。

 何だ何だ!?


「ワタシノヤタイガッ!!」

「屋台?」


 女神の目線を追うと、そこには無残に潰れた屋台の残骸が波に打たれていた。

 ――っ!

 その瞬間、俺は全てを思い出した。

 あの時、カレーを食べようとした俺と女神は、天を覆う程の大津波に飲まれて屋台ごと海に投げ出されたのだ。

 からがら屋台にしがみついた俺と女神だったが、再度巨大な波が俺達を襲ったところで、今度こそ気を失った。

 ――そして気が付いたらここに横たわっていたという訳だ。


 どうやら俺達は、どこか別の島に流れ着いてしまったらしい。


「……マジかよ」


 あまりの展開に、俺は思わず天を仰いだ。

 いったい俺はどれだけ運がないんだ。

 会社もリストラされた上、得体の知れない島に漂着しちまうなんて……。

 ポケットのスマホを確認してみると、防水ではない俺のスマホは、当然壊れて使い物にならなくなってしまっていた。

 泣きっ面に蜂とはこのことだ。

 まあ、女神が一緒だというのが、不幸中の幸いといったところか。


「ウウゥ……、ワタシノヤタイ……」

「……」


 が、潰れた屋台を前に泣き崩れている女神を見てしまうと、そんな浮ついた気持ちも霧散していった。


「あ、あの……、大丈夫ですか?」


 俺は女神の背中に恐る恐る声を掛けた。


「アウアウアウ……」


 こちらに振り向いた女神の頬には、滝のような涙が伝っていた。

 ……おおう。

 まあ、大事な商売道具がこんな姿になってしまったんだ。

 そりゃこうもなるか。


「さ、災難でしたね……」

「サイナンナンテモンジャナイデス……」


 そうして女神の口から語られたのは、確かに災難なんて一言では言い表せないくらい、想像を絶する半生だった。


 元来インドカレーを何よりも愛していた女神は、将来はインドから出て、世界中にインドカレーを広めることを夢見ていた。

 だが、女神のお父さんはそれを許さなかった。

 女は結婚して家に入ることだけが幸せだと盲信していたお父さんは、女神を無理矢理お見合い結婚させようとしたのだ。

 女神はこれに猛反対した。

 そして半ば家出するように、日本に逃げてきたという訳だ。

 とはいえ、日本での生活も楽ではなかった。

 女神はバイトで細々と食い繋ぎ、やっとの思いで念願のカレー屋台をローンで手に入れた。

 それがこうして今、ただの瓦礫となって目の前に打ち捨てられている……。


 ……うわぁ。

 俺のリストラが霞むくらいの、超特大の不幸じゃないか……。

 どうりであんな辺鄙な海岸沿いで屋台を開いてると思った。

 場所代もタダじゃない。

 恐らく女神の懐具合じゃ、あの場所を確保するのが精一杯だったんだ。

 何とか一円でも多く稼がねばと、あの嵐の日も営業していたのか。


「ウ……、ウゥ……」


 一通り話し終えたらまた悲しみがぶり返してきたのか、女神は両手で顔を覆った。

 その姿を見た途端、俺の中に今まで感じたことのない感情が湧き上がってきた。

 何だこれは!?

 ……敢えて言うなら『使命感』。

 この女神を、俺の手で守らねばという確固たる使命感!

 そうだ。

 俺は昨日死のうとしていたところを、この女神に救われたんだ。

 だからこそ、今度は俺が女神を救う番だ!

 先ずはこの島から何とか無事に脱出して、その後で屋台はどうするか考えよう。

 そうと決まれば一分一秒でも時間が惜しい。

 俺は女神の肩にそっと手を置いた。


「……大丈夫です。俺がきっと、あなたを助けます」

「――! ホ、ホントデスカ!?」


 女神の顔にパアッと光が射した。

 ――守りたい、この笑顔。


「ええ、先ずはこの島の周りをぐるっと見てきたいんですが、一緒に来ていただいてもいいですか?」

「ハ、ハイヨロコンデ!」


 これはもう口癖なのかな?

