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ブレガンツ基地

 ブレガンツ基地は石造りの塀と施設をもつ大きな建物だった。

平時でも3000人くらいの水兵が常駐しているそうだ。

冷たい石壁と、厳しそうな門番の表情に気後れする気持ちになるけど、僕は勇気を奮い起こして声をかけた。


「私はエッバベルク子爵、クララ・アンスバッハの一子でラインハルト・アンスバッハです。オストレアによるゴルフスドルフ侵攻に関して司令官にお会いしたい、取次ぎを頼みます」

「は、はあ……オストレア来襲の報は入っていますが……司令官にですか……」


 厳めしい顔だった門番は随分と間の抜けた表情になっていた。

もっとも12歳の子供が来て(五日後には13歳になるけど)いきなり司令官に会わせろと言われては面食らいもするだろう。

ただ、僕の着ている服は旅の汚れがついているとはいえ貴族服だから、無下に扱うのも躊躇われるというのが本音らしかった。


「どうした、レーガン?」

「あっ、インゴ曹長。こちらの若様が司令官に面会したいとおっしゃってまして」


 たまたま通りかかった下士官が僕たちの方へやってきた。

少し丸っこい体つきをした、人のよさそうな水兵だった。

門番の兵卒に頼むよりは、こちらの下士官と話す方が早くことが進むかもしれない、そう考えてもう一度同じ挨拶を繰り返した。


「私はラインハルト・アンスバッハと言います」

「アンスバッハ!? もしかしてヒノハルさんの?」

「父上をご存知ですか⁉」

「お父上にはさやかちゃんの写真を……」

「さやかちゃん?」


 日本人の名前かな? 

だとしたら父上と知り合いというのは本当のことだと思う。


「い、いえ、なんでもありません。今から10年以上前に坊ちゃんのご両親とヨシオカ様がこの基地にご来訪のおり、私がお父上の世話役を務めたのです。いや、お懐かしい」


 インゴ曹長は遠い過去を思い出すように満面の笑顔でウンウンと頷いていた。


「父上の知己にお会いできて私も嬉しいです。ところでインゴ曹長、オストレアがゴルフスドルフを襲ってきた時に私は現場に居合わせました。詳しい情報をお伝えした方がよいだろうと判断してここまで来たのですが、司令官にお会いすることはできませんか?」

「そういうことでしたか。司令官にお会いできるかはわかりませんが、私の上官に掛け合ってしかるべき地位の者に面会ができるように取り計らいましょう。まずはこちらにいらしてください」


 こうして、僕はブレガンツ基地の応接間で待たせてもらうことができた。



 応接室は少し狭い感じがしたけど、ソファーがしつらえてあり、小さなサイドテーブルには花なども飾ってあって、いちおうそれらしい体裁は整えられていた。

軍の施設なのだから武骨なのは仕方がないのだろう。

女中が出してくれた紅茶は普段飲んでいる地球産の物とは比べようもない代物だったけど、ようやく一心地ついたせいか美味しく感じた。


 やることもなくてマグカップの柄を眺めていると長身の上級士官が入ってきた。


「ラインハルト・アンスバッハ殿、ようこそブレガンツ水軍基地へいらっしゃった。私はギュンター・フランク大佐です」


 フランク大佐は肩幅が広くて厳つい体型をしていたけど、知性を感じさせる顔をしている。


「フランク大佐、よろしくお願いします」


 握手を交わすと、大佐は少し焦ったように僕を促した。


「早速で何なのですが、通信室へおいでいただけませんか。実はバッムス代官のレオ・シュライヒ殿からラインハルト殿の安否を問い合わせる通信が今日の午後から一時間おきに届いているのですよ」


 きっとバッムスの方にもゴルフスドルフが襲われた情報が伝わったのだろう。

それで魔信を使って連絡を取ってきたと思われる。

魔信というのは勇者ゲイリーの作り出す魔法を利用した通信装置だ。

主要な都市や軍の施設には連絡用の魔信がおいてあり、アンスバッハ領の領主館にも設置されていた。

それどころか父上や母上の場合、ゲイリー様からポータブルタイプの魔信機もいただいている。

僕も普段は持たされているのだけど、今回は王都の学園に入学ということもあり、他の生徒に遠慮して携帯はしてこなかったのだ。

だって普通はそんなもの、大貴族くらいしか持たせてもらえないものなのだ。

ゲイリー様の能力で制御できるのは150個までの魔信機なので、そのうちの一つを持たされているというのは、とんでもなく特別なことだった。

「ヘイ、ハル! これをあげるよ、とっても便利なんだぜ!」って感じで、本人は我が家の居間でチーズマシマシのピザを頬張っている時に、ごく気軽な感じでくれたのだけど……。


