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6.アリュートと城下町デート 前編


 磨きあげられた大理石の床からは、城に仕える騎士の硬質な足音や、侍女のせわしない足音が鳴り響く。


「ふん♪ ふーん♪」


 鼻歌を歌いながら、花瓶の水を取り替えているのは侍女のジゼル。侍女としては新米だが、最近は仕事が手慣れてきたようだ。


「なんていい香りのする薔薇でしょう」

「ヴィオラ様」


 大階段を上がりながらジゼルに声をかけると、ジゼルは手を止めて顔を上げた。本人が気にしている頬のそばかすは、チャームポイントになっていて親しみが持てる。


「今日届いたばかりの薔薇なのですよ。薄い桃色の薔薇は金の花瓶に映えるかなぁと思いまして」

「あら。遠目には白い薔薇に見えたのに、よく見るとほのかに桃色だわ」


 顔を寄せると、薔薇の香りが漂ってきて優雅な気分になれる。


「見せてくれてありがとう。お仕事の邪魔をしてしまったかしら」

「いえいえ! 滅相もない!」


 ジゼルはブルブルと首を振る。子犬が水を振り払うようで、可愛らしい。

 私に見つめられていることに気がついて、ジゼルは頬を染める。


「あの、私は持ち場に戻りますね」

「あ! ジゼル、ちょっと待っ……!」


 花瓶の下にジゼルのエプロンが挟み込まれていたことを教えるよりも、ジゼルがくるっと振り向く方が早かった。


「どうかしました?……あっ」


 桃色の薔薇の入った花瓶が傾いている。花瓶は陶器製で職人が作ったという値段の張るもの。スローモーションで動いて見えて、落ちるものを受け止めようとして体が勝手に動いていた。

 花瓶の重さが手に伝わる。


「きゃああああ! ヴィオラ様!」


 地面があると思っていたところは、一歩下の階段。足を踏み外して、ガクンとバランスを崩す。


(嘘でしょう……?)


 花瓶だけは守ろうと床に置いて、重力には逆らえずに階段を下へ下へと転げ落ちていった。

 ドレスがめちゃくちゃになりながら、段差ごとに鈍い痛みが伝わってくる。

 大理石の床が近づいてきて、さらなる痛みを覚悟したところで体の動きが停止した。


(……あれ? 思ったよりも痛くない)


 上半身を起こそうとすると、すんなりと持ち上がった。手を握ってから開くと、問題なく動いた。手の動きに異常はない。


「重い。いつまで乗っかっているのだ」


 下から不機嫌そうな金髪碧眼の美男子の声。気づくと皇太子のレオンの引き締まったお腹の上に座っていた。


「ごめんなさい、レオン。すぐに退くわ」


 レオンがクッションになったおかげで、床に打ち付けられることは回避できたらしい。


「侍女が騒いでいると思ったら、お前が階段から落ちてきた。気を付けろ」


 私が立ち上がると、レオンは不機嫌な表情のまま服の埃を叩く。


(え? 私、レオンに何かした? もしかしてレオンは機嫌が悪い? どうして……)


 レオンはふん、と顔を背けると私の存在を無視するように歩き出す。


(冷たい……)


「おーいレオン。ヴィオラが可愛そうだぞ。俺だったら、こんなに可愛らしい姫が降ってきたら光栄だけどな」


 レオンを捕まえて説教をたれるのは、従者のアリュート。茶髪に焦げ茶の瞳でレオンより頭一つ大きい姿は、男性の平均よりもかなり高い。


「よくもそんな歯の浮くような台詞が言えるな。──わかった。ファンを増やしたいのだろう?」


 皮肉っぽく歪むレオンの表情は、記憶の底で見覚えがある。

 乙女ゲームの『私のプリンスさま』で見たレオンの表情だ。レオンの攻略ルートではなく、従者のアリュートの攻略ルートのレオンの台詞そのものである。


「さぁヴィオラ。部屋まで送ろう。少し休んだ方がいい」

「え、えぇ……」


 ぎこちなく返事をして、去っていくレオンを見つめるけれど、振り返ってくれる気配はない。


「さあ、行こうか」


 アリュートが差し伸べた手に自分の手を重ねると、大きな手がしっかりと握り返してきた。


「ヴィオラと手を繋ぐなんて何年ぶりだろうね」と半分おどけながら話しかけてくる。


(やっぱり、何かおかしい)


 私はレオンの婚約者なのに、アリュートが親しげに話しかけてくる。

 一つ念じると封印していた好感度のパラメーターが出現する。

 キャラクターのアイコンが二名横に並ぶ。レオンの涼しげな顔とアリュートの歯を見せて微笑む顔だ。


 レオンの好感度……20%

 アリュートの好感度……120%


(え? 嘘でしょ?)


 レオンの好感度が下がっていること、さらにはアリュートの好感度が大幅に上がっていることに驚いた。


(もしかして、レオンにぶつかったことで、好感度が入れ替わっちゃった?)


 念じ直して、もう一度出現させてみたけれど結果は同じ。


「どこか痛いの?」


 大きな背を屈めるようにして、私と視線を合わせてくれる。

 念じる度に、眉間に皺が寄っていたらしい。


「痛くはないわ。階段から落ちたときはレオンが助けてくれたから」


 レオンの名前を出すと、どんな反応をするのだろうか。私のそんな視線に気づくことはなく、アリュートはホッとしたように微笑む。


「そうか。それはよかった。あいつも素直になれないところがあるから。今回は見逃してやって」

「そ、そうね……」


 一点の曇りもない瞳に見つめられると、ちょっと眩しく感じる。


「そうだ。明日は気分転換に城下町に行こう! 最近は外に出ることが少なかっただろう?」

「外に出ることは少なかったけれど……そんな」

「遠慮しないで。たまには外の空気を吸った方が体には良い」


 戸惑いの声はアリュートの提案により消されてしまった。このままではアリュートの攻略ルートの城下町デートになってしまう。けれど、今更撤回はできない。


「明日は昼過ぎに城の中庭で待っていて。迎えに行くから」


 強引だけど、安心してついていけるところがアリュートの良いところ。

 断る台詞が見つからず、気づいたら首を縦に振っていた。


「よし! 楽しみにしていて」


 ガッツポーズをして、歯を見せて笑う顔。


(レオン、ごめんなさい。断りきれなくて)


 心の中で謝罪しながら、ぎこちなく微笑み返した。


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