 ああ、ひょっとしてさっき言ってたバイト先って、居酒屋だったりするのかな?

 あ、そういえば、大事なことを聞きそびれていた。


「あなたのお名前は何と仰るんですか? 俺の名前は田中といいます」

「タナカサン! ワタシノナマエハ『ダミニ』です!」

「ダミニさん」


 いい名前だ。

 何となく、彼女らしい力強さを感じる。


「じゃあ行きましょう、ダミニさん!」

「ハイ!」


 俺とダミニさんは二人で、意気揚々と歩きだした。




「あ」

「ア」


 が、体感で一時間程浜辺を歩いたところで、元の屋台の瓦礫がある場所まで戻ってきてしまった。

 ううむ、ひょっとしたらどこかから地続きで本島に繋がっているかもと期待していたのだが、残念ながらここは正真正銘絶海の孤島みたいだ。

 しかも人工物の類も一切見当たらない。

 つまりは無人島。

 ……はあ、初対面の美女と無人島で遭難なんて、三流小説みたいな展開が俺の身に起こるとはな。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだ。


 さて、これからどうしたもんかな。

 選択肢としては大きく分けて二つ。


 一つ目は島の中心部の探索。

 この島にどれだけの期間滞在することになるかわからない以上、食料の確保は言わずもがな重要だ。

 島の内陸は鬱蒼とした森になっている。

 この中に入れば、食べられる木の実なんかも見つかるかもしれない。

 ――だが、ひょっとしたら獰猛な猛獣(重言)もいるかもしれない。

 こんな丸腰の二人が猛獣に襲われたら、その時点でザ・エンド(誤字にあらず)だ。

 そう考えると今の時点で軽々に森に入るのは悪手な気がしてきたな……。


 そして二つ目はこの場で大人しく助けが来るのを待つ。

 二人共無事にこの島まで流れ着いた以上、ここは本島から然程離れてはいない可能性が高い。

 であれば、この近くを船が通りかかることも十分にあり得るのではないだろうか。

 ……うん、こっちだな。

 幸いまだ日も高い。

 大体2時前後といったところか?

 とりあえず今日一日は、この場で救いの手が差し伸べられるのを待つのが得策な気がする。


「ダミニさん」

「ハイ?」

「今日のところは、ここで助けが来るのを待ちましょう。なーに、すぐに船が通りかかりますよ」

「ソ、ソデスネ! マチマショマチマショ!」


 ダミニさんから「タヨリニナルヒトダナァ」みたいな眼で見られて、やぶさかではない俺だった。

 何だかさっきから、ダミニさんの俺に対する印象悪くなくない!?

 これもある種の吊り橋効果なのは重々承知しているが、今はそれでも構わない。

 どちらにせよここから無事に脱出するためには、俺達二人の信頼関係が何より重要なのは確かなのだから、吊り橋効果だろうが何だろうが、縋れるものには何でも縋るさ。


 俺とダミニさんは浜辺に並んで腰を下ろし、海に目を凝らしながらも、時折談笑を交えて二人だけの時間を過ごしたのだった。




「……フネ、キマセンネ」

「……そ、そうですね」


 が、現実は斯くも残酷であった。

 日も傾き空に赤みがさしてきても、船はおろか、トビウオ一匹海面を跳ねることはなかった。

 おかしい。

 こんなはずじゃなかった。

 ……いや、違うか。

 これも十分想定内の事態だったのだ。

 今となっては後の祭りだが、例えばダミニさんに海を見張っていてもらって、その間に俺が森で食料を採ってくるのが最善手だったのではないだろうか?

 だがもう遅い。

 明かりも持たない俺が、これから森に入ったら戻ってくることさえ難しいかもしれない。

 そんなんだから会社もリストラされるんやぞ俺!