 通信室は建物の最上階にある狭い部屋だった。

おそらく、司令官の部屋にも近い場所だろう。

通信機には個体番号が振られているので、相手の番号を入力さえすれば直接のやり取りができる。

エッバベルクをはじめ関係各所の番号は暗記させられていたので、さっそくバッムスに連絡を入れた。


「ハルト様? ああよかった! 心配でどうにかなりそうでしたよ」


 レオさんの声が大きなため息と一緒に漏れているようだった。


「フィーネなんて単身でゴルフスドルフに乗り込むなんて言って、全員で押さえつけていたくらいですから。今はバイクの鍵を取り上げて部屋に監禁しているんですよ」


 フィーネさん……。

嬉しいような、腹立たしいような気がしてしまう。

フィーネさんを見ていると自分が子どもであることを実感させられるから、こんな気持ちになってしまうのかな?


「心配をかけてごめんなさい。とりあえずブレガンツについたから大丈夫だと思う」


 ここの水軍基地はザクセンス王国の要衝であり、港には魔導砲の砲台が何門も並んでいる。

そうそう落とされる心配はなかった。


「すぐにでもバッムスから護衛を送りたいのですが、関所が封鎖されているようなのです。王都から迎えを出すように魔信で指示を与えますので、もう少々お待ちいただけますか?」

「そのことだけど、自力で船を探そうと思っているんだ。ここからだとラインガ川を王都まで下るクルーズ船があるはずだから」

「大丈夫ですか?」


 レオさんは不安げな声になっている。


「それくらいのことなら何とかなるよ。いざとなったら水蛇みずちもいるから」


 水蛇は六番目の式神で巨大な蛇の姿をしている。

泳ぐのが得意で僕を背中に乗せても自由に泳げる。

水難事故にあったとしても水蛇がいればへっちゃらだ。


「ふーむ、承知いたしました。ハルト様は独力で王都へ向かわれたいのですね」

「う……うん」


 思わず口ごもってしまった。

なんとなくユージェニーさんのことは伝えにくかったのだ。


「あのね……」

「どうされましたか? ああ、資金のことが心配ならアンスバッハ家と取引のある商人がブレガンツにも……」

「そうじゃなくて、実はここまで来るのに大変お世話になった人がいるんだ。もしかしたら、その人たちと一緒に王都へ行くかもしれない」

「どのような素性の方でしょうか?」


 レオさんが探るように聞いてくる。

僕を心配してというのはわかっていたけど、ユージェニーさんが疑われているようで嫌な気持ちがした。


「きちんとした人たちだよ。漂泊の団という傭兵団の団長をしている人でユージェニーさんっていうんだ」

「ユージェニー……女性ですね。フランセアの方ですか?」


 そういえば、僕はユージェニーさんの素性については何も知らない。

家名や年齢だって聞いてはいなかった。


「名前はフランセア風だよね。ただ、とてもきれいなザクセンス語を話しているよ。訛りもなくて、王都の人の言葉みたいに聞こえる。立ち居振る舞いからみても上流階級の出身だとは思う」

「さようですか……」

「レオさんは、ユージェニーさんが僕を誘拐するかもしれないと考えているの?」

「そうではありません。もし、誘拐が目的ならブレガンツへたどり着く前にそうしているでしょう。ただ、やはり心配なのです。クララ様もコウタ様も不在の時ですし……」

「僕のことなら大丈夫だよ。近日中に船のチケットを手に入れて王都へ向かうからね」


 まだ何か言いたそうにしていたレオさんとの通信を切った。

フランク大佐がこちらを心配そうに見ている。


「平時ならば王都へ向かう軍の定期船に乗せて差し上げられるのですが、船はこちらに集結するものばかりでして」


 母上もそういった定期巡行船に乗って王都での軍務についたとおっしゃっていたな。


「お気遣いありがとうございます、大佐。私は民間船を探すので大丈夫です」

「そうですか。エクセル街という地区に廻船業社が集まっていますので、その地区で情報を集めればいいと思いますよ」


 ゴルフスドルフの様子を伝えて、大佐の親切に礼を述べてからブレガンツ基地を辞した。

もうユージェニーさんたちは今夜の宿を決めただろうか。

さっそく待ち合わせ場所に行こうかと門をくぐると、リタさんがぽつんと立ってるのが見えた。


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