 と、俺が無意味な自虐に浸っていたその時――


 ぐうううぅという盛大な音が、俺のすぐ横から聞こえた。


「アッ! コ、コレハ、ソノッ!」


 当然それはダミニさんのお腹から出た音だった。

 ダミニさんはお腹を押さえながら、顔を真っ赤にしている。

 ……そりゃそうだ。

 昨日の夜から何も食べていないんだ。

 そろそろお腹の空き具合も限界なはずだ。

 もちろん俺もそれは同様である。

 クソッ!

 つくづく自分が情けない!

 あれだけ大口を叩いておきながら、俺はまだ何一つダミニさんの役に立っていない!

 男だったらここで、ダミニさんのためにカレーの一つでも用意してみやがれってんだ!


「……ん?」


 が、その時俺の視界の端に、一つの黒くて丸い物体が映り込んだ。

 それは波打ち際で何度も波を被りながら、それでも文句の一つも言わずただただそこに佇んでいた。

 ――あれは!


「ダミニさん!」

「エ?」

「ちょっと食器借りますね!」

「エ? エ?」


 ポカン顔のダミニさんをよそに、俺は壊れた屋台の中から辛うじて無事だったカレー皿を一枚と、ナイフとフォークとスプーンを、それぞれ一本ずつ取り出した。

 そして上着を脱ぎ捨て上半身裸になり、雄叫びを上げながら海へと飛び込んでいった。


「タ、タナカサン!?」


 背中越しにダミニさんの困惑する声が響いたが、今はそれに構っている余裕はなかった。




「ハァ……、ハァ……、お待たせしました」

「ッ!? コレハッ!? カレー!?!?」


 そして俺は小一時間程悪戦苦闘した挙句、ダミニさんの前にカレー皿に置かれた黄色い塊を差し出した。

 もちろんこれはカレーじゃない。

 こんな無人島にカレーがある訳がない。

 ――これは『ウニ』だ。

 俺が波打ち際で見付けた黒くて丸い物体――それはウニだった。

 元々この辺ではウニが名産だし、人っ子一人いないこの無人島なら、ウニも群生しているのではと踏んだのだが、案の定海の中はウニ天国だった。

 俺の地元は北海道なので、子供の頃はよく海に潜ってウニをおやつ代わりに食べていた。

 昔取った杵柄ってやつだ。

 俺はナイフとフォークを駆使して、ウニの中身をほじりまくって皿に盛り付けたのだ。

 その結果、極限状態のダミニさんには、これがカレーに見えたのだろう。


「すいません、これはカレーじゃないんです。ウニです」

「ウニ!」

「はい。味はカレーとは全然違いますが、美味しいので是非食べてみてください」

「ハ……ハイ」


 ウニを食べるのは初めてなのか、ダミニさんは恐る恐るスプーンでウニを掬い、ゆっくりと口に入れた。

 ――すると、


「オイシイッ!!」


 ダミニさんは子供みたいに飛び跳ねながら、眼を爛々と輝かせた。

 よかった、口に合って。


「コレスゴクオイシイデスッ!」

「そうですか、それはよかったです」


 やっと俺も少しだけ、ダミニさんに恩返しができたかな。


「フフフ。ハイ、タナカサン、アーン」

「え!?」


 すると、ダミニさんは何を血迷ったのか、そのスプーンで再度ウニを掬うと、それを俺の口元に近付けてきたのだった。

 ええええええええ!?!?

 いやいやいや、何故そんな、カップルみたいなことを!?


「い、いいですよ! これはダミニさんのために採ったんですから!」

「ダメデス! タナカサンモタベルンデス! ハイ、アーン」

「……」


 ダミニさんの口調には、有無を言わせないものがあった。

 ……くっ、致し方ないか。


「あ、あーん」


 俺は必死に平静を装って、そのウニを食べた。


「フフ、ドウデスカ? オイシイデスカ?」

「……はい、美味しいです」


 嘘だ。

 本当はドキドキし過ぎて、味なんてまったくわからなかった。

 もういっそ、このまま二人でここで永住するのも悪くないかもしれないな――


「おやおや、これはこれは、お邪魔でしたかな」

「「っ!!」」


 なっ!?

 突然森の方から男の声がして、俺とダミニさんは危うくウニの皿を地面に落としそうになった。

 慌てて声のした方を向くと、そこにはアロハシャツを着た、人がよさそうな初老の男性が佇んでした。

 誰だこの人!?

 それにここは無人島じゃなかったのか!?


「驚かせてしまったようで申し訳ありません。私は那真古(なまこ)というものです。那真古水産という会社を経営しております」

「なっ!? 那真古水産!?」


 それってこの辺一帯の水産業を取り仕切っている、超大手企業じゃないか!?

 俺の会社(元)のお得意様でもあったところだ。

 この人がそこの社長……?

 でも、大企業の社長が何故こんな無人島に……?


「ここは私の所有してる島でしてね。たまにこの奥に建てた別荘に、気分転換がてら一人で泊まりに来てるんです」

「へあっ!?」


 那真古さんは森の奥を指差しながら言った。

 所有してる島!?

 別荘!?!?

 次々に規格外の単語が出てきて、頭が追いつかない。

 へー、そーなんだー。

 なるほどなるほど。

 大金持ちともなると、島丸ごと一つ買い取っちゃうのかー。

 勉強になったなー(思考停止)。


「よもやあなた方は、昨日の嵐でこの島に流れ着いてしまったのでは?」

「は、はい! そうなんです!」

「ソウナンデス! ソウナンシテタンデス!」


 何と。

 ワザとなのか天然なのか、ダミニさんは古典的な駄洒落を披露してくれた。


「ははは、それはそれは災難でしたね。でも大丈夫ですよ。明日になれば私の部下が船で迎えに来てくれることになっていますから、今日はもう日も沈みますし、よかったら私の別荘にお泊まりください」

「っ! い、いいんですか!?」

「ええ、もちろん。困った時はお互い様ですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「アリガトゴゼマース!」


 うおおおおおおお!!!!

 た、助かったー!!

 神様仏様那真古様!

 この御恩は一生忘れませんッ!!


「さ、こちらです。ご案内いたしますよ」

「は、はい」

「ハーイ!」


 俺とダミニさんは那真古さんの後に続いた。

 だが、ダミニさんが「アノヒト、ドコカデミタコトアルキガスル」と小声で呟いたのが、少しだけ気になった。




「うおおぉ……」

「ハワァ……」

「どうぞ、お好きにくつろいでください」


 那真古さんに招かれた別荘は、ちょっとした邸宅並みの立派なものだった。

 こんな森の中にこんな神殿みたいな建物があったなんて。

 てか、今気付いたけど、最初に森の中に入るか迷った時、さっさと入ってればすぐここに辿り着いたんじゃねーの俺達!?

 ……まあ、何はともあれ助かったんだ。

 もう気にするのはよそう。


 そしてそれから俺とダミニさんは、那真古さんに手料理(絶品だった)を振る舞われながら、この島に流れ着いた経緯を(あとついでに俺がリストラされたことも)説明したのだった。


「……なるほど。それは大変でしたね」


 那真古さんは眉間に皺を寄せながら嘆いた。

 赤の他人のことなのに、ここまで心を砕いてくれるなんて、この人は本当に良い人なんだな。


「……ダミニさんと仰いましたね?」

「エ? ア、ハイ」


 那真古さんは真剣な表情でダミニさんを見つめた。

 何だ?


「実は私はあなたのことは、以前から存じていたのです」

「エッ!?」


 えっ!?

 意外な展開!?

 どういうことそれ!?


「私はインドカレーが大好物でしてね。あなたの屋台にも何度かお邪魔させていただいたことがあるんですよ」

「エエッ!?」


 ええっ!?

 そうなんですか!?

 だからさっきダミニさんも、那真古さんを見たことがあると言ってたのか!


「ダミニさん、私から一つ提案があります」

「テイアン?」

「はい。あなたさえよければ、私の会社に入ってカレー屋さんを経営してみませんか?」

「エ…………エーーーーー!?!?!?」


 えーーーーー!?!?!?

 どどどどど、どうしてそうなるんすか!?


「実は今度、私の会社で採った海産物を使って、インド風シーフードカレーの専門店を開こうと思っていたんですよ」

「ホエエエ!?」


 マジっすか!?


「ですがなかなか店を任せられる程の人材が見つからなくて……。その点あなたなら私も安心です。あなたの作ったカレーは、間違いなく私が食べてきたカレーの中で一番美味しかったですから」

「ア……ア……アリガトゴゼマース」


 ダミニさんは泣き出してしまった。

 ダミニさーーーん!!!

 よかったですねー!!!

 うおおおおおお!!

 俺も自分のことのように嬉しいぜ!


「そして田中さん」

「え?」


 急に水を向けられて、俺は固まってしまった。


「な、何でしょうか……?」

「できればあなたにも、我が社で漁師として働いていただきたい」

「漁師!?」


 お、俺がっすか!?


「ええ、先程のウニは、あなたが一人で採られたのでしょう?」


 那真古さんはすでに空になった、ウニが盛られていたカレー皿に目線を向けた。


「あ、まあ……」

「私もこの世界は長いので採れたウニを見ればわかります。あなたには漁師の才能がある」

「!……那真古さん」


 那真古さんの眼はこの上なく真摯で、とてもお世辞で言っているようには見えない。

 俺に……、漁師の才能が。


「ヨカッタデスネタナカサン!」

「えっ!?」


 ダミニさんが突然俺の手を握ってきた。

 えええええええ!?!?

 ちょっとちょっとダミニさん!?

 さっきから距離感近くないっすか!?


「ワタシトイッショニ、シーフードカレーツクリマショウ!」

「っ!」

「はっはっは、それはいい。田中さんが採った海の幸を使って、ダミニさんがカレーを作る。――きっと最高のカレーができることでしょう」

「那真古さん……」


 そんな……。

 いいのかな?

 俺なんかがそんな良い思いをして。

 ――その時、昨日ダミニさんに会った瞬間頭に浮かんだフレーズが、再度よぎった。


 ――捨てる神あれば拾う神あり。


 ……まさか二日続けて、神様に拾ってもらえるとはな。

 この世もまだまだ、捨てたもんじゃないのかもしれない。


「……こんな俺で本当によければ、粉骨砕身、頑張らせていただきます」


 俺は那真古さんに深く頭を下げた。


「フンコツサシン? ガンバリマスッ!」


 ダミニさんも俺に倣った。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 那真古さんは、それこそ神様みたいに微笑んだ。


「あ、でも一つだけ困ったことがあるんですよね」

「え?」

「エ?」


 ちょっと!?

 今さらこの話はやっぱナシとかはやめてくださいよッ!

 ――が、那真古さんが次に言った台詞は、俺の予想の遥か上をいくものだった。


「実はこの家は普段私しか使わないもので、お客様用の部屋は一部屋しか空いていないんですよ」



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後半のたたみかけるラッキーラッシュがすごい好きです! オチもいい! ∠( ゜д゜)/ イィー!
[一言] とりあえずムトゥ踊るマハラジャみたいに踊るしかないな!
[良い点] 屋台が津波にやられた時にカレェェェェ!! と叫びました。 せめて食べさせてあげたかった…… けれどこれからはタナカサン、おいしいカレー食べ放題ですね。よかったよかった。 重苦しさをすっかり…